章・語らぬは己がの強さか弱さか

05.月夜の約束


 

…知らなかった。
…辛かった。
…嫌だなって。

…同情してしまった。

でもそんな感情を否定するように
拒絶するように
貴方は笑うものだから


「魁」
燐はすくっと立ち上がり
机の引き出しを探った。
「燐?勝手に持ち物探っちゃ」
だめだよ。

月明かりだけでは薄暗すぎて
見つからないかと思ったが、見つかった。
先が銀色に光るものを握りしめ、魁に差し出した。

「…ハサミ?」
「切って。」

「いや、だから僕は切らないって」
話聞いてました?
燐は首を横に振った。
「魁のじゃなくて、」

私のを。

「切るの。」
拒否権なしよ。


いやいやいやいやいや何言ってるよ。

「え?」
さっぱり燐の意図が分からない魁は混乱を極めた。
そんな魁に燐は畳みかけた。
「私の髪は、魁みたいに誓いを立てたものじゃないけどそれほど執着してるものでもないけれど」
すっと伸ばしてきただけの愛着は在るから。

「…これで、おあいこ」

…こ、この少女は。
へにゃっと顔を崩した魁はハサミをもてあまして
開いたり閉じたりした。
「や、髪は女の命でしょう。」
燐は眉をひそめた。
「じゃ、なおさら良いじゃない。」
「いやいやいや。別に燐の髪を切ったからって僕のが還ってくるわけでもないし」
「でも」
「それに」
魁は猫毛で柔らかな燐の髪に触れた。
「…きるなんて、」
こんなに綺麗な黒髪なのに
「もったいないよ?」
「ダメ。切りなさい」
うわ、命令形だよ。
燐はハサミを魁の手の上から握って自分の髪に近づけた。
なんていうかもぅ、無理矢理切らすつもりだ。

「あわわわわ!」
待って待って!
魁は燐の手から逃げた。
「なんで逃げるのよ。」
かなりご立腹の様子。
こうなったら、
はぁ
恒例となった魁のため息が出た。
「分かった。切るよ」
それで良い?
「ん。」
燐に後ろを向いてもらい、
ゆっくりとハサミを燐の髪に通した。
「ばっさりいっちゃって」

ちょきん

「はい、切ったよ。」
これでもういいでしょ?

見せられた髪はたった一本。

…一房でもなければ一束でもない。
正真正銘。
一本。

「…馬鹿にしてる?」
笑顔が壮絶です。
魁は誰ともなく、語り口調に思った。
「ほ、ほら。切ったことには代わりがないし!」
にっこりと笑っている燐の上半身がじりじりと近づいてくる。
手がにぎにぎされて、首絞め万全。
背中がまだシクシク痛む魁は逃げれない。
慌てて黒眼鏡を付ける。
いざとなったら傷が開いてでも逃げられる。
手が、首に迫る。
「まって待って燐!」
「…馬鹿。」

手は首を過ぎ
後ろで組まれた。

「ぐぁ」
魁は紅く染まった悲鳴を漏らした。

抱きしめられていた。

もちろんさっきまで抱きしめられていたのだが
あの時はどっぷりと過去に浸っていて、事実辛くて
羞恥心など出てこなかったのだが…

いまはなんというか、ほら、あれだ。
燐の柔らかで温かな体が感じられるのは!!!!

心と顔を赤く染めたり青くしたりと忙しい顔の上にある頭は。
燐。抱きしめ癖ある?
冷静に分析してたりした。
「…魁の気持ちは有り難いけど。」
やっぱり一本ていうのは
「釈然としないわ。」
「…そういわれても。もったいないでしょう。」
こんなに綺麗なのに。

「…じゃぁ、燐。」
何か思い立ったのか、魁は燐に明るい声を掛けた。
「燐も髪、伸ばしてよ。」
「は?」
おもいっきり変な顔をしてしまった。
「もう、長いんだけど。」
燐の髪は横でくくっていても肩に届く長さを誇っている。
これ以上伸ばしてなんになるんだ。
「僕が髪を切るときまで。一緒に願掛けして?」
首をかしげるその姿から自身の重い過去など見えなかった。
「二人でしたら、きっと。」
叶うし、早くなる。
「ね!」

燐はひさびさにみた魁の満面の笑顔に、ただうなずくしかなかった。



月はそんな二人を見守るように揺らめいて。
光の波紋を広げた。