章・語らぬは己がの強さか弱さか

05.月夜の約束


 

あのね、僕は四人家族だったんだ。

両親は再婚どうしで、僕には血の繋がらない妹がいた。
本当の兄妹じゃなかったけど、再婚のとき、両方とも物心ついてなかったから、全然気にならなかった。

僕が10才の時だった。久々に家族で旅行に行くことになったんだ。
お父さんは新しい車を楽しそうに、運転してた。

それは雨の日だった。

山を下っていく

そして、気が付いた。

「その車はリコール車だった。」

ブレーキが、効かない。

「車は僕等を乗せて、崖に転落した。」


いまでも鮮明に思い出す。
そう、僕は確かに妹の手を握っていたのに。

魁は思わず目を閉じた。
しかしすぐに見開かれる。

「生き残ったのは、僕だけだった。」

そう独白した魁に表情はなかった。
燐にはそれが、返って

泣いているように見えた。

「僕は一人になった。親戚とかいなくて、マギナのお陰で回復に向かっていたけどまだ不景気で」
 誰も、養ってくれるような所はなくて。
「気が付いたら、スラムで暮らしていた」
 スラム。
 孤児や浮浪者の溜り場。ガーディアンも手をだしにくい無法地帯である。
「でも、弱かった僕はほとんどヤラレ役で」
 死ぬしかないと思った。
「でもね」
 声に色がついた。
「迎えに来てくれた人がいた。」
 兄さん。お母さんの最初の子供。
 泣いているように笑う。
「兄さんはずっと僕の事を探していてくれたんだ。」

 やっと、みつけた!

 今でもそれはあまりにも眩しすぎる想い出。

「僕は、兄さんと暮らし始めた。」

 立ち直ってから、本当に楽しかった。

「マギナも、兄さんが教えてくれたんだ。才能あるって誉めてくれて。」
 最初は嫌だった。
 僕が一人生き残ったのはその力のせいだったから。
 でも

“でもその力で人を救えるよ?”

 嬉しくて、嬉しくて、
 無我夢中にマギナを覚えた。

「でも、僕には死神がついているみたいだ。」

 血を吐き出す様な、声。
 魁は膝を抱え込んだ。
 握り締めている手が力を込めすぎて、白くなっている。
「……魁、もう、いいよ。」
 自虐的に話す貴方は辛すぎた。
 続きを聞きたくなかった。

 魁は、続けた。


 雨は嫌いだ。
 僕の大切なものばかり流していく。

「あれも雨の日だった。」

 兄さんが、死んだ。

「僕の目の前で。」

 その時にね。
 大規模のマギナの錬成に巻き込まれて、まともにみてしまった僕の目はつぶれてしまった。

「色がちょっとわからないんだ」
 さすがに原色や派手な色はわかるんだけど、淡かったり、薄かったりするとわからない。


「まぁ、正直その頃の事を良く覚えてないんだけどね。」

 あまりにも、信じたくなくて、全てを否定していた。
 兄さんがいないのに世界が進んでいくのをみたくなかった。

 否定して、食事も食べなくて。

 いつの間にか、燐は魁を抱きしめていた。
 ここに、魁が生きていることを感じたかった。
「俺は、兄さんの親友の所に引き取られていた。」

 ジョーカー。
 あのちゃらけた男は俺を笑わせようと必死になってたな…
 自分だって辛すぎたはずなのに。

「何もする気がなくて、砂に埋もれていくみたいだった。」

 ぎゅっと燐の服を強く握った。

「……兄さんが死んでから半年が丁度過ぎたとき」

 兄さんから、一通のメールが届いた。

「そこにね。兄さんが俺にやって欲しいことがあるって書いてあったんだ。」

 いつの間にか、俺になっていた。


「兄さんは、俺のための願いならいくらでもいっていたけど。」

 怪我しないで、とか
 死なないで、とか
 相談は一番最初に自分にするように、とか

「でも、本当に兄さんが、兄さん自身が、望んだ頼み事って初めてだった」

 ジン、ここをクリックしたら、お前の人生が大きく変わる。
 辛い事になる。でも、一つだけ。
 最初で最後のお願いだ。



 ジン。
 俺の英雄になってくれ。



「……中身は俺と兄さんの内緒。」
燐は頷いた。
「この髪は願かけでそのころから伸ばしていたんだ。」
 兄さんの望みを叶えるのが、俺の望み。


「叶えるまで、切らない。」

 そう言った魁の顔は恐ろしいほど真剣な顔だった。

「…って言うのがり、理由なんだけど…」
 うわぁぁ。なんか腹くくっていったけど、不幸自慢みたいで嫌だなぁ。
 あわあわと魁が頭をかいた。
 燐は何も言わなかった。
「……燐?」
 燐は何も言えなかった。
 じっと俯いていた。
「どうしたの?」
 魁は抱きしめてくれている少女の顔を覗き込んだ。

 少女は
 ただ
 涙をこぼしていた。

 顔に紅葉を散らし
 溢れる涙は月光で銀に輝き
 潤んだ瞳はただ純粋に悲しさを表した。

 魁は、こんな風に泣く者を知らなかった。
 やっと出せた声は上擦った。
「…っなん、で、燐が泣くのさ?」
「…魁が泣かないから。」
 なにそれ
「魁が泣かない分、私に涙がまわってくるの。」
 魁のせいなんだから。

ドウシテアナタハ

ワラッテイラレルノ?