章・語らぬは己がの強さか弱さか

01.譲れないもの


 


 ぐぅ。
 喉から押し潰された音が洩れる。
 千里の顔に雨以外の液体、汗が吹き出る。

 千里は手を前に突きだし竜巻を制御し続けている。
 普段でも難しいこの制御は激しい雨によってさらに難しくなっている。
 超速の竜巻の制御が少しでも緩めば、その刃と化した風が辺りを切り裂く。
 そして、今回は水に対する制御も加わり―さらにいうなれば千里の後ろには大切な生徒達がいる。

 細かく切られた鋼鉄の残骸を竜巻の内側に納める。外に飛び出したら…考えたくもない。

 ガルムは片腕を無くし、風に煽られバランスを崩す。
 頭部の端が竜巻によって削り取られていく。
 レンズの瞳はもう光を失っていた。

 千里は徐々に竜巻の規模を小さくしていく。
 何とか間に合ったな。
 息をふっと、漏らしたとき、それは現れた。
 雨が視界を悪くしていた。
 何か、地響きが聞こえた。
 竜巻のその向こうに、もう一機が不気味にその姿を現した。

 そのガルムのレンズの瞳が一層赤く光った。
 砲口が火を挙げようとしていた。
 千里はガルムの内部が急速にマギナを溜め込む流れを感じた。
「剣崎!相川と逃げろ!」
 来るぞ!

 しかし千里は逃げれない。 ここで制御を失えば、この周辺全てが切り裂かれ―破壊し尽されるだろう。
 一体だけじゃないのかっ!どうなっているんだ、ここの危機管理は!
 千里は竜巻の規模は小さくなったまま、前方へ―現れたガルムに向かわせる。
 竜巻の細かい風は千里の制御から離れ、大地を、木を、千里を切り裂いていく。
 足や手が瞬く間に血に染まる。
 彼女は悲鳴をかげることなく、歯を食いしばった。
 砲口の奥に光がともる。
 その時、頭によぎったことを千里は知らない。

 雨を震わす音

 砲撃は千里の竜巻を破り、壊れたガルムすらも打ち破った。
 最初の角度とはずれたもののそれはしっかりと千里を狙い――


 雨が―水がうねる。

 光が千里を−―

『開・磐石なる盾』

 千里に当たるまでにあと一秒―光の盾がその凶砲を遮った。
 声の主は寿人。
「先生を!」
『開・爽風の癒し』
 寿人の呼び掛けに静流が答えた。
 爽、しかし優しさを持った光風が千里を包み、傷付いた腕を足を腹を癒す。癒す、といっても薄皮がくっついただけだが、これで血は止まる。怪我の痕跡は服に付いた血の色のみ。
 自慢し、誇りたいこの感情を止めるのは一苦労。
 しかし、千里は怒声をあげる。
「何してる!早くここから…」
 盾を維持し続ける寿人の顔色が悪くなってゆく。
 マギナ発動を維持は発動者に大きな負担をかける。
 相川だけでも―
 しかし千里の横を静流は駆けぬけ、自らもシールドを張った。
 
 千里は舌打ちし消耗しつくした気力を奮い起たせる。
 血が雨のせいで止まりにくかった。その分、無駄に大地に赤い液が濁っている。
 まったく、実践からとおのいただけでこの様か!
 速水が提案に従って、稽古に付き合って貰ったらよかった。
 光歪み音奮う
 寿人が張った防御壁にひびわれていく。
 静流の張った防御壁がその熱量の余波ですでに大きく震える。
 絶体絶命の中、一人千里の瞳は獰猛な光を放っていた。

 辛うじて繋がっていた薄皮が裂ける。

 血の乏しい頭を動かし、
 悲鳴を挙げた腕を挙げ、
 しかし生きる意志を希望を彼女は持っていた。


 たとえ、実践がどれだけ遠のいても、
 これだけは分かる。



『開・遅すぎなんだよ、この馬鹿野郎!』




 無茶苦茶な『力ある言葉』が放たれた。

 それは、内側から防御壁を突き破り、砲撃の光とぶつかりあって、

 後には静かな風が吹く。
 千里はもう一度叫んだ。

「二人とも、伏せぇ!」
 号令のように言い放たれた命令系とは別に力尽きた二人は身を崩す。

 ォオン――
 ガルムから光が突き出た。
 その光は一直線に空へ伸び、ガルムを横にないだ。

 それはまるで豆腐でも切るように容易くガルムを切り裂き、
 一瞬、光が強まったかと目を瞬く間に―ガルムは六つに断たれた。

 ガルムはあたかも自らが切られたことが分からなかったのか―瞳の赤い光を瞬いてから、崩れ落ちる。

 呆然とそれを見ていたのは、子供達だった。
 圧倒的なその力に恐怖すら感じる。
 静流と寿人は雨と土でドロドロになったお互いの姿を見合わせた。

「 遅い!なんだ貴様は、もっと早く来い!」
 千里は力の入らない力の入らない足に、怒りを込めて立ち上がる。
 雨によって比較的早く土煙は収まり、向こう側に立つ者の姿が見える。
「遅いと言ってもだな。あれくらい倒せただろ、昔のお前なら」
 皮肉も織り混ぜて進んできたのは、剣神、速水だった。
「しかも、こんな日に竜巻を発生させるな」
 見ろ、この惨状。
 竜巻が破壊された余波で辺りは円を描くように深く地面が切り裂かれていた。
 美しかった生け垣も、木々も、花も、皆同じように細切れになり混ざっている。
 見回した速水は千里の前に静流と寿人がいるのに眉をひそめた。
「……厳戒令がでたのになんでここに一般生徒がいる?」
 逢い引きか。
 静流と寿人は今度こそ地面に突っ伏した。