章 始まりは耐えてぶが世の習え

01.そしてそれは始まりと


  見目麗しい生徒会長の話、そして新入生代表の話へと進んでいた。
  だが、こともあろうか舞台の、それも中央の真ん前に座っている少年はなんどもあくびをかみ殺した。寝ぼけ眼は分厚い黒眼鏡で隠されている。少年は十二、三歳にしか見えないほど小柄であるうえにぼさぼさの黒髪は肩を超し、背中で無邪気にはねまくっている。そのうえ、顔の半分は隠しているのではないかと思われる黒眼鏡。その異様な出で立ちで入場以前から目立ちに目立っている少年はそんなことにも気がつかずにいた。もう一度あくびをかみ殺した。反射的に出てきた涙を拭い、眠気を振りはらおうと頭を振った。ちっとも改善されていないことは落ちた肩から分かった。

 眠い。
小田桐 史のときもそう思ったが、どうにもこうにも眠い。
正直いってこういう状況は初めてなのだ。そう、こう訳の分からない大衆に向けられているせいでちっとも自分に実感のもたらされない話を聞く機会は。というよりこんなにだらだらと話を長引かせてなんの利点があるっていうんだ。内容を忘れるだけじゃないか。要点をまとめて来い。
  少年はぶちぶちと言い訳を心の中に垂れ流し続け・・・・・・限界点を越した瞬間に頭が落ちた。夢の世界にいくことなく、そのままブラックアウト。新入生代表――女の子ということしか頭に残らなかった。


 「私達は英雄の志を受け継ぎ、正しき道を正しき心で歩んでゆくことを誓います」
新入生代表、新堂 燐。

二つに髪を括った少女が頬を紅潮させて、しかし堂々と宣言した。少女が頭を下げると同時に拍手が一斉に鳴り響き、講堂を振るわせる。その大音量に少年の体が跳ねた。そのままパイプ椅子からこけた。拍手の中でくすくすと笑い声が混ざった。
 起きた少年は目を瞬いた。事態を一瞬把握できなかった。心臓がバクバクいっている。完全に意識がなかった。そして今はやばい、なんか目立っている。ビシバシと好奇心と馬鹿にしたような視線が突き刺さっている。拍手の雨の中、少女は舞台の袖へと消えていった。 一瞬こちらに怒ったような、心配しているような視線が来た。そっちの方が周りの視線の先より鋭く痛かった。
  せっかくの晴れ舞台だったのに悪いことしたな・・・・・・
少年は何食わぬ顔で座り直したがすでにあった退場の指示によって慌てて立ち上がってこけて立ち上がって駆け足にちかい行進でその場から退場した。
  もちろん彼には拍手ではなく笑い声が送られたのだった。




  春麗らかに咲き乱れる桜の花。
入学式が終わって寮に案内されている新入生達の上に等しく降り注いだ。たとえそれが背の低い少年であっても辛うじて。
  表情は全く見えないが、なで肩と猫背のダブルパンチで情けない頼りない風情が醸し出されている。
少年は空と舞う桜を見上げて―ため息をついた。人混みは苦手だった。
  空はどこか暗い。故郷とは違って高くもなく青くもない空だった。
そう見えるのは強烈な紫外線を遮断するためのフィルターがドーム状になってルトベキア全体を覆っているからだ。知っていたが、実際目にするのとは全く別だった。このドームはマギナも集めている最高水準の技術だというが、それならもっと色をどうにかしてほしい。
ドームのせいで風も弱い。

