始まりは耐えてぶが世の習え

05.波瀾万丈学園開始


 ぐっと近くにどうにもならないことがあると、人間諦めるというよりはそのまま流されてしまうものだ。その意志にかかわらず、どんぶらこっこーどんぶらこっこーと桃太郎さん気分でレッツらゴー……というわけにもいかないだろうが。何が一体どうなるのか、暗闇のなかではなにも分からない。このまま終わってくれないだろうかと思うのは甘えだろうか。激痛の光が、鋭く瞬く。ぐらぐらと足下が揺れる。痛いし気分が悪い。どこか遠くで地響きに似た音がしていた。
「あー。足下がぐらぐらしてる感じ……」
 魁は、独り言のつもりで呟いた。はずが、燐の叫び声で会話に発展した。
「っていうか、ゆれてるノーーーー!!!」
 えっと魁は顔を上げた。一気に音が明瞭になり、生命の危機を感じさせる不穏な空気が震えていた。広がる視界の中で、十人ほどの同級生達と、桐子と双子達が中腰でバランスを取っている。
「ほへ」
 いつの間にこんな事に? 軽く混乱している頭にさらなる混沌が入ってきた。唯一の脱出口、ゲートが硬く閉ざされている。向う側は心眼なしじゃ見られません。
 これが意味することは一つだ。
「ってえーーーー!?一体全体どうなってるの!?ゲートしまってるんだけどーーー!!?」
 死刑決行ですか、そうですかー!?
「魁、遅いーーーー!!」
「あらー、魁君ったら時代に乗り遅れちゃいますよ」
「それもちーがーうーーー!!!」
 このままだと時代から落っこちちゃうんだって!!
 燐も静流も動揺しているせいで言っていることがおかしい。
 同級生達も思い思いの悲鳴をあげている。それをかき消す大音量の発動のカウントダウン。
 先輩っと唯一の藁にすがろうとするが、どこに入れていたのか工具を片手に双子達は歌っていた。
「もうだめにょー」
「だめだめにょー」
「こぉら!明!玲!普段にもどんない!!」
 鬼のごとく桐子が怒っていたが、双子達はブーイングした。
「そもそも、成功率の方が少ないんだにゃ!」
「最高峰の防衛システムを破るにはツールが少なすぎるんだよーー」
 きーっと桐子の髪が逆立つ。癇癪を別の方向に向けた。
「悠達はまだ!?」
「んーと」
 明がもうそろそろ着く頃だ、と告げようとしたとき、一際大きな揺れが来た。
「て」
「あ」
「わ」
「っとっとっとっーいて!」
 思わず立ち上がっていた魁は突然の揺れにバランスを崩し、体勢を立て直せず、そのまま壁に激突した。
 ビーーーーーーーー!
「へ」
 壁に触れている魁の体を中心に青い筋が放射線状に広がっていく。
「は?」
 背中に奥でなにかが噛み合わさっていく音が奥へ奥へ響いていくのを感じる。
「えっと?」
 最後に鍵が外れるような音が間近で振動し、
「ってー―――――」
 突如開いた壁に空を切った魁の体は奥へと落ちていった。
「魁!?」
 近くにいた燐の声がたちまち小さくなって闇にのまれていく。燐だと思われる顔が覗いてもみえなくなった。
「うっそだろーーーーーー!?」
 僕は落下恐怖症なんだーーーー!!!
 自分の声も意識と同じくたちまち小さくなっていった。


 突然開いた壁――扉の奥は縦穴のようだった。奥は暗くてどのくらいの深さまでか分からない。覗いて手を伸ばしたときには遅く、魁の姿は見えなくなっていた。
「どうしよう!?魁が落ちた!」
「魁君が落ちてしまいましたわ!」
 どうして壁が開いたかということよりも、目の前のことしか――いや、目の前のことも頭で処理できていない。
「あーもう、訳がわかんない!」
「大丈夫なのでしょうか?」
 桐子が若干和らいだ振動の中、近づいてきた。
「どっどっどうしたの、それ?」
「開いてるにょー!」
「開いてるにょー!」
 はぁ?桐子は殆ど泣きそうだった。いったいどうしてこんなことになってしまっているのか。こんなに次から次へと難題が来るのなら、タイムアタックじゃなくて90分テストにして欲しいものだ。いや、むしろ定期試験並の準備期間付きを希望する。
 桐子の中で、ストレスが限界に来た。
「―――行くわよ」
「へ?」
 玲が下から見上げた桐子には不気味な影が出来ていた。
「ここから逃げるわよ。ここにいたってどうせ死ぬんだし?電撃丸焼け骨も残らないなら落下途中でショック死した方が骨は残るでしょ」
 知ってる?飛び降り自殺って大抵地面に落ちた衝撃じゃなくて落下途中で死んじゃうんだから。
「き、キリちゃん?」
 目が完全に据わっている。白衣の天使は天使でも天国というより地獄に引きずり降ろしてくれそうな、――子供の顔した頭だけに羽が六枚生えていて美しい歌声でやって来るという実際の天使は日本人から見たら妖怪だと思うのだが――凶悪な顔だった。
 桐子はキレた顔のまま、手で指示を出した。
「いい、みんな。ここから逃げるわよ!」
 敢えてこの先に何があるかを言わずに鼓舞する。
 腕につけられた【杖】が桃色に光。桐子の黒髪がその光を照り返す中、桐子は陣を手の前に錬成した。
『開・守御羽衣』
 光のベールが中にいた生徒全員を包み込んだ。
「これで落ちたときの衝撃が相殺できるから」
 下級生をそう励ます。
 相殺――嘘だ。穴がどれほどの物かわからない以上、どれほど衝撃を吸収できるか分からない。だが、病気は気から、少しでも希望を持たせたい。
「明も、中で頑張るよ!」
「玲も、防御がんばるよ!」
 本来の彼女たちの力を発揮できる武器がここには無い。ちゃんと武装しておくべきだった。
 だが、明は先に落ちていった。奥でマギナの光が見える。
 玲も陣を用意して、肯いた。もう時間がないとさきに開始させておいたストップウォッチ機能付きの時計の表示板が瞬く。桐子はヤケになりながら叫ぶ。
「さぁ、はやく!さ。貴女達も」
 最後の少女二人を導いてから、自分も中に飛び降りた。

 そして、静かに壁は閉じられたと同時に破壊の旋律が部屋を光に満たした。