章 始まりは耐えてぶが世の習え

02.出会いは突然。喧嘩も突然。




  っというかよ。
少年は心の内で呟いた。
  最新最高技術をもってんだったら、寮に!五階以上ある建物に!エレベーターぐらい使わせろよ!!
体力づくりということで、一年の間はエレベーターを許可なく使用することは禁じられていた。
 時間が迫っている。なんとここの食事では肉が出るらしい。食糧難の影響による食料配布制の中で生きてきた少年の脳には【肉=神の食べ物】とインプットされている。牛乳を飲んでいるのに自分の背が伸びないのは肉をほとんど食えていないからだと勝手に思いこんでいるからでもあった。
  急がないと、食えない・・・・!!
 切実な焦燥感に苦しんでいる少年は赤のバッチを握りしめながらひたすら階段を上っていた。・・・・各階の天井が高いゆえに五階というわりにゴールは遠かった。


  少年がもうすぐ五階、というところで踊り場に人混みができていた。正確に言うと四階と五階の間の踊り場だ。
 なんだ?
少年少女達は困惑顔でお互いを見回している。誰一人として進もうとしない。
「どうしたんですか?」
少年が手前にいた背の高い少年に丁寧に話しかけた。話しかけられた少年は思案顔で振り返り―ぎょっと驚いた。冷たい感じのする、なかなかに格好いい少年だ。背の低い少年を上から下までじろじろと見る。どう見てもおかしい―いや怪しい格好と一応多少は自覚している少年は苦笑いをして、かまわず言い直した。
「上にいかないの?」
「・・・・・・いや、いけないみたいだな」
よほど怪しいと思われているのか若干及び腰だった。警戒するように少年は続けた。あごで階段の先を軽く示し、
「結界が張ってある」
前に進めない。
少年も階段を見た。普通の階段だ。誰もいないが・・・
「えーと・・・・別の階段あるんじゃ」
「階段はここだけだ」
瞬時の答えは絶望系。あわてて腕時計を見た。
「ど、どうしよう。ご飯が!ってか肉が食べられるのに!」
「・・・・貧乏人か、チビ」
背の高い少年は眉をひそめ、すっと少年から身を引いた。あからさま拒絶に背の低い少年は肩を落とした。ここまでされるとは・・・・。
 大地が汚染されたために牧草地など無いに等しい。肉は貴重品だった。食べられるのは上級階級のみだ。どうやら背の高い少年は“上級階級”らしい。背の高い少年の表情はさらに冷ややかなものとなっていた。
「び、貧乏人・・・一般階級って言って欲しかったりして。チビって言わないで欲しかったりして」
「俺より貧乏なら貧乏人で、俺より背が低かったら全員チビだ、チビ」
「自己中心的相対化だよ!」
「名前は?」
人の話きいてねぇ!っと内心頭を抱えた。
自分がチビなら相手は天然俺様だー!
「魁。水澤魁(みずさわ かい)だよ。君は?」
「聞いたことの無い姓だな」
無視ですか、そうですか。
少年は引きつって嘆いた。
 もう魁がいなくなったかのように少年はじっと結界のある方を見た。ある少女が階段に近づいた。が、目の前に壁があるかのように前に進めない。手で押すがびくともしないようだが、傍目ではパントマイムをしているようにしか見えない。後ろにいた別の少年が物を投げつけたところ、そのまま跳ね返ってきた。
「あー。拒絶系結界ですか・・・・・・」
魁のつぶやきを無言で少年は肯定した。
「どうしよう・・・・肉が・・・・」
「貴様は肉のことしか心配じゃないのか」
「食べ物は大切に。食えるときには食っておけっていうのが家訓なんです」
「・・・・・・・・」
心の底からの哀れみ眼差しに少年はめげなかった。
「あ、じゃぁエレベーターはどうですか?こういう非常時のときにこそ活用されるべきですよ」
「貴様が暗証番号を知っているとは驚きだ」
魁は知っているわけないですね、と肩を落とした。
こうしている間にも刻々として時間は過ぎてゆく。ご飯の時間が迫ってきている。
魁は半泣きだった。
「ど、どうしよう!」
あわあわと動揺する魁が目障りになったのか、しかめっ面で付け加えた。
「新堂家の娘が今、管理人を呼びに行っている。連れが結界に入ったまま帰ってこないらしいな」
「駄目じゃないですか!」
  新堂の娘ってことは、あの新入生代表―主席の子だ。辛うじて名前だけは紹介のとき、眠る寸前に聞いた。ということは、簡単に言ってしまえば新入生では手が出せないということだ。だからこそ管理人―千里先生を呼んでくるのだが。それより、人が巻き込まれているなんて・・・・・・!
「き、君はどうにかできないんですか!?」
名も名乗らぬ少年は騒ぐ他力本願少年の襟首をつかんだ。顔には不機嫌!と書いてある。
「え」
なにこれ。
「なんで僕が君に引きずられているんですか?」
「うるさい。黙れ」
そんなに言うなら、お前が行ってこい。そして帰ってくるな。
 少年の言葉に魁の頭から血の気が引いた。人一人飲み込んでいる、ねじ切れた空間にはよほどのことがない限り近寄りたくない。
「え、え、え」
 引きずられていく自分の状況に頭が認識拒否を訴える。抗おうにも相手は170p近い身長の持ち主だ。体格の差は歴然としていた。冷静かつ怒気を含んだ声が上から聞こえる。
「貧乏人の命はこういうところで消費可能だな」
「いやいやいやいや人権って言葉知ってますか!?」
「上級階級の特権。そういうわけだ。逝け」
あんた、最悪ですね!
 叫びは歪んだ空間に激突―しなかった。

 見えない壁に激突するはずの少年は体勢を立て直せずに、そのまま階段に突っ込んだ。


 丁度角が額にジャストミートした。


  くあぁぁぁぁあああ!!
額を押さえ、第一次激痛軍が過ぎ去るまで悶絶する。涙が本気でにじんでいた。
「ひ、ひどっ」
文句を言おうと顔を上げた魁はそのまま固まった。
目の前には全く予想だにしなかった光景が広がっていたのだ。


女生徒が、明らかに高学年の男子生徒に絡まれている。


  うわぁ・・・・・

見当違い甚だしいことが脳裏に浮かんだ。

  今日の昼飯は抜きだな。こりゃ。