章・語らぬは己がの強さか弱さか

03.嵐の到来


 

 目に見える物は全て偽りだと誰かが言った世界、フロンティア。
 だがそこを構成する、まさに星の数にも劣らない情報の奔流ー

 はゲートをくぐった。
 味覚聴覚触覚嗅覚視覚、全て電子によって『あるもの』として扱われている。
「今日の課題は、……エネルギー生産の歴史か。」
 魁はすっと息を吸って、
「検索、エネルギー生産、歴史」

 すると次々に小さくまとめられたウインドウが集まってくる。
 魁はもっていた、集約システムの中に登録。
 そのウインドウの数、およそ二万。
「ありえねぇ」
 適当に二、三見繕って後は消去。

 するとシステムから出ていくウインドウのいくつかを掴む者が現れた。
 魁の眉が跳ね上がる。
「ってめー、ジョーカー!なにしにきやがった」
 ジョーカーと呼ばれた男はかなりおかしな格好をしていた。
 服は真黒。
 しかしそれは全て黒のベルトに覆われているからであり、下地が見えないからである。
 狐顔にかかる程度まで切られた髪はピンピンに跳ね、先の方は右から、赤から始まった虹色…
「ジン、あかんやん。アクセス数が多いからて、ええ情報とはかぎらんのやで?信憑性も考慮したらなぁ」
 万もあったウインドウの中から本当によい情報だけをとったシステムを魁に投げ渡した。
 魁はジョーカーに詰め寄った。
「言いたい事はそれだけか」
 かなり、怒っている。
 ジョーカーはへらへら首を左右に振った。
「ジンってホンマ、検索へったやなー。ここに入って良かったんちゃう?」
 ぶちきれた。
「っざけんなー! 一体誰のせいでこんな面白くもないクラスになったと思ってんだよ!」
「ジンがー、試験でアホみたいにこけたからやーんハート」
 自分でハート言うな!
「おもいっきりジョーカーのせいだろ!」
 あははは
「笑うな!」
 ジョーカーは適当に集めたウインドウをお手玉にして笑いこけた。
「だってここにくんの楽なるし」
「あんたほどの実力があったら、ここの学生の特別パスがなくてもいいだろうが。」
 ジョーカーのまわりにあったウインドウが一斉にハトになってとんでいった。ウインドウの形を変えたのだ。
 実際自分の目に見える形だけでなく、ウインドウの形を初期状態で設定している魁の目にまで映る、つまり現実の魁の頭にのっている機械をハッキングしているのだ。
 最高機密を有するこの学園の末端だが、コンピュータを。
 それだけでジョーカーが並外れたハッカー能力があることを示している。
 ジョーカーは清々しく笑っていった。後ろにキラキラが現れる。
「めんどい」
 うわぁ、ぶちのめしたいなぁ。
 ……そうだった。こういう奴なのだ、ジョーカーは。
 ルトベキアのリサーチャーには見習いでも、ある程度のレベルまで閲覧自由、検索自由許可パスが与えられる。このパスがあると一般では見られないサイトに入れたりデータを見たりできる。もちろんハッキングしなくていい。この男はわざわざパスが欲しかったという理由で魁の両足につけられたマギナを用いて高速で走れる機械に侵入、そして操作し、いきなり低速モードに変えた。
 つまり魁は足だけ急に遅くなり、体がその変化に付いていけずに……派手にこけたのだ。
 ついでに言うと魁はまったく知らなかった。

「すまん、すまん」
 反省していないことは、ジョーカーの頭の虹が点滅していることからわかる。
 この上ない脱力感に襲われ、魁は頭を押さえた。
「でも、まー。ジンにとっても悪い話ちゃうから」
 本腰入れて調べなあかんことがあんねん。
「なんだ?」
 普段は閉じられている様に見える細い目が薄く開く。
「ちぃっとな、レギナについて調べたいねん」
 あればっかりは最高機密やからどうしても余分な労力は避けたいんや。
 魁はそれを聞き、黙り込んだ。
「ジンも知りたいやろ、レギナの事」
 まるで人の様にレギナの事を言った。
 魁はただうなづいた。
 よっしゃ、ちょいまちぃ。
 ジョーカーは新たにでかいウインドウを二人の目の前に出した。
 なにやら、コンピュータ内部構造の様な緻密な地図。
「これが、レギナの第10セクターや」
 ハッカーやウイルス防止のため、レギナには恐ろしいまでの関門がある。
 その数は二十とも三十とも言われている。その第10セクター。
 並なハッカーでは近付くことすらできない。
「とりあえず、こっから次のセクターに移るパスワードが欲しいわ」
 んで、
 魁はジョーカーの態度に悪寒をかんじた。まわりくどすぎる。
「やっぱ、内部からの方がやりやすいから、そっちでやる」
「はぁ!?どうやって来る気だよ。ルトベキアの侵入防御システムは世界でも有数のものなんだぞ」
 侵入を手伝うのはリスクが高すぎる。
 するとジョーカーはにたぁと笑った。
「なにいっとん?簡単に入れるやん♪」
「また、秘密のアクセスポイントか?」
 ノンノンノーン♪
 こ憎たらしく人指し指を振る。
 うわ、斬りたい。
 燐と似たようなことを思った。
「来月の週末は、魁君のぉ、」
 授業参観やん♪
「保護者のわいはどうどうと、わが母校に入れるのだよ!」
 うわ、うざ。
 思わず声に出してしまった。
「ジーン、なんか苛ついてる?」
 冷たいわぁ。
 ジョーカーの頭の上の白く脱色された髪が揺れる。
「まだ、リンリンと仲直りしてないんかい」



 は!?




「なななな何でジョーカーがこのこと知ってんだよ!」
「だーかーら!わいにわからへんことなんてないねんてぇ」
 へらへらへらへらりるれろ
「……プライベート完全無視…」
「フフフ。嫌やったら一人前のリサーチャーになって防御するのだー」
 いや、意味わかんねぇし。
 肩を落とした魁に、ジョーカーは追い討ちをかけた。
「リンリンかわええのにいじめてかわいそー。男のくせに女の子イジメんなんてサイテー」
 どこの女子高生だ。
「……。髪を切られたんだぞ」
 ブスッとした顔。
「……」
 黙り込んだ魁にジョーカーは何も言わない。
 ジョーカーは魁が髪にどんな思いを込めているか知っている。

 何も言わない。

 何も、言わない。

 ふーっと偽りの息を吐き出した。
「……わいが今何をおもっとるかわかるか?」
「……」
「あいつやったら」

 誰かを強く乞い求める瞳。
 そしてもう諦めてしまった口もと。

「謝るんちゃう?」

 たとえ相手に非があっても。
 自ら頭を下げるだろう。
「ジン。決行までに嬢ちゃんとは元にもどっとけ」
 そんな状態でわいの背中は預けれへん。

 冷徹で合理的に、合成された声だった。