始まりは耐えてぶが世の習え

05.波瀾万丈学園開始



 白。
 その世界は白しかなかった。
 そしてぽつんと真ん中に、白い染み。
 影は黒ではなく限りなく白に近い薄墨。
 人。
 それは人の形をし、起伏のない柔らかな体つきは少女の形に見えた。
 染みは踊った。
 白い髪に白く薄いワンピースが音もなく漂う。
 一人。
 一人だけ。
 白い世界に白い少女。
 その表情もなく。
 ただ、
 踊る。


『開・電雷牆壁』
 雷が縦ではなく横に走る。その後には電気回路をショートさせた【ディフェンサー】――対人自動排除兵器――の列ができた。
「おっし、14、15、6、………あー、22台!」
 拳を振り上げ喜ぶ雅人の後ろで悠が銃弾を障壁で防ぐ。
「雅人!力を制限しろ。建物を壊す気か!」
 雅人は悠を無視して、【大剣】を振り上げた。
「うるせぇっての!お前何台だ?」
「25台」
「な!ずる!ぜってぇ勝つからな!!」
 目的がずれてるぞ!
 奥へ奥へと進んでいく雅人の背中に怒鳴りつけた。一応ディフェンサーも学園の備品だ。あんまり壊してはいけないのだが。何台あるのか、次から次へと湧いて出てくる。悠は一気に片付けようと【暗誦】を開始したが、
「下がれ」
 悠の隣に風が駆け抜けた。鋭い青光が一線走る。
 悠の右側が青に埋め尽くされ、そして後に続くのは爆音とその衝撃波だ。顔を――目を庇った腕を外して悠は叫んだ。後に残ったは煤のついた廊下だけだ。
 …………鋼鉄の欠片がないってどういう事なのか、悠は敢えて考えないようにした。
「速水先生。先生が本気だすと建物が壊れるのでは!」
「ここはマギナ研究の中枢だった場所だ。対マギナ防壁は完璧だ。本気で暴れても大丈夫だ」
 それにまだ本気ではない。
「と、もうされましても……」
 遠距離狙撃型ディフェンサーV型を壊しながら、速水は過去を振り返った。様々な出来事を振り返り反芻し、その結果は満足げな笑みだった。
「…………ん。余裕だ」
 八柱が一人である速水がこういうということは、ここはまだ未熟だったとはいえ八柱が暴れても大丈夫だということだ。何があったのか気になるところだが。
 ほっとしかけたところで、奥、雅人がいるはずのところから轟音が響き渡り、螺子がネズミ花火のように床を滑っていく。
「…………」
「外で待機しているかもしれない生徒を巻き込む気か?」
 速水の渋面に、悠は恥ずかしくてしょうがなかった。あれでも副会長なのだ。
 雅人のあほ!!!!!!!
 
