章 始まりは耐えてぶが世の習え

02.出会いは突然。喧嘩も突然。




 魁は哀れな女子生徒を見た。
魁と同じくらいの身長、つまり小さく、髪を淡くおさげに編んでいる、どこか気の弱そうな眼鏡をかけた美少女だった。
 一方男子生徒の方は、とりあえずでかかった。こっちに来てから“でかい”という言葉しか浮かんでこないのはどういうことだろうか。190pは優にあり、しかしそれに似合う体がしっかりと出来ていた。顔は、自分に対する自信がにじみ出た、ワイルド・・・意外にも良く整った顔だった。見事なバランスの筋肉は服の上からでもよく分かり、燃えるような赤毛がまさに燃えている炎のごとく天に揺らめいている。海外交流は途絶えて等しいので、髪の毛は染色しているのだろうが見事な色だった。
 男子生徒は女子生徒が逃げないように壁の隅に追いつめ、もう二方を自らの体と、少女の腰まわりほどありそうな腕で遮っていた。

 口説き真っ最中だ。

 故郷ではよく裏路地で見られた光景だ。ナンパと確信を持って言えるのだがあまりほめられた特技ではない。
 あまりのことに思考が止まっていた少年と少女の視線が、ばっちり合ってしまった。


何か言い足そうな、少女の潤んだ瞳。
それに等しく汗で潤みそうな少年の頬。


答えは、いろいろあった。
1.無視。(ただし、良心の呵責あり)
2.千里先生を呼ぶ。(ただし、すでに呼びに行っている)
3.他の生徒の助けを待つ。(ただし、このまま倒れているのも…)


 などなど自分では行動を起こさない、といった消極的な考えばかりが魁の頭を巡った。後ろの少年達は息をのんだままだ。まさかこのタイミングで結界が切れるとは思っていなかったようだ。助けてプリーズと言ったところで上級生に楯突く度胸は無いように思われた。
  自分にだってないよ、畜生。そんなことはどうでもいいから、助けて欲しい。このまま後ろに下がるべきかどうか迷っている内に少女の視線の先をたどった男子生徒――おそらく四年生――とばっちり目が合ってしまった。

 その瞬間から、少年の受難は始まった。始まってしまった。
目立たない、それだけが水澤 魁 十五才のささやかな願いだったのに。



「あ、あの。その子が怖がっているので、離してあげてくれませんか?」
  勇気だ、ガッツだ。…自分と無縁の言葉だ。
頭が真っ白になった、と言えばよいのだろうか、恐ろしくも魁は、なけなしの度胸を使って先輩に言いながらよろよろと立ち上がった。
「…ああぁ?邪魔すんのか?」
は、ははははと乾いた笑いの後で魁はしっかりと答えた。
「はい」
  うわぁい、正直すぎだよ、僕!
「どうして他学年の先、輩が一年生寮の桜花にいるんですか?基本的に他っ学年の生徒はよその寮に入ってはいけないっんです、よ」
震え、途切れ、ようやく言えた一言。
「けっ。んなおかしいつらしたガキに言われたかねぇよ」
「僕の顔は眼鏡で見えないとおもいますよ」
少年は前髪が伸びきっているから鼻と口しか分からない。

鼓膜が怯える音がした。脳が萎縮する音もした。

微かに落ちる、壁の破片が、男子生徒の壁に打ち付けた拳のまわりから落ちた。
少年の顔は真っ青から真っ白に変わった。少女に至っては体が震えている。
くっ、くっくっく
肩を振るわせて男子生徒は笑った。
少女から身は離し少年の前に来る。

  で、でかい。

少年の身長は150pを少し超えた当たりである。
40p以上、遙かにでかい男の元ではまるで父子である。
男子生徒は頭を少年の顔までおろし、近づけ、凶悪な笑みで少年の耳もとでささやいた。
「俺に逆らって、良いとおもってんのか」
  いや、もう、思ってませんよ。
首をぐいっと持たれた少年はおずおずと男子生徒の目を見る。じっとこちらを睨み付けている。
「ま、あ。穏便に、」
少年は尻込みするも顎を持たれこれ以上下がれない。さがれたところですぐに階段なので変わらないが。
「充分穏便だろ?」
  どこがだよ。
心のツッコミは何処までも強気だが、口に出して言えば…顎が冗談抜きで砕かれそうだ。
「…てめぇ、専攻は何だ?コックなら歓迎するぜ?」
  でも、あんたは絶対にソルジャーだろ。
 この学園にはいろいろと専攻がある。
マギナを使うのは何も先ほど先生達が見せた攻撃だけではない。
疲弊した土地を浄化し作物を作る、一見地味な『コック』もいれば、マギナを扱う補助器具をつくる『エレクトロ』等々技術系から、傷を癒す『ヒーラー』
剣―直接攻撃型【杖】を使用する『ソルジャー』等々、大昔はやったRPGのごとくいろいろな職業に分かれるのだ。

魁は、愛想笑いをして言ってしまった。
「ぼ、ぼくはガーディアン志望で……ソルジャーですね?」
男子生徒が固まった。
「ソルジャー?お前が?ちびでひょろで目もわりぃ、動きもとろそうなお前が?しかも全クラスで最も高位にあるガーディアン志望?」
ぐっさ
ぐっさ
ぐっさぐさ
少年のコンプレックス全てを突きつけ、いや、突き刺しとどめのストレート。
「あぅ。そうです。でも目は良いですよ?明るい日差しが目を焼くので黒眼鏡してますけど、夜目は利くんです」
やっぱだめですか?
「あ、あっはははははははははは」
男子生徒はこれ以上ないっと言うほど高らかに笑った。
ひーひー言っている。
バンバン叩かれる。
  あー言うんじゃなかった。
遠い別世界を呆然と見ていた少年はいきなり頭をくしゃくしゃとなで回された。
  ってか痛いよ。
「あーよく笑った」
  笑うなよ。
「あぁ、わりぃわりぃ」
  悪いなんて思ってないだろ。
「ま、せいぜいがんばれよ?」
  とっとと帰れ。
「でも、まぁ」
男子生徒はにやりと、好感を持たせる笑顔をして言った。
「がんばれよ?お前がソルジャーになったら、手合わせしてやるよ。それに俺に絡まれた女をたすけるっつー勇気は認めてもいい。――後ろにいる黙り集団よりましってな」
ぽんっと頭を軽く叩かれ少年は言われたことに驚いて顔を上げた。
「毎日牛乳のめよ?身長はあった方が何かと楽だからよ」
呼吸が止まる。
先ほどの爆笑も馬鹿にされたからではないと分かった。
徐々にわき上がるは悦び。
「はい!」
意外に感じのいい人だと、魁はあっさり第一印象を改めた。