章 始まりは耐えてぶが世の習え

04.見て学ぶ。それが見学ですよね?



 魁が食堂に入ったとき、そこはもう人が溢れていた。
  うわ。子供が多いな。
 学校であり、その寮なのだから、当然だ。しかし魁はこれほど多くの同年代の子供を見たことがなかった。大人達は、ある。
 辺りを見回すが、いつの間にか形成されている結界、もとい友達の輪によって入りがたい雰囲気が醸し出されていた。魁にとって雅人の結界よりもかなり厄介な代物だ。どこから攻略すればいいか全く分からない。
  ど、どうしよう。
 近づきがたいにもほどがある。みな自分たちの世界で談笑しているうえに周りを見ていない。魁はぽつねんと入り口に立ちすくんだ。じぶんは遠く故郷を離れ、慣れ親しんだ知り合い達と別れ、ここにたった一人で来たと言うことが骨身にしみこんできた。一人、と。それは魁の心に塩を塗り込んだ。魁は無意識のうちに右耳につけたカフスに形を変えた伝鈴に触れる。
  やばい。このままだと肉が・・・・・・!
 変に乱れ混じる思いが魁をかき乱したとき、救世主が現れた。
「おーい、こっちこっち!」
 顔を向けると、さっきの少女、燐が手を振っていた。顔は笑顔。
周りを見てもそれらしき人物はいない。
  ・・・・・・・僕、かな?
 首を傾げ戸惑いを見せる魁に燐はもう一度繰り返した。
「魁、ここ、開いてるよー」
 破顔一笑、魁は燐の元に駆け寄った。
「ありがとう」
「んー別に。開いてたから」
 燐の隣には静流が微笑んでいた。丁寧に頭を下げられる。
「先ほどはどうもありがとうございました、魁君」
「お互い様だよ」
 座ってようやく魁は息をついた。とりあえずこの場は乗り切った。たった数分の出来事だが、かなり疲れた。千里が来るまで軽い自己紹介をまじえた談笑をした。
「魁ってどこ出身なの?」
「遊都――大阪からきたんだ」
「まぁ、そうなんですの。わたくし達は技都――名古屋ですわ」
「へぇ、地元なんだ」
 はい。
魁の口調に燐は首を傾げた。やはり関西と言えばあれだろう。
「魁って遊都出身なのに関西弁じゃないのね」
魁は目を瞬いた。初めてそんなことを言われた。理由は一つしかない。
「あぁ、僕もともと埼玉の人間なんだよ、十歳くらいのときに遊都に引っ越したんだ」
そのせいかな?あんまり関西弁話せないんだよね。
「あ、こっちの人なんだ。ふーん」
「うん。それに、……家族も関西弁じゃなかったから……」
ふっと遊都にいて、いた【家族】を思い出す。
 そこに千里が時間きっちりに現れた。おもむろにお玉を掲げ、一言。
「餌の時間だ」
 せめて飯って言いましょうよ!
 彼女のおかげで新入生の心は思いの外早く団結し易そうだった。

  肉ー肉ー♪
 声には出していないが顔には出るもので、燐と静流は女の子には少し量の多かったカツを分けてくれた。苦笑まじりだったが気にしない。
  俺、ここに来てよかった!
 肉をしっかりと噛み締め、飲み込んだ魁は天にも昇るような気持ちだ。これで身長も伸びるかもしれない!13の時からいっこうに伸びない己の背にエールを送った。腹ごしらえが終わって暇な燐は次の予定を静流に尋ねた。
「静流、午後ってなんだっけ?」
「学校の施設の案内ですわ、燐さん」
そっか。
 魁は手を止めずに付け加える。
「確かレギナもみれるんだったよね」
「そうですわ」
 レギナ、技都を成り立たせている中央巨大集積回路。技都全てのネットワークを支配していると言ってもいい。いや、日本最高最大の中央管理システムであり、主要な都市を繋げ支えている、まさに全ての頂点、レギナ《女王》の名に恥じない代物なのだ。そしてそれはまさにこの学園の中央に位置していた。この学園の建物――校舎、寮を含む全ての建物はレギナを護るように放射状に建てられている。さながら騎士といったところだ。
 そんなことは名古屋の人間である燐は子供のころから知っている、耳にたこいかさんまとうんざりだ。やや眉を顰めて残りの茶を飲み干した。
「ま、英雄達の話もあるんじゃない?」
なんてったってこの学園の理事だもん。
ぴくりと魁の耳が動いたが、それに気づく者はいなかった。そして魁はにっこりと邪気のない笑顔で声を弾ませた。
「ねぇ、おかわりってないのかな?」
その皿の上は綺麗に片付けられていた。