章 始まりは耐えてぶが世の習え

04.見て学ぶ。それが見学ですよね?



「では、魁君行って参りますわ」
「じゃぁ、先行ってるねー」
うん、また中で。
 相川のあ、新堂のし、と水澤のみは出席番号順ではあまりに遠い。前半組の少女二人は先に入っていった。
 それを笑顔で見送った後、魁はカードを見下ろした。銀に輝くプレート。騒ぎを起こせば調べられる以上、そんな危ない橋を渡るわけにはいかなかった。今ここで退学になるわけにはいかない。

退学になるかもしれない、ではない。
退学になるのだ。

 なぜなら魁の本名は慣れ親しんでいるとはいえ『魁』ではない。この中身は、魁の実像ではないのだ。一切の油断も許されないとはこのことだ。
「参ったな。本当に」
『がんばれよー』
っと伝鈴がジョーカーの声を伝えた。周りに聞こえないとはいえこれは不用心にもほどがある。
(こんなこと、聞いてないぞ)
『だってゆってへんもん』
絞めたろうか、この野郎。
顔が引きつった。
(せっかくレギナを見られるのに、何もできないなんて)
『しゃーないて。それにどうせ、今はなにも手ぇだせへん』
(・・・・・・・なんで?)
『最強の対マギナに護られてるんやもん、伝鈴もとどかへんもん。お前だけレギナにおってもなぁんもできへんやん』
(・・・・・・・はぁ、まさに指をくわえるだけってことか)
そーゆーこと。
ため息をついたが、首を傾げた。
(伝鈴がとどかない?)
『そ。通信できんから、困ってもワイにはたよれんからなーマイディア』
きもいこというな。
悪寒が走ったが、内心肩をすくめた。
(調べられるんじゃ、大人しくする以外ないだろ?大丈夫だ)
『ん。ちょっと一応念を押しただけや。ほな――』
その面白がるようなトーンに魁はジョーカーの顔が薄く笑うのが見えるようだった。

『しっかり見てきぃ。あいつが最期まで壊そうとしたもんをな』

言われるまでもない。あれは、魁にとっての問題でもあるのだから。



 後半組を呼ぶ声が聞こえた。魁は一歩を踏み出す。右手に煌めくは銀のカード。いもしない人間の存在証明のそれをじっと見つめ、握りしめた。

「じゃーつぎは、えーっとみずさわ・・・さきがけくん?」
「さっきーくん!」
「かいくんよ多分。かい。訓読みじゃなくて音読みよ」
むしろさきがけと読める方が珍しいのでは?
魁は自分の名の読みはかいで正しいことを伝え、深呼吸をしてからゲートにカードを通す。普段通り普段通り。
 他の子を見ていたところ、一拍あいてから音とともにゲートが開いていた。一拍、と数えて一歩踏み出す。

「うげ」
 電撃が弾ける。あと少し魁の足が早く地面を踏んでいたら足の甲にまん丸の穴が開いていただろう。黒ずみが床に出来ていた。
 え、うそ。ばれた??
皆の視線のなか、汗が滝のように流れ、
「あら?」
不思議そうに首を傾げる桐子が内心絶叫の魁に触れようとしたとき、

ピーーー

救世の音が鳴り、ゲートが開かれた。
「・・・・あ、あははははは」
 助かった?
「あぁ、認識が遅れただけね。人数が多いからかしら?」
ごめんなさいね。行って良いわよ。
「あ、はい。ありがとうございます」
頭を下げ、一歩二歩三歩と進み、

死ぬかと思ったーーーーー!!!

半泣きで声にはならない悲鳴をあげた。

やっと自虐的拷問を乗り越えて入れたレギナを中心とした大広間。そこはレギナを電気的エネルギーに変換する場所だ。本来レギナは国家機密のものであり、大衆にみせれる構造にはなっていない。それなのに魁達がここに入れるのはこの学園の生徒だからだ。そしてここは唯一、大勢の人間を一度に入れられる場所なのである。
 一部始終を見たのだろう。驚きの目で燐と静流が駆け寄ってきた。
「魁、大丈夫?」
「死ぬかと思ったよ」
「処理が重くなっているんでしょうか?」
多分ね。
苦笑以外できない。
「ほら、アレがレギナだって。もの凄く大きくて驚いちゃった」
燐が指し示す方向を見て――固まった。


 それを、なんと言えばいいだろう。
 そう、まるで教会。天も地も壁も全て巨匠の絵に埋め尽くされた芸術品。人業とは思えぬ、その偉業。
 そう、まるでピラミッド。その大きさは天に通ずるようにそびえ立ち、人以外の手はないはずだがそれは神の存在を知らしめる。
 人間の作り出したものと信じれぬその存在感。
 荘厳にしれ冷厳。
 機械であるというのに、この神聖な美しさはなにゆえか。
 人工的な光は星の輝き。
 走るパイプは歩むべき旅路。



これが。

     圧倒される

これが。

     これは絶対不可侵なものであると。

これが兄さんの・・・・・・・・・・・!

      全ての始まりと。

あまりの壮大な美しさに訳もなく魁は目から涙がこぼれ落ちる。

音も立てずに、色もなく、一粒の雫だった。