章・語らぬは己がの強さか弱さか

01.譲れないもの


 
「あれだけ時間を取ったのに、結局誤作動ってちょっと釈然としないわね」
「あら、悪の陰謀が煌めいていた方が、良かったのですか?」
「誤作動でよかったと思うよ?レギナが壊れたわけではなかったんだし」
 壊れたら一大事だよ。
 三人は次のクラスに向かっていた。
「それに、ただの誤作動じゃなかったとしても、僕たちには教えて貰えないと思うな。レギナって国家機密の塊だし」
「そうかもしれないけど」
「そんなことより、授業の方が心配だよ」
「そうだけどさぁ」
 時が過ぎるのは早い。体感するモノが若い者であればあるほど、それは正に矢であり、弾丸であった。
 結局誤作動ということに落ち着いたレギナ暴走事件から二週間がたとうとしていた。
 だが、授業はまだ殆ど始まっていなかった。
 事情徴収に時間を取られ、通常カリキュラムが大幅に遅れたのだ。一学年の人数こそ少ないが、レギナに関わる人間の数となるとかなりのものだ。今もなお捜査は続いているが紛れもない"被害者"である一年生は解放されていた。
 たとえそうだとしても、一年生は団体、とくにクラス単位での行動が多く、自由時間も多かったことから、クラスにおける力関係が自ずと分かってきていた。
 そう、たとえば燐。
 彼女は持ち前の明るさと人見知りしない気さくさ、また一部からは行き過ぎと評判の行動力からクラスの中心的な存在となっていた。成績もトップクラスなのは、入学式を見ればわかる。しかし、なによりも、あの入学式のレギナの誤作動(ということに落ち着いた)事件においての行動が、教師の間でも一目も二目も置かれている。
 また、彼女の親友である相川静流も燐の影にそっといる、控え目で清楚な、守ってあげたいと男女問わず思わずにはいられない可憐さをもったマスコット的キャラが確立されていた。正し、本人がそこまで弱くないところも、矛盾するが好意的に受け止められている。燐の暴走をきちんと止めたりと、押さえるところではきちんと押さえていることは、皆見て見ぬふりをしているようだ。その時のぴりりと辛みがきいた言葉は周りの者も耳が痛くなるほどだ。
 そんな彼女達は二人でいると、他学年を問わず、特に男子生徒からのお熱い視線が降り注ぐ。それは日常茶飯事となっていた。
 だが、そうなるだろうことは彼女達を始めて見たときから分かっていた気がする。
 魁はそう嘆息する。
 なんというか、そう。輝いた人種なのだ。根元的なものから惹かれる、光輝いた存在。地元にいる年上の幼なじみを思いだした。あれもあれでカリスマがあるといえる。……アレがはなっているのは異彩だが。
 それはともかく光り輝いたそれは自分とは正逆に位置するもののはず。
 魁は根っからの裏方だった。影でこそこそと画策する方が性に合っている。もともと目立たないことを目標としている魁にとって、彼女たちはある意味鬼門だ。
 地味で平穏な生活。できれば金銭的にも平穏で。
 それが魁の将来設計。
 そう思っているのだが、入学式しかり、実際には上手くいかないものだ。人は自分にないものを欲するというが、これだけは勘弁ねがいたいものだ。
 目の前を歩く二人がなにか面白い事があったのだろうかクスクス笑いあっている。それだけなのに、黒眼鏡越しにして眩しい。
 突然、燐が後ろを振り返り、魁の髪からなにかを取った。
「埃がついてる」
 そのうち、鳥が巣を作っちゃうよ?
 そう文句を言いつつも一つ一つ取ってくれる。どうも、燐は世話焼きのようだった。年が離れた弟がいるらしい。
 あぁ、また男共に恨まれる。どうせ、またどっかでやっかみの声が幻聴的に聞こえる。
 こんなことも日常茶飯事だ。…まったく幼稚園児か。
 こんなことになるなら、静流を助けなければ良かった。
 といっても不可抗力だったのだが、魁はそんな事は棚において溜め息をついた。
「はっ。自分のおかま頭もろくにただせないようだな」
 まぁ、その髪型で一目瞭然か。
 うわぁぁぁまた来たよ、この暇人がぁ。
 魁は、本気で、唸った。



