章 始まりは耐えてぶが世の習え

04.見て学ぶ。それが見学ですよね?




・・・・・・・・・・魁、泣いてる?
 燐は立ちすくむ魁の横顔を眺めた。
 顔を覆う黒髪に加え黒眼鏡によってほとんど魁の顔は見えないが、一瞬目の端に光るものが見えた。

 何故。

 それはあまりに一瞬。だが燐の心を捕らえた。声をかけようとしても喉が粘ついて声にはならなかった。
「どうなされたんですか?」
 魁と自分の体がはねた。静流は何も気がついていないのか、黙り込んでしまった二人を不思議そうに眺めていた。
「そろそろお話が始まりますわ、行きましょう」
「え、う。うん」
 魁は答え、慌てた調子で頬をこすった。それで本当に魁が涙を流したのだと分かった。
・・・・・言わない方がいいよね。
言うのがもったいないような光景だった。
何故、と理由を知りたいが・・・・・

あれは自分が触れてはいけないものだ。

燐は場を取り繕うために笑顔を作って、二人の肩を叩いた。
「さ、いこっか!」
「・・・・うん」
「はいですわ!」
もうすでに群が出来ている中心へと向かう。それでも燐の心はあの涙を振り切ることは出来なかった。

 む。端になっちゃった。
集合に遅れたおかげだ。端も端。一番外側だ。
壁にぶつからないようにしなくちゃね。
「では――この学園とレギナについてお話しましょう」
こほんと咳払いを一つして桐子は話し始めた。
過去の話。
英雄達の話を。

「大体の話は先ほどの式で小田桐様が話されましたね。今から話すのはこの学園と英雄の繋がりです」

 かつて、この学園は英雄達の住む研究所だった。研究の場として最高だったここに、マギナを出力としたレギナが作られる。
 最高の技術の塊だ。それは英雄達の“表にある技術”で作られたものではない。中央政府が作り上げたのだ。遙か昔、情報社会と謳われていた過去の遺物。ブラックボックスに収められた彼方の知識を用いて、だ。そのブラックボックスを箱舟と言う。

 その知識は今の水準を超えている。手を伸ばしても届かないほどのもの。ソレを一般に解放してしまえば良いのではないかという声はもちろんある。しかし知識という形のない、そして所有しやすいブラックボックスという形をしているそれを中央政府が手放すわけが無かった。どの時代においても知識とは金と権力を生み出すものだ。不満は当然ある。しかし、また技術の暴走、持てあましたが故の過去の争いを起こさないためと言われてしまえば反論の声は小さくなる。
 
 しかし、生活水準を上げるためには一般にも知識は必要だ。そこで政府は当時の最大派閥にその知識の一部を利権として売り渡した。
 過去の知識を買った家――それが英雄達後継の家である。

 孤児の寄せ集めであった英雄の仲間達は彼らの養子になることで後ろ盾を得た。代わりに与えるのはマギナの知と力である。

 医療を司るは九鬼家。
 技を司るは速水家。
 交通を司るは水無月家。
 情報を司るは城之内家。

 そして、小田桐史は元々有力な家の者であるという異色の子であるが故に後ろ盾等の必要はなかったが、農業を司っている。
 また、橘桜は親戚にあたる本家の橘家に保護される形となった。橘家は昔からのDOLL―自動人形―の名家であり、彼らは機械を司った。

 英雄――神崎神は研究の間に天涯孤独の身となったが、マギナの全てを司った彼は絶対不可侵なモノとして後ろ盾は中央政府となる。


 そう、そして彼らが作ったルトベキア学園の理事とは彼らのことだ。
理事長はもちろん英雄、神崎神。この席は学園が存在する限り彼の名によって埋められることが決定されている。
 そして初代理事は英雄の仲間達だ。もっとも、水無月、速水、城之内は幼かったことを理由として名前だけのものだった。
 
 ルトベキア学園はまさに英雄達の学園だったのだ。


「あくまで過去の話です。残念ながら今は小田桐様しかその席に座っていません」

 大人になった水無月千里と速水健一は理事の座を退き“家”に譲った。
橘桜は数年前に癌によって死亡し、その座は自動的に家に譲られている。九鬼家は九鬼マドカの離脱によって没落。今は違う家に医療の知が渡っていた。城之内條太郎は英雄の後を追って行方不明により空位のまま。

 皆がバラバラになってしまっていた英雄の学園。

 それはどこか歪で、悲しい姿だった。よもやこんな結末になろうとは出来た当初、誰も予想していなかっただろう。

 英雄がどこにいるのか。それは誰も知らない。何故去ってしまったのか。様々な憶測が流れるがそれは憶測でしかなかった。だが、彼が消えてしまったことでマギナの開発が遅くなっていることは否定できない。


「さて、次はレギナのはたらきについてです」

 レギナ――過去と現実から生み出された最高傑作。
女王の名を冠する中央管理システムでもある。それは膨大な量のデータの処理を行っている。
 空中に漂うマギナを集め、技都にとどまらせている。また、マギナから電力への変換、それは技都のエネルギーだけでなく【列車】を通し近隣の都市に有償で供給している。
 都市は人がいるからこそ都と言えるのである。過去の環境破壊によって薄くなったオゾン層。過剰が毒となる紫外線を防御するためのシールドを維持するためのエネルギーだ。以前はそれだけでかつかつとなった都市のエネルギー事情はマギナによって改善されている。
 レギナとは只のシステムというよりは、唯一、機械によるマギナエネルギー変換を可能としているものなのである。



 つらつらと話が続いているが・・・・・・
 ね、眠い。
 話が小難しい上に何度も聞いたことがある代物だ。これに耐えろといわれると結構つらい。今日は代表演説やら静流のごたごた等、色々テンションが上がったり下がったりして疲れていることもある。だが元来彼女は真面目であり主席を取った身としてはなんとしてでも寝るわけにはいかない。

 んーとうめき頭を振る。眠気で火照った顔は幾分か冷めた。目を完全に覚ますことはできなかったが、気を入れ替える切欠にはなった。話に興味がないのなら、滅多にみられないものを見たほうがよさそうだ。耳より目を働かせる。周囲の子が熱心に話を聞き入っているなか、燐は美しいレギナに目を移した。銀の光の粒子を纏ったソレは女王は女王でも月、あるいは氷の女王のようだった。確かに心奪われる光景だった。燐は首が痛くなるほどの巨大なそれをまんべんなくみた。

 だからこそ、その異変に気がついたのは燐が最初だった。