 先に進んでいた雅人は次から次へと現れてくるディフェンサーを文字通りなぎ倒しながら、奥へ奥へと進んでいた。
「っあん?」
 その顔に緊張がよぎった。ディフェンサーが横一列に並んでいるのはいいが、その奥。
 背中を向けたディフェンサーT型大型のU型で、向こう側が、見えない。
 ディフェンサーは通常廊下を規律正しく徘徊している。敵がいればそこに必要なだけのディフェンサーを送り込む。伝令型と攻撃型に分かれ、その指令の方法は人間の免疫機構を摸した結果だ。目の前に展開されている図は集中しすぎるほどだ。
 ディフェンサーは敵に反応する。
 それは、侵入者――そして、脱出者もだ。
 最悪の結果になったかと、雅人は舌打ちして【大剣】を構えなおした。
「生きてたら、そのまま生き続けといてくれよ!」
『開・磁界葬鳴』
 【大剣】が唸り、冷たいタイルの床に先を突き刺した直後、巨大な陣の模様が浮かび上がり、雷の檻がディフェンサーごと浮かび上がった。
 雅人の浅黒い肌に玉のような汗が浮かんだが、獰猛な笑みがそれを吹き飛ばした。
『邪魔だ!!』
 檻が空間を飲み込んだかのように一気に縮み、耐えきれなくなったものが破裂した。
 飛んでくる破片を【大剣】で防いだ後、煙を払って、前に飛び出る。
「生きてっか!?」
 大きな扉、ゲートの前に子供、三十人ほどの子供の集団が固まっていた。雅人の登場に歓声が上がる。しかし、その最前列の中央にいた少年が雅人の顔を見て、体から一気に力が抜けた。
「っと」
 それを片手で受けとめる。見たことがある少年だ。そう、あの髪の長い面白いガキの後ろにいた、自分が弱虫―黙り集団と揶揄した先頭にいた少年だ。
「おい、息してるか?」
「………い、ちおう」
 その顔も、体も、手も、足もぼろぼろだった。特にひどいのは手の平だ。幾重にも走った切り傷と擦り傷で、手は真っ赤に塗れ、それでも腫れ上がっていた。それ以外は、おそらくディフェンサーによるものだろう。だが、この手の平は。
「お前」
 入学したての一年には、マギナ錬成補助器具である【杖】は渡されていない。すり切れた手の平は【杖】なしのマギナ陣錬成のしすぎによるものだ。【杖】が無しでマギナを発動出来る者はごく少数だ。この少年だけが、一人、ここを守っていたのだろう。
「…………遅れて悪かったな」
「ヒーローは最後に現れるものですから。俺は、寝ます」
 軽口を叩いた後、唐突な宣言を実行した。ぐったりとなった少年を抱えなおした。むかむかがこみ上げてくる。本当にこうならないといけないのは誰だ。
「おい!桐子!明!玲!てめぇらなにやってやがる!」
 その銅鑼声に一年が震え上がった。続いて悠達が走ってきた。
「隠れてねぇで出てこい!」
「どうしたんだ、雅人」
「どうもこうもねぇよ。ガキにガキどもを守らせやがって」
 悠は雅人に話を聞くのを諦めた。近くにいた一年に聞く。その間にもディフェンサーがまた集まってきているが、生徒会役員、監督生達が布陣を敷いて防御に当たっている。
「先輩達はどこにいるのかな?」
「そ、それが!」
 おろおろと、皆が互いの顔を見合わせた。悠は辛抱強く、聞く。
「どうしたんだい?」
 ぐっと、一人が覚悟を決めた。震えた声。
「まだ、中に」
 悠は血相を変えて、ゲートを見た。
「そ、ん。…な」
 それはしっかりと硬く、閉じられていた。
 扉が閉まれば、発動が始まる。ゲートのランプは紅く紅く光っている。
「閉まって、どのくらいになる!?」
「わ。わかりませんっ。でも、結構……」
 桐子も双子達も一年からずっと仲間だった。雅人の表情も変わる。
 悠にとって、桐子はもっと昔からの。
 堪まらず、どんっと拳でゲートを強く叩いた。
「キリ!聞こえるか!」
「どけ、ぶっ壊す!」
「無駄だ。ゲートは防音になっているうえに――」
 お前では破壊できないっのけ。と言う前に、中から押さえきれない、くぐもった音が、そして鈴の音がなるような――通称、女王の歌声が建物をゆっくりと、そして鋭く、残酷に、響き渡った。

 リィーンリィィーンィーンィーン――

 胸に広がる絶望。絶望の味は冷たさだ。胸が空になる。
「うそだ」
 ゲートのランプが赤が点滅している。発動、正常、続行、中。

 リィィーンィーンリィーン

 ざっと見ただけでも、あと十人以上の生徒が中に取り残されている。発動状態にある聖堂にいて、生き残れるものはない。

 リリィーンリーンィーンィーーン…………………

 そして、ランプが青に変わり、速水がゲートを開けた。


 残酷なほどに美しい聖堂の中、静かにレギナは君臨し続けていた。
 そして、その下座には誰も、何も、塵一つ、残ってはいなかった。