問いかけの先は全て無の空に

01.いきなりピンチです。みなさん。



 魁は淳子の手を引き誰もいないしこない所、立ち入り禁止の屋上に向かう階段に着いた。
 淳子は身をくねくねさせてのたまった。
「いや〜んおぼっちゃま。こんな所に来させて一体、淳子に何させる気ですかぁ〜」
 淳子、困ッちゃぁうv
 問答無用で、魁は淳子を蹴り飛ばした。

「い・い・か・げ・ん・に・し・ろ!!!」

 ジョーカー!!

 その名を呼ばれた淳子はその甘ったるい表情を消し、皮肉に笑う顔を現した。そうするだけで別人のようである。
「なーんや。もうちょっと分からへんかと思っとった」
 声は変わらないがうって変わったように紡ぎ出されるのは関西弁。
 魁は倒した淳子、ジョーカーの襟首を掴んで揺さぶる。
「へえ!こんなアホな事するのはお前しかいないって、俺の辞書の中に入ってるんだよ!」
「閲覧料払えや」
「迷惑料払え!」
 お前の思考回路どうなってんだ!
 ジョーカーはにこやかに笑