光と風の澱んだ場所か。
少年は苦笑して、前の列について行った。

ルトベキアは全寮制であった。彼らは四年間住むこととなる寮にたどり着いていた。

うわ。でかっ。
それが彼の最初の印象だった。感激も感動も落胆も尻込みもなく、ただその大きさにのみ注目していた。

「えーっと。ここが君達の寮『桜花』寮だよ」
四年生の監督生―短い髪がどこかざんばらでまとまっていない青年が誇らしげに手で大きく指し示した。
「最高の設備が君たちを待っているよ。成績順の階級で部屋を割り当てられるから、成績には気をつけておいたほうがいいよ」
飯もちょっとしたお小遣いも階級別に違うからね。
青年はいやな思い出があるのか少し照れくさそうに苦笑した。
「生徒は基本的に学期内は外出禁止。必要な物は学園都市で買うようにね」
「私の台詞、取ったな・・・・・」
二十代前半かそれくらいの女性がぼそりとつぶやいた。
「あー・・・す、すみません!水無月先せっ」
鈍い音がした。
「脳みそは詰まっているようだな。安心した」
拳で自分より背の高い男を黙らせた女性は無表情に固まっているまだ青い新入生達にむき直した。
「紹介しろ」
青年は頭の瘤を押さえるのを急いでやめた。
「こ。こちらの方は桜花寮の管理人、水無月 千里先生だ」
髪の長い、古風な美女だった。彼女の名に一瞬、新入生達の中からどよめきがあがった。
「私が水無月千里だ。諸君らの日常生活を管理する。門限と規則を破る奴は、死ぬ気でやれ。まぁ死んだら問答無用でここからでられるがな」
艶やかな、されど恐ろしい笑顔が生徒達を凍らせた。
逆らうと恐ろしいことになる、それを認識するには充分すぎりほどの威力だった。
「だが、諸君らは幸運だ」
どこか羨望に似た色の光が目に宿った。追憶の光だ。
「ここはあの英雄が暮らした―まさに場所だ」
改修工事が終わってお前達がその次に当たる。
「えーーーーーーー!!」
初耳だった。生徒達は驚喜の渦を巻き起こした。
あの、英雄。
世界を救った英雄のいた、住んだ、場所!!!
「そうだよなー。嬉しいよなー。俺だって住みたかったよ」
「おや、監督生。なんなら留年するか」
結構です。どんでもありません!あと一年で卒業なんです!
そんな様子でも他学年から羨望の目で見られていることがわかる。
興奮の声はなかなか収まらない。
「・・・もう、いいだろう。黙れ、静かにしろ」
興奮冷め切らない生徒達は千里の言葉に気づかない。
千里のこめかみに恐ろしい青筋が入った。
手が弧円を描き、すっと横に突き放たれる。
凛と響く力ある言葉

『開・風壊の流れ』

圧縮された空気が瞬時に開放された衝撃で風がうねりをあげて壁を粉砕した。

誰もが一斉に息をのんだ。
パラパラと瓦礫が落ちる中、美貌の管理人は据わった目をして言い放つ。
「先生の話は聞く。親から習ったな?」
コクコクコクと首振り人形のようになった新入生達を生暖かく見つめ微笑をたたえたまま青年はつぶやいた。
「逆らわない方が身のた・・・」
「嫌いな人種は一言多い奴だ」
青年も黙った。
「では、入学式の時に渡されたバッチがあるな。その色に従って班に分かれろ。赤は五階、緑は四階白は三階だ。二階は私のいる管理室や・・・」
にやりと笑って続けた。
「処罰室があるから、覚悟しろ」
はいっ水無月先生!
「私のことは千里先生と呼ぶように」
はいっ千里先生!
一気に生徒を統率した千里は苦笑いを止めない監督生に自分が破壊した壁を顎で指した。
「あれを直しておけ。完璧にしたら+10だ」
「分かりました」
監督生は新入生が見守る中瓦礫に手のひらを向け、
『開・復元の時』
金属を擦り合わせた音が響いた。
その音と共にまるで先ほどの破壊が、ビデオのように巻き戻される。
風が収まったときには先ほどの破壊が何もなかったかのように綺麗な姿になっていた。
「ん。監督生、時森 豊に+10だ」
腕時計のようになっている通信機によってルトベキア学園のメインコンピュータ『レギナ』にデーターが送られ、監督生に点数が与えられた。
「さっきのが『復元』だ。高等な技だが、コレができるようになるといろいろと証拠隠滅が楽になるので早く覚えるように」
と、やはり物騒な事を言いつつ、千里は監督生を帰らせた。仁王立ちする管理人に最後尾にいた長髪の少年はおっかねーっとつぶやいたのだった。もちろん、心の中で。
千里はうなずいた。
「荷物は各自の部屋に分けられている。確認してすぐに一階に下りてくるように」
昼食だ。千里は微笑を湛えて告げた。
「もちろん遅れたら食事抜きだな」
言われた時間まであとちょっと。
少年少女は四年後まで生き抜けるか疑った。