問いかけの先は全て無の空に

01.いきなりピンチです。みなさん。




 ルトベキア学園は確かにマギナの扱いが主だっての内容だが、もちろん普通の基礎教養課程の授業もある。
 今日は授業参観であるが、その実ただの授業参観ではない。
 金持ち……大企業の子供達。その親であらせらるるこの学園のスポンサー様達へのデモンストレーション。
 つまり、極端に言えばマギナ研究の発展を見せ、さらなる増資を求めるための、

 見せ小屋、だよな。

 魁は欠伸を噛み殺し、今回の授業予定、7時間中1時間しかない普通の授業、数学の授業を受けている。魁にとって、何とは為しに兄達から習っていた。年上の幼なじみの勉強に付き合ったともいえた。
 教室の後ろには既に親の列ができている。

 魁は敢えて後ろを振り向かないが、横目で廊下を見たところ母親ではなく父親ばかりが並んでいる。きっと後ろも同様だろう。
 マギナを扱え、学園に入った子供がいるだけで、会社での地位があがることもあるらしい。ここから見るだけでもその子供を誇りに思っていることが良くわかる。マギナではなく数学とはいえ、勉強ができる環境にあるというだけでもありがたいという実情を知っている魁にとっては若干違和感がある。しかし、

 魁は思う。
 自分の父が、つまり義父が今、魁を見てどう思うだろう。
 答えは返って来ない。当然だ。
 だがしかし思わずにはいられない。
 ……こうまで自分に親がいないという事を意識させられるとは思わなかった。


 未来は変えられるというけれど本当に変えたいのは過去の方だろう。
 不確かな未来よりも。
 決して変わることのない過去。
 不変であるからこそ願うのだ。
 変えたい。
 あったことだからこそ乞い求めるのだ。
 帰りたい。
 戻りたい。
 やり直したい。

 決して叶わないからこそ。

 人は強く。

 魁の思考を遮る形で授業終了のベルが鳴った。


 授業が終わり、子供達は親の元に駆け寄っていく。駆ける終着点のない魁は座ったままだ。
 通り過ぎる皆が皆、久々の再会に顔を輝かせていた。
 胸がもやもやした魁はため息をつき、ジョーカーを見つけようと、遅れて後ろを振り向くと、

 すべての問題を忘れさせる、異様な姿を見た。

 いや、まて。
 遊都育ちのツッコミ魂は無意識に言葉を紡ぐ。

 父親達、そして少数だが母親達の間に挟まれ、真ん中で微笑んでいる存在がいた。

 おいおいおいおいおい。

 その立ち姿は可憐に尽きた。
 20歳を過ぎたあたりだろう。
 栗色の長い髪
 ぷっくりとした桃色の唇
 アーモンド型、その奥に秘めた漆黒の瞳
 平均以上の身長にモデルを彷彿とさせる体型。

 その体を覆うのは、

 メイドフク、服。

 ……メイドさん

 ちょっとマニアック受けしそうな長いピンクの裾にも、
 ふっくらとさせたピンクの袖の先にも、
 ストレートヘアをまとめたピンクのヘアバンドにも、
 ありとあらゆる所に、
 白いフリフリのレース。
 しかも模様はハート。

 異様なその姿の女性は、

 確実に、

 魁を見て、

 艶やかに笑った。

 魁は、

 むしろ、

 いっそのこと、

 殺してくれと思った。


 桃色メイドは、腰を浮かせたまま石のように固まった魁に駆け寄った。
「魁おぼっちゃま〜〜!」
 そして勢いが付いたまま抱きつく。
「淳子ですぅぅぅ」
 お会いしとうございましたぁ!
 そしてメイドはその主を床に叩きつけるように押し倒した。




 メイドさん。
 燐は彼女を見たとき固まった。
 この貧困時代から抜け出した昨今に、メイドというお手伝いさんがいたのか!!
 というか、日本でメイド??
 珍しいというか特殊というか。なんというか。

 へ、変な人が世の中にはいるもんなのね。

 よほど世間とずれた家なのだろう。まじまじと見ていた自分に気づき、すばやく視線をそらした。すこし不自然な行動になってしまったが、他の人間も似たような動きをした。考えることはみな同じと言うことか。
 内心、ドッキドキの燐はやはり多忙な両親に代わってやって来た世話役に二三の言付けをされていたとき、

 メイドが動いた。

 誰が雇い主なのか
 燐、だけでなく周りの者の視線も移った。

 そして驚愕の一言が叫ばれる。

「魁おぼっちゃま〜〜!」
 そして勢いが付いたまま抱きつく。
「淳子ですぅぅぅ」
 お会いしとうございましたぁ!
 そのまま魁を押し倒した。

 全機能フリーズから目覚めること一秒、認識再開とともに燐は口を大きく開けた。
 か、魁!?
 一番想像だにしていなかった。
 てっきり剣崎寿人だと思っていた。いや、なんとなく。
 か、魁かぁ!
 クラスのメンバーは皆、目を丸くした。

 メイドの奇行は続く。
 魁をしっかり抱きしめて、
 ほおずり。
「淳子は心配しておりました!
 魁おぼッちゃまのことだから、
 きっときっと苛められていらっしゃるかなー、とか
 また何もないところで転けられているのかなーとか
 夜、ちゃんと一人で寝られていらっしゃるかなーとか
 雨の日にちゃんと起きられるかしらーとか!!
 洗濯の仕方分かってますか!?
 お米は洗剤ではなく水で磨ぐのですよ!
 あぁ、あぁ!淳子は心配で夜も寝られませんでした!」
 よよよよよと泣き崩れたメイド。
 魁はにっこりと笑った。
 メイドの手を握り、廊下の方に出て行く。
「淳子さん?話は向こうでしようね?」
 あと、僕の方が家事上手いってわかってるよね?
 それは底冷えするような声だった。
 それはかつて燐と静流が聴いたことある声だった。薄ら寒い空気が燐の心を冷やした。

 魁、マジ切れしてる……。