章 始まりは耐えてぶが世の習え

04.見て学ぶ。それが見学ですよね?



 レギナ――その話に熱心に聞いていた魁は、燐が隣でいきなり大声をだしたため耳が痛くなった。
「せ、先輩!」
え。燐?
隣に座っていた少女を見るとその大きな目は見開かれており、その瞳には天を向いていた。つられて視線の先をたどる、と。
「・・・・・・・・・・・・へ・・・・?」
理解すると同時に燐が代弁してくれた。
「レギナが――おかしいです!」
 魁の視線の先――先ほどまで銀の静寂を保っていたそれは上から下へ次々に蛍光色のライトを点滅させている。そして数知れないファンが回転し始める。それはまさしくコンピューターの起動を彷彿とさせる状態。
それをみた桐子はぎょっと身を震わせた。なんで!?と思っているのが丸わかりである。
「え、今は最小限起動状態じゃ・・・・」
「うごくとこはじめてみたよー、きりちゃーん!」
「きれーー!」
双子達が場に似合わぬ喝采をあげるが、生徒会書記はその首根っこを引っ張り上げた。
「まってまってまって!ちょっとこれどういうことよ!」
玲はにこぱーと笑いながら、
「んー?じょおーさまって早起きさんだね!」
冗談じゃないわよ・・・!!!
その焦燥の顔は新入生達を動揺させるには十分だった。
「ここはマギナエネルギー変換の間なのよ!!」
 マギナはあくまで化学物質。反応に適した条件は高温高圧。
 桐子は拳を握って、悲鳴を上げた。
「巻き込まれたら死ぬわよ!!」
訂正。恐怖にたたき落とすには十分だった。

 あとはもう、阿鼻叫喚。出口に殺到するしようとする子供達。それをマギナで封じながら桐子は自分の失態に舌打ちする。だからこそ、自分が落ち着かなくてはならなかったのに。このままゲートに向かっても認証なしでは雷撃で黒ずみになるだけだ。それを新入生に理解しろというのは酷な話だとは分かっている。
「もしもしー、こちらめーちゃん。レギナを止めてくれるといきのこれるかもなのー」
「げーとをちょっとだけかんぜんかいじょしてほしいかもー」
 っと呑気加減は変わらずとも、双子達はちゃんとレギナ管理所に連絡をしているというのに。しかし彼女たちは小声で伝えてきた。
「キリちゃん、なんかおかしいよ。ひとがいるのにけーほーがなってない」
いくら何でも転換の際に人がいたら警報の一つや二つ鳴るはずだ。だが、なっていない。ガーディアンの方も連絡があって初めて気がついたという。この事態に桐子はマギナを展開しつつ生徒会長に連絡を取った。
「悠、緊急事態よ」
『あぁ、話は届いている』
 幼なじみである相良・悠は感情を押し殺した声で返答してきた。怒ってる、わよね。後が恐いが、もっと恐いのはこのまま死んでしまうことだ。
『そっちに向かっている。雅人も一緒だ』
そう、
「早くしてね。警備ガーディアンには双子が連絡を取っているわ」
 こっちはヒーラー、医療系マギナ生なのだ。結界といわれると殺菌した空間を作り出すものが主なのである。
 まったく。もう!
 ヒーラーだからこそ、ここはみんなを生き残らせてみせる。


 小柄な魁にとって人混みとは死を連想させる。とくにこんな押し合いへし合いになっている場合は遠くから眺めていたいというのが本音だ。
巻き込まれてしまったのはしょうがない。燐や静流は近くで表情を強ばらせている。
 カフス――伝鈴を発動したくても出来ない。試してみたがうんともすんとも言わない。あらかじめ知っていたがこういうときには例外をつくってほしかった。

 うわっと。
押してくる同級生をよけた。結界を作っていることに異論はない。なにせ自分は黒ずみになりかけたのである。あのゲートの恐ろしさは知っている。
「大丈夫っ!?」
 燐はマギナを纏って体を強化させていた。強化とは、体を強化するが壊れない程度に強化しなくてはならない微妙なバランスが重要とされている。この年でそれができるとはさすが主席といったところか。
 魁は極力結界に触れないように身をかわす。今、最小限の騒動となっているのはこの結界があるからだ。それが壊れてしまえばどうなるか。
 めんどくさい!
 こんなときだというのに魁の頭の中はそれだった。現実逃避も賜物だ。
 しかし無情にもレギナから響いてくる振動にちかい音は大きくなるばかりだ。泣き叫ぶ子もいる。魁は利き手を握りしめた。最悪、自分が出るしかない。それはとても今後に困ることになるが――己の事情のせいで誰かを助けられなかったということを兄が許すはずもない。
 悲鳴はさらに上がり、魁の周りにマギナが静かに集まり始めた、そのとき。

