章・語らぬは己がの強さか弱さか

05.終末の月夜


 

「燐、ごめんってば。もう許して、許してください。」
「もう、知らない!」
 燐は魁が笑ってしまったことですっかりへそを曲げてしまった。
「馬鹿馬鹿馬鹿。」
 うん。
「笑うなんてひどいじゃない!」
 うん。
「それに、先に謝っちゃうし!」
 それは別に関係ないんじゃ。
「おだまり。」
 はい。
「私が先に謝ろうと決めてたのに!」
 じゃ、許してくれる?
 燐は意地悪な表情で
「…笑ったから嫌。」
 えー!?
「うるさいうるさいうるさいー。聞こえませーん」
 これじゃ、幼稚園児だよ。
「誰がよ。」
 …しっかり聞いてるじゃん…
「おだまり」
 ……はい。
 ここまでむくれられるとは思わなかった。
 魁は心の中で嘆息した。

「燐」
 うるさい。
「あのさ。今日って月でてた?」
 ……満月だけど?
 いきなり話題が変わったことに、戸惑う燐。
 魁は何か面白いことを思い付いたのか、声が弾んでいた。
「カーテン、開けてくれる?」
 僕、まだ背中が痛いから窓まで行けないから。
 月でも見たいの?
 背中の傷に負い目のある燐は素直に従ってくれた。
 カーテンが開く音が響く。
「ちょっと違う。」
 燐はわざわざカーテンをきちんと留めた。
 そして、こちらを振り返る。
「この方が燐は見やすいから。」


 魁はある物を握り締めた。
 黒く輝く眼鏡を。



 目の前にいるのは誰?
 満月の青白い光に照らされ、微笑みをうかべているのは?
 ぼさぼさの髪の奥に見える、目尻がすっと流れている目。
 その瞳は灰と白がまじりあい、時に灰青に光る不思議な色合い。
 ぼさぼさの黒髪がまるでその瞳を守っているかのように揺れる。
 着替させられた白い看護服が淡く光に照らされている。
 その、不思議に神秘的な光景に、燐は目を奪われ、息を飲んだ。
 女の子でも男の子でもないような、そんな月の精。
 
「ぁ、あのそこまで見つめられると居心地わるいんだけど。」
 その人は魁と同じ声だった。
 目の前の人間が魁だと、認識した。
 「か、魁なの?」
 ――yes。
 魁が思ったとうり、燐はすねていたことをすっかり忘れてしまった。
「…魁の顔、初めて見た……」
 魁は苦笑いをした。
「黒眼鏡がもう顔になってるからね」
 不思議な色合いの瞳が揺れた。
「日があると、眼鏡外せないし」
「……今は大丈夫、なの?」
 燐の言葉に曖昧に答えた。
「まぁ、ちょっと眩しいぐらい。」
 びくっと燐の肩が震え、すぐさまカーテンを閉めようとした。
「燐、待って。まだ閉めないで」
「駄目。魁の目が潰れちゃうじゃない」
 心配と怒りを含んだ眼差し。
 いいにくそうに、しかしはっきりと告げた。
「目が黒じゃないのも、光に弱いせいでしょ」
 薄暗い光ですら、魁は眩しそうに目を時折細めていたのを燐は見逃していなかった。
「燐。聞いて欲しいことがあるんだ。」
 このままで。
 燐はカーテンに手をかけたまま振り返った。
「…何?」
 こっちに来て。
 しぶしぶ魁の言葉に従って、ぽふんと魁のベットに腰をかけた。
「早く言ってね。目に悪そうだから。」
 だいたい魁は自分に無頓着なのよね。
 魁はそれには苦笑いで答え、決死の覚悟で口を開いた。
「燐、僕には髪を切らない理由が、あるんだ」
 己の持ち札を晒すために。

 そう切り出した魁はとても言いにくそうに身をこわばらせていた。
 魁が髪を切らない理由。それは一体、なんなのだろう。
 ……どうも、訳ありっぽいな。
 もしかして魁のいつもの寂しそうな微笑みに関係があるのだろうか。
 燐は固唾をのんだ。

「あ、のね。僕はこれでも結構、苦労を経験してきたんだよね。」

 魁は語り出した。

 精一杯の誠実を持って。