始まりは耐えてぶが世の習え

05.波瀾万丈学園開始



 それが、何を意味するのか。分からぬものはいなかった。
 ライトが青く青く光が走ってゆく。青い天使の輪が頭上に輝いた。それと共に警報が短く早くせき立てるように鳴りはじめる。
「ゲートが!!」
 半泣きの悲鳴が上がった。外にいる者も中の生徒達も閉じてゆくゲートを必死に止めようとするが、子供の力は弱く、聖域が閉じられてゆく。
「――これは、いけません」
 双子の目が細められた。先までの幼さは消え、容貌に似合わぬ冷たさが二人に現れた。その腕につけられた【杖】――マギナ発動補助装置――が淡い黄に輝いた。桐子はきゅっと手を握った。
「キーリ、ゲートが閉まります。生徒の退避を。むやみに近づけば、」
「電撃で全焼確実でありましょう。我らが解放いたしましょう」
 桐子は無理矢理口角をあげた。
「本気になるのが遅いのよ。――開けてみせないと、怒るから」
 玲は静かに頷き、ゲートに向かった。明は桐子にだけ聞こえるように小さく呟いた。
「完全起動はゲートが閉まってからでありましょう」
「……死のカウントダウンってわけね。素敵だわ。悠との連絡は?」
「切れております。繋がりません」
「本当に?」
「嘘を言う状況でありましょうか」
「そうよね」
 状況は悪化の一途をたどっている。ぐっと堪えるように下を向いてから顔を上げた。
「じゃ、後輩達に隊列でも組ませておくわ。頑張って」
 明は肯いた。そして、
「はい。救援隊がいつ来るか分かりませんが……。早めにしなくては。外の子らも危うい状況かと」
 桐子は手で顔を押さえた。
「んーと、ゲートを壊しちゃえばいいんじゃないの?」
 桐子が言うと、明は表情を硬くした。奥で聞こえた玲も同じ顔をしていた。
「緊急停止ができない以上危険といえるでしょう」
「開いたまま変換発動が始まったら、外にいる後輩達も危険であります」
「死亡確実でしょう」
「……OK、わたしが悪かったわ。だからそんな馬鹿を見るような目で見ないで……」
 双子は無表情のまま、桐子を見上げた。
「キーリは馬鹿なのではありません」
「単に無知なのです」
「フォローになってない、なってない、なってないわよ」


 どうしよう。ゲートはしまりかけていた。この事態はここにいる、誰のせいでもない。しかし、ここにいると選んだのは自分だった。そして巻き込んだ人たちがいた。なのに、何も出来ないことが燐の神経を昂ぶらせている。
 あんなに頑張ってこの学園に入ったのに、死にかけている。マギナがどんどんここに集まってきているのがひしひしと感じられた。これが臨界点に達すれば、どうなるか。
 そんな燐にこの場に相応しくない柔らかな、悪く言えば脳天気な声が届いた。
「あらあら、まぁまぁ。困ったことになってしまいましたわねぇ」
「静流、ノリが軽い・・・・」
「いえ、この学園には入ることができた天運があるのですから、なんとかなるのではないでしょうかと提案してみますわ」
 そこで運が尽きたと考えないのが素敵よ、静流。
「ありがとうございます」
 にこにこと微笑む、幼なじみを見ると自分にも笑いに似た形が浮かんできた。引きつっているのはしょうがない。こんな状況だ。でもこんな時だというのに笑っていられるのはすごいことかもしれない。
「どうなるのかな?」
 魁がそう心配そうに先輩達を見ていた。
 ゲートの方を見ると、双子の先輩達がなにやらゲートの中身を開き、コードを引っ張り出してモバイルに接続している。
 少しでも早くゲートを出るために、燐達はゲート近くの壁側にいた。もちろん先輩が決めた境界より内側だ。
「っつ――――っ!!!」
「魁!?」
 突然魁の体が二つに折れた。苦悶の声が漏れてくる。魁は両手で顔――いや、目を押さえている。顔は真っ青だった。
「どうしたの?」
 背中に手を当てる。静流が正面に回って魁の顔をのぞき込んだ。
「目が痛いのですか?」
「だい、じょ……、ぶ」
 大丈夫と手をあげることもできないようだ。手から伝わってくる、鋼の感触。全身に力を入れて痛みをこらえているようだ。心臓の鼓動が激しくなっている。魁は息絶え絶えに言葉を振り絞った。
「ちょっと、目が、いっ、………痛むだけだよ。本当に、ほっとけばっ――っつ、いっ」
 全然大丈夫そうに見えない。突然の魁の異常に、燐は泣きそうだった。声を張り上げ助けを求めた。
「佐竹先輩!」
 桐子が振り返り、すぐさま顔を引き締め、駆け寄ってきた。桐子はヒーラー――癒し手である。魁の前にしゃがみ込み、顔を覗いた。
「どうしたの?」
「なんだか、急に目が痛くなったみたいで」
 おろおろとしている燐の前で、桐子は魁の身分証の番号を自分のモバイルを入力した。
「――水澤、君ね?」
「はい」
 静流が代わりに答えた。桐子は
「強い光を見ると目に激痛が走る――よって、サングラスの常時装着許可、か。水澤君、今どんな感じ?」
 手の下から半分震えている声が返ってきた。
「………いっそ、目をえぐり取りたいデス……」
「そんなことしたら、死ぬわよー。男の方が痛みに弱いんだからね」
 男が出産の痛みを体験したら死んじゃうそうよ。
「残念ながら、子供を産む予定は今後ともないっていっつ―――!」
「それだけ、文句が言えるならまだ最悪じゃないようね。いつもこんなときはどうしてるの?」
 次には妙に潔い言葉が返ってきた。
「ひっ―ひたすら耐えます」
「男の子ね………いつも診てもらってるお医者様はなんて?薬でもあるの?」
 深い沈黙の後、達観した言葉が返ってきた。暗い影が彼に落ちていた。
「男につける薬はない。耐え抜け暗黒青春時代」
「ヤブ医者じゃないの、それ?」
 呆れる。それならばと桐子は上着を脱いでブラウス一枚となった。上着を魁の頭にかけた。
「悪いけど、ここには薬も何もないし、わたしが下手にマギナで弄くるのも危険だから、こんなことしかできないけど」
「いえ、大分楽です」
 体から少し力が抜け、口調も先程よりは軽くなった。桐子はほっと息をついた。
「じゃぁ、ちょっと横になっていよっか。ゲートが開いたら、すぐに呼ぶから安静にしていなさい」
 優しい口調に、魁と燐達はほっと息をついた。魁は上着で顔が隠れたまま座った。体操座りで、膝の中に顔を埋めた。横になるより、目が守られる。その隣に燐と静流が座った。