章 始まりは耐えてぶが世の習え

04.見て学ぶ。それが見学ですよね?



「やっほー、みんなぁ、げんきー?れーちゃんげんきー」
「めーちゃんもげんきだよぉ!じゃー、もんだいないねー」
 有るって、あんたらの頭に。
と誰もが思った。
 目の前にいる四年生―今年で二十歳を示す青いラインの引かれたネクタイをつけたミニマム少女達に向かって全てのまだ青い一年坊主達はそう思った。誰かこれを冗談だと言ってくれ。
 魁はまじまじとそのうり二つの少女達を見た。双子、一卵性双生児とみて間違いない。ちょんぼりのような髪型をし、向かい合えば鏡合わせというほどそっくりだ。どちらが“めーちゃん”か“れーちゃん”かさっぱり見当がつかない。そしてなによりも新入生を混乱させているのは彼女たちがどう見ても10才前後にしかみえないことだ。小柄な少女達は魁よりも低く、サイズがなかったのか、がぼがぼの制服を折って着ていた。着ているというより被っているといった方が正しいかもしれない。そんな戸惑いの空気を分かっていないのか舌足らずな口調で彼女たちは続けた。
「んとねー、今からーじょおーさまのとこにいくから」
「せつめーだよー」
誰か!先生!翻訳機を今すぐここに!
 しかし、教員はおらず、少女二人だけだ。そもそも彼女たちは本名すら名乗っていない。本当にレギナを見られるのだろうか。魁は不安を隠せなかった。
 右の少女、れーちゃんは小さな人差し指を口元に寄せた。
「えーーっと、みんな、こーんなカードある?」
 首もとにかけられたひもを引っ張りだし、れーちゃんは銀に輝くカードを皆に精一杯背伸びをして掲げた。そんなことをされても、後ろの人間には全く見えないのだが話はすすんでゆく。
「これはーとぉってもだいじですよー」
「じぶんのーこじんじょーほーがークラスからDNAじょーほ−まで必要なことはぜーんぶはいってます」
これがないとがくえんにもはいれないし、でられないし、とくてーのたてものにもはいれません。
「おおきなけがのちりょーもできなくなっちゃうからなくしたらだめだよ!」

 何とか同時通訳を試みながら一年生は各々の個人カードを見た。先ほど寮で使ったものだ。魁も見る。そこには魁の顔写真とICチップが組み込まれている。そこに水澤魁という人間の全ての情報が入っていた。国内最高の学園はレギナを有しているからこそ機密漏洩にとてもうるさい。そんなところに学園を作るなと言いたいところだが、ここは元々英雄の研究所であり、それにレギナが付随していた形なのだからしかたがなく、あくまで英雄の学園であることを彼がいなくなった後も維持するためにこの場所を移動することはない。
 そしてマギナの特性からも、こここそがマギナの学舎として【最高】を保つことが出来るのだ。

「でーこれをーあれにーみしゅーっととおして、ぴーってなったらすばーっとはいってー」
 先生!先生!助けて!訳わかんないよ!
もう泣きそうな一年生達に問答無用で双子達は満面の笑顔を浮かべ、
「じゃーいこっかーっむきゃ」
前にずっこけた。
 空気が鉛のようだ。手を貸すべきかどうか、最前列の者達は視線で譲り合う。そんななか、倒れた双子達の背後に立つ姿があった。仁王立ちのその姿はまさに救世主。すらりとした長身の彼女は漆黒の長い髪をかき上げ、呆れた様子で双子をはり倒したバインダーで肩を軽く叩いた。
「ちょっと、玲、明。貴女達、もうちょっとわかりやすく説明――ってできるわけないわよね、ごめんなさい、失言だったわ」
「ちょぉっとひどいかもしんないよー」
「うーー、きりちゃん」
きりちゃんは半眼で見下ろした。双子と同じ青のネクタイがはためいた。
「はいはい、レギナ解放の時間は限られているんだからね。今日みられなかったら、一年生は基本的にガーディアンになるまでお預けになるのよ、わかってるでしょ」
もう、と腰に手を立てた。そこからは先ほどの異空間が嘘のようにてきぱきと進んでいった。
「カード、みなさん持っていますか?この子達が言ったようにこれがないと学園では生きていけません。万が一無くしたら学生課に申請をしにいってください。こってりと絞られて監禁されますが、尋問的調査後の再発行ができましたら解放してくれます」
ついでに、不審ならば問答無用で退学ですよ。
 いや、あの・・・・そこまで重要なアイテムだと思わなかった。魁は双子の首からつるす方法すら魅力的に見えた。
「まずこのゲートのガード挿入口に入れて、ぴーっと音が鳴ったらすぐにゲートをくぐってください」
でないとすぐに認証解除してしまいます。
そして、目を細めた。そこにあるのは警告だ。知らずつばを飲み込んだ。
「それから、中に入ったらラインより壁寄りには行かないこと、もちろん壁に触れるなんてもってのほかです。そんなことをしたら緊急警報が鳴るので覚悟してください。何にも触れない、近づかない、これが鉄則です。貴方達に許されているのは文字通り“見る”だけですから」
そしてぱっと目を大きくした。
「あぁ、失礼しました。私の名は佐竹 桐子(さたけ・きりこ)。この双子は米倉・玲、明(よねくら れい めい)。共に今期生徒会の者です」
「「よーろ−しーくーーー!」」
一礼。
どこをどうツッコメばいいかよく分からないが、とりあえず・・・・・
「生徒会、これで良いのか、この学園・・・・」
思わず五七五で呟いてしまった。