一体、何があったのだろう。
むせかえる様な埃と硝煙の香りのなか、燐は座り込んでいた。
突如として壁を引き千切って現れたこの凶悪なロボット達は瞬く間にラボを破壊した。
そのなかにはエレクトロ達が心を込めて作った子供達もあった。
とっさにフェンリルを握った燐。
しかし、鋼鉄の体に一体どれだけのことが出来るだろう?
結局、端に追い詰められた時。
エレクトロの一人が結界を作って、ことなきを得た。
マギナを察知はしているロボット達であったが、自分が行った行為のせいでマギナが混乱していて特定できないらしい。
「大丈夫?」
今もなお、結界を維持し続けている監督生、時森豊が燐に声をかけた。
「せっかくラボに来てくれたのに……災難だったね」
「そんな、先輩こそ、今まで作ってきたロボットが壊されて…」
豊が苦笑した。
「壊れたから、直す。エレクトロの心構えだよ。」
なぁ、みんな。
あったりまえ!
気にすんな、嬢ちゃん。
燐の後ろには10人ほど、エレクトロ生が一緒に避難していた。
怪我をした人もいたのでお互い治療している。
「エレクトロってヒーラーもかねるんですか?」
「あぁ、ほら機械とか扱ってると暴発とか危険なことが多いからね。」
いちいちヒーラーの所に行くのも大変だから、基本的な回復陣は習得するんだ。
「後、ほら見せただろ?千里先生の所で、修復陣」
あれは便利だから。
「すごいですね。」
「まぁ、色々あるから。…それに凄いのは君もでしょ。おかげでたすかった。」
燐は首を横に振った。
「私は何も……」
助けようとして、できなかった。
無力な自分。
トップだからって、なんの力にもなってない。
唇を噛み締めた。
一年だから、とかそういう風に思いたくなかった。
もっと、強く、なりたい。
再び結界の維持に集中した豊は軽く、励ますようにいった。
「まぁ、焦らずいけばいいよ。君には才能があるし。今のうちからせかせかしてもしょうがない。」
しないといけないのは、他人がすることではなくて、
「自分ができることから始めな?」
……自分が、できること。
それはなんだろう。
とりあえず、剣。
フェンリルを強く握る。
私の相棒。
大丈夫そうに見えるが時森先輩も限界に近いはずだ。
ここのメンバーで戦えるのは自分しか居ない。
守ろう。
強く思った。
全員ではなくとも、ったった一人でも。
この身を削ってでも、地を這ってでも。
守ろう。
それが私にできること。
それが私がしなくてはいけないこと。
そして今はただ、待とう。
回復を、待とう。
燐は目を閉じ、神経を研ぎらせた。
それは緊張ではなく、さえわたるために。
ピンと張った燐を横目で見た豊は、
この子は成長するな。っと思った。
どれだけの時間が経っただろう。
豊が腕時計を見ると、10分も経っていないことに驚いた。
そろそろ、限界だな。
正確に自分の力量を測る。
「みんな!そろそろ、限界だ。」
皆が、ざわめいた。
覚悟を決めるときが来た。
ロボット、ガルムのマギナ攻撃のおかげでできたマギナの混乱も、大分収まってしまった。
豊の力が尽きなくとも、ここの居場所が分かってしまうのは必至。
「結界が切れたら、一斉に逃げるんだ。」
「ちょっと待ってくれ!」
怪我を治療していたエレクトロの一人が声を上げた。
「まだ、治ってない奴が居る!逃げるのは無理だ!」
「意地でも動かせ!じゃないと全滅だぞ!」
全滅。
その言葉の重さに、皆蒼白になる。
「………くっそ!一体何なんだよ!」
男子生徒達は怪我人を担ぎ、女子生徒達は手を取り合う。
運命を切り開く決意で。
燐はただ、目を閉じていた。じっとりと汗ばむ。
豊の悲痛な声。
「もう、保たないっ」
結界が切れ、一斉にガルム達が一つしかない目を向けた。
「走れ!」
号令とともに一斉に走り出す生徒達。
燐は怪我人のいる方でもなく、女生徒達の方でもなく、ただ一点を目指した。
あわてて豊がさけぶ。
「新堂さん!?」
「マギナを使わないで!」
相手はマギナの使用によってより正確な位置を把握する。
だから
私が
私だけが
使う。
一人でも多くの人を守るために。
『開・光り輝くは一降りの刃』
フェンリルに光が宿った。
フェンリルの刃に陣が描かれる。
「はぁ!」
フェンリルの刃から雷風が巻き起こった。
フェンリルはあらかじめ入力しておいた燐の声紋を使い、自動的にその技が発揮される仕組みになっている。
燐以外の人間がこの剣を使ってもそれはただの剣でしかないのだ。
雷に撃たれたガルム達は一斉に燐にめがけて鉄槌を振り下ろす。
燐は辛うじてそれを避ける。
『開・重きは大地の怒り』
片手で雷風を纏った刃を振りつつ、空いた手で同時にマギナを放つ。
突如としてかかる重力が2倍になったガルムは動きを止め、燐はすかさず強力な突風を作り、押し倒す。
足がベルトであるガルムは一度倒れると起きあがるのに時間がかかる。
破壊ではなく、倒す。
それが燐の精一杯『今できること』だった。
まずは一つ。
果敢に自分の数倍もある破壊者に立ち向かい、
同時に操るその姿はまさに戦姫巫女にふさわしいものだった。