問いかけの先は全て無の空に

01.いきなりピンチです。みなさん。


 ルトベキア学園の、いや桜花寮の朝はおはようございますで始まる。千里の方針だ。7時には皆が食堂に集まり、千里から諸連絡の後、朝ご飯が始まる。今日の皆の顔にはいつも以上に喜びの色がある。そわそわして仲間内で談笑していた。
 そんな子供達をほほえましく思いながら千里は前に出て、マギナ発動した。食堂の隅々にまで声を行き届かせる。隣にあるマイクは決して使わない。かなりマギナの無駄使いだ。
 今日の連絡と言えば、これしかない。原因となった一ヶ月前の惨事と自分の失態を思い出し、若干嫌な気が流れるが顔には出ていなかった。
「本日は延期されていた授業参観がある。親が見に来てるからっといって張り切りすぎて怪我をするなよ」
 あと
「親が部屋に泊まる者は後で簡易ベットを借りに来い。いいな」
 では
千里の最後の決め言葉。

「今日も一日生きてこい」

「「いただきます!」」
 子供達は我先に食事――バイキング形式だ――に手足を出した。

 席は自由なので今日も魁はいつものメンバーで食事をし始めた。目の前に燐。その隣に静流だ。へんに隣に座るよりもこの方が喋りやすい。
「今日は授業参観かぁ」
 燐が行儀悪くお箸で御飯をつついた。あまり嬉しく思っていないのか、ふてくされた顔だ。
「燐さんのところはだれがくるの?」
「さぁ?世話係じゃないかな?」
 燐も静流もいわゆる良いとこのお嬢さんだ。
 燐は大財閥の二女。異母兄が二人、異母姉が一人いる。
 静流は大物政治家の長女だ。一人っ子だということだ。
 もっともこのルトベキア学園は国立と称しているといえどお金持ち学校だ。マギナを扱う、‘杖’や自分専用の剣を購入するには膨大な費用がかかる。支給させる物ですらその一部は自己負担である。よって魁の様に普通の庶民の方がかなり少ない。国営だけでなく民間にも助力を頼んでいる、半官半民の学校だからだろう。
「魁は?…あのやっぱりお兄さんのお友達?」
「…あぁ…どうだろう。いろんな意味で忙しい人だから。」
来られるか分かんないや。
「そっか」
 わたしと同じだね。
 燐と顔を見合わせて笑うが魁の内心は全く落ち着いていなかった。むしろ悲鳴に近い嘆きに似た憤りだ。

 っつーか。来て欲しくないんですけど!
 絶対に来るって分かっているけど!

 そんな泣きそうな魁の心の内は誰にも分からない。
「そういえば、この頃」
 おっとりと静流が微笑んだ。皆の箸は続いている。
「燐さん、朝いませんよね?」
 朝練でもしてるんですか?
 燐は顔を上げた。大きな目は驚きを隠していない。
「え?なんで知ってるの?」
 誰にも言ってないのに。
「燐さんの行動は把握してますから」
 なにからなにまで。
「さすがに揺り籠から棺桶までとはいきませんが」
 残念ですわ〜。
 二人の顔が引きつった。
「静流、それってなんか洒落にならない感が」
 漂ってます!
 そうですか〜?と微笑む静流にきっと誰も勝てはしないだろう。
「もっと強くなりたいから。千里先生に頼んで許可貰ったの」
 もちろん時間が限られてはいるんだけどね。
 千里はああ見えて生徒のやる気には答えてくれるいい先生だ。よってやる気のない魁とはあまり接点がない。別のばれたくないところでがっちりばっちりあるので別にいいだろう。
 自分がやる気がないからといってやる気のある人間に感心しないということはない。むしろだからこそ感心する。
「燐は努力家だね」
 燐は誉れあるように拳を握った。目は自然と天―天井を向いて輝いている。
「だって、ほら。私、」

 リトル・エースが目標だし。

 魁は盛大にむせた。
 その反動でコップが倒れ、少し残っていた牛乳がこぼれる。
「っぐは!」
「魁!?大丈夫!?」
「ハンカチをどうぞ。」
 あ・ありがとう・・・
 弱々しく答え、机を拭く。
 あーやばい。一瞬地がでそうになった・・・!!
「…り、燐?リトル・エースって…あの?」
 燐はこくんと頷いた。
 魁はごくっと喉を鳴らした。
「そうよ。あのガルムをひょいひょいって倒したあの人よ!」
 その目は憧れに輝いて、
 その声は明るく弾んでいた。
「魁だって見たでしょ?あの絶対無敵な強さ!」
 憧れる!
 静流は燐に賛同を示した。魁は汗が激しく流れた。いやいやいや。
「そうですね。私もビデオ映像を見させていただきましたが、彼はすごい人ですよね。」
 魁は脳内で思いっきり頭を抱えた。

 ジョーカー…ナイスフォローだ。
 地獄に落ちろ!


 そう、不覚にも映ってしまった監視カメラ。
 あれをごまかすためにジョーカーがしてくれたことには感謝する。
 するが、わざわざ本性…ジンの姿を写すことはないだろと言いたくなるのは悪いことか?
 しかもわざわざネット…フロンティアに垂れ流しにする意味って何?

わけわかんねーよ、馬鹿野郎・・・・・・!

 あの映像は学園を震撼させた。
 手袋に浮かぶ紋章は皆が心酔したもの。
 あの、『英雄』の後継者。
 あの、『ガルム』を一人で何台も倒した。
 話題性が充分ありすぎで表面張力も効かずにあふれ出た。

 まぁ、それはとりあえず良い事にしておく。
 ……ジョーカーが来たら絞めるが。
 最悪なのは、何気に僕の、魁の姿が画面の端の方に映っていたことだ。
 消しとけよ馬鹿野郎。
 そのせいでこの一ヶ月間。リトル・エースについて質問の雨に遭った。
 ただし、この雨には傘がさせない。
 耐えるしかなかったのだ。

 先生達からは尋問されるは、先輩達からは付け回されるは、クラスのやつらからは好奇な目で見られるは
 ……平穏じゃない。
 一体、僕が何をしたよ?

 燐を助けただけじゃないか・・・!

 しかもあれから一ヶ月が過ぎてやっと落ち着いてきたっていうのにジョーカー絶対俺を引っ張り出すしナーあははははは

 ……笑えない、なない、ない。
 頭にエコーが尾を引いた。
「……静流、魁が百面相してる」
「悩み多い年頃なんですわ」

 燐達の会話も頭上を越えてゆく。
 自分としては『その時』まで地味に生きたい。というより生きなくてはいけないと言ったのはどこのどいつだ。しかしそれすらも叶わない未来が続いていそうだ。
 …やはりジョーカーを絞めておこう。
 決意。
 魁がそんな邪悪な決意を固めた事なんて露とも知らずに三人は席を立ち、授業に向かった。