「はっ。自分のおかま頭もろくにただせないようだな」
 不届きな奴がわざと言ってきた。後ろにはコバンザメの様にお付きの者がついている。
 敢えて言おう、ふざけんな!
「ちょっと!魁のどこがオカマなのよ! そりゃあ、背も低いし髪長いしやせてるしかっこいいというより可愛い系だけど、魁は正真正銘男よ!」
「燐さん。トドメさしてますよー」
 静流の言葉にうろたえる。後ろで魁がイジケてあらぬ方向を見ていた。
 う。どんより縦波線が見える。
「……それは本当に女属性満載だな。IDの登録、間違えたんじゃないのか?」
 こっっの男はぁ!
 燐は不届き者、クラスナンバー2の実力者、剣崎寿人と愉快な仲間達に食ってかかった。
「さっきから煩いわね! ちょっと口を閉じたら? 寿ちゃん?」
「誰が寿ちゃんだ!」
 寿ちゃん、それは寿人が最も嫌がる呼び名である。
「あら、あんたなんて寿ちゃんで十分よ!」
 実力がありながらけっしてむやみにひけらかさない燐と、自分の実力を誇示する寿人とはあったころから犬猿の仲だ。
 もっとも、寿人の実力は、燐も認めざるを終えない。あの波乱のレギナ見学のとき、迫り来るロボット達を撃退していたのは――それも【杖】なしで――他ならぬ寿人なのだ。。
 あれから寿人はクラスの一部から絶大の人気を誇っている。男のランキングナンバーワンだ。
 ……くやしいことに、この、性格、すら、格好いい、とか、言っている……燐には理解できないが。
「はん! そんなに落ちこぼれをかばって、自分を持ち上げたいか」
 事実、魁は落ちこぼれである。
 いまのクラスにもやっと、ぎりぎり、先生の恩赦で入ったようなものであった。
 燐も魁が同じクラスになれるように修行を手伝ったものだ。そのかいあって
「落ちこぼれっていうけど特進クラスだから十分よ!っていうか、みんながみんな、あんたみたいな性格だって思わないでよね」
 べーだ!
 しかし、またもや後ろから静流の焦った声が小さく響いた。
「燐さん、落ちこぼれを否定してあげてください」
 ついに、魁は壁にもたれかかり、‘の’の字を書いていた。
「う゛」
「ふん。貴様もそう思っているらしいな」
 語るに落ちた。
 燐は自分が墓穴をほったことに気が付いた。
 ど、どうすればフォローできる!?
 変に正直者、燐のぐるぐると混乱の渦。
 それをかき消すかのように。

 はぁ。

 人一倍大きな溜め息が聞こえた。
 イジケモードから現世に戻った魁だった。
 いつもの黒眼鏡を光らせて、見た目のイメージを打ち消すような心地良いアルトの旋律。
「燐、早く次の授業の場所に行こう。次は速水先生だから遅れると怖いよ?」
 速水は今回初めて授業がある、剣術を担当している教諭である。
 生徒に決して甘くしない主義なのか特に時間に煩いらしい。
 遅れようならば一時間中走らされる。
「ごめんね?遅れてポイント下がったら、僕特進に居られなくなるから」
 早く、行こう。
「あーあ、これだから落ちこぼれの見苦しさといったら……」
「…それ以上、口を開くな」
 寿人の喉元に愛剣フェンリルを付き突ける。
 まさに目にも止まらぬ速さ。剣術は燐が一番得意とするものだ。
 ずずい、と寿人に睨みをきかせ、
「首を飛ばすわよ」
 寿人はにやりと笑った。しかし、何かを言う前に、
「燐」
 魁が燐の剣を持つ手を止めた。
「僕のことはいいから、いこ?」
 淡く笑う、少し悲しい気に。
 そんな魁をどこか惹かれる。
 静流を助けてくれたから、ではなかった。
 どこか他人と一線を引いたその態度が気にかかる。
 でもそれは他人を拒絶していると言うよりは、大人が子供と接しているような、そんな感じなのだ。
 どうして、魁は許せれるのだろう。
 人の悪意ある言葉をそんな笑顔でやり過ごせるのだろう。
 燐は思う。自分にはまねできない。
 魁はいつも受け止め、それを軽く流してしまう。
 自分だったら、怒り狂ってしまうのに、魁は最善を考え、行動し、必ず目標に達する。その努力をこの前の特進編入試験で見てきた。
 これは、燐が思っているだけだが、この学年で一番大人なのは彼なのではないだろうか。
 燐は魁が押さえた力に従ってフェンリルを降ろした。
「……魁に免じて許してあげるわ。」
こ・と・ぶ・き・ちゃん。
 自分でもなかなか性格が悪いと思うが、「敵は徹底的に潰す」これは家訓である。
「りーんー」
「燐さん。行きましょう」
 魁と静流は動かない寿人の背中を軽く叩き、燐の手を取った。
「ちょ、ちょっとなに?」
 企みを完了したような二人の笑み。
 廊下の角を曲がろうとしたとき丁度寿人の叫び声が響いた。

「くそっ、あいつら、なんか引っ付けやがッた!」

 それで燐は理解する。
 二人の肩に両手を回し、高らかに
「あんた達って最高!」




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