「――泣くな!!」
そう言ったのは、誰か。
「泣くな、止まれ!私達はここで死ぬわけにはいかないんだから!」
そう激したのは、誰か。
 仁王立ちになった少女は胸を張って、青ざめたままの壮絶な顔で皆を叱咤した。その気に一瞬どよめきがとまった。
「いい?ここで落ち着かないでどこで落ち着けというの。先輩の力を私達は無駄にしているのよ。そんなことをしたらここぞというときに護ってもらえないでしょ」
 今は落ち着く時だ。燐は言い放つ。
「これだけ大きいのだから起動を止めるのは遅い、でもだからこそ完全に起動するのも遅いはず」
「そうだよーもうちょっとかかるしあつーいおもーいもちょーせつするからよゆーあるよー」
 にこにこと笑う二十歳の女性は桐子の手を握る。
「ね、キリちゃん!」
「・・・・・・えぇ、そうよ。今ガーディアンにも生徒会にも連絡を取ったわ。ゲート開放の許可が降りるし、それをまたなくったってちゃんと認証さえすれば外にでられる」
 じっと、桐子はこちらに目を向けた。
「だから落ち着いて。ルトベキア学園は決して貴方達を死なせたりしない」
 その瞳の強さに気圧された。静かになった新入生達を見て、
「結界を解くわ。一人一人、カードを用意して待ってて」
 指示を下し、視線だけで燐に感謝を示した。


 一人一人、近くにいたものから順番に出て行く。闇夜の足音のように刻々と時間は過ぎ、タイムリミットまであと少しだ。
 魁は落ち着かなかった。さっさと外にでたい。いや、出るべきだ。それは残っている者に共通した気持ちだろう。燐ですら唇を噛み締めている。非情になるべきだと思うが、彼女がいるからこそ魁は先へと進めなかった。
「燐、唇切れちゃうよ」
「ん。でも止められない」
 彼女は自分は最後に出ると言い張った。あれだけ大口を叩いたのだから当然、というのが彼女らしかった。その実直さは素晴らしいがこういう命に関わるときには愚者にも思える。そういうところは記憶の中にしかいないヒトに似ていた。だからこそ、見捨てられない。できるわけない。
「大丈夫だよ」
 視線の問いかけが返ってくる。もう一度繰り返した。今度はもっとしっかりと、
「大丈夫だよ」
「そうですわ、大丈夫ですわ」
 静かにしていた静流も賛同する。自分の言い分のせいで残っていると分かっている燐は口をとがらせて、横を向いた。紅潮した頬の上、綺麗な眉は歪んでいる。
 ・・・・・・・怒ってる?
 厚かましかっただろうか、静流の顔を伺うと、彼女は普段と変わらぬ微笑みだった。
「大丈夫ですわ、燐さんは恥ずかしがり屋さんなのです」
「し。静流!」
 うふふふふ、と愛おしそうに静流は慌てふためく燐を笑った。それはとても自然な空気で、一瞬今の状況を忘れられた。

 半数近くの生徒を外に送り出すことが出来た。あとちょっとだ。そうなったところで、ガーディアンと連絡を取っていた明が専用連絡機を片手で振り回していた。
「キリちゃん、いったん、みんなとめてーゲート開放できるってー」
 よし、思わず拳を強くする。これさえ終わってしまえばもう大丈夫だ。
大分点滅が激しくなっていっている、レギナを見上げた。
 女王の名を持つなら、下々の安全を守ってよね・・・!
「みんな。ちょっと止まってくれる?ゲートを開放するわ」
 歓声があがる。あぁ、やっぱり入学式のその日は笑顔で包まれなくてはいけない。ゲートに近づいた。

「ゲート、開くって」
「良かった」
「間に合いましたわね」
 あぁ、良かった。
ほっと息をつく。魁は肌に流れる汗をぬぐった。服が肌に張り付いて気持ち悪い。って、
「・・・・・ん?」
 汗はぬぐっても出てくる。これって・・・・・嫌な予感がビンビンする。あぁ、ヒトって嫌な予感ほど当たるんよなぁ・・・・生死に関わるから・・・・・
「きりちゃーん」
 ぶかぶかの服をきた双子の片割れが桐子に抱きついていた。それは小声だったが読心術を駆使してその内容を知る。いや、そもそもあんなに大きく口を動かしていたら見たら誰にだって分かる。
「ちょっとやばいかもー温度、あがってきちゃっれるのー」
 桐子の柳眉が跳ね上がる。どういうこと?と聞き返したのだろう。幼女女性は付け加えた。やはり小声で、
「えーっと、始まっちゃう?」
 勘弁してくださいよ。
 脂汗は普通の汗に流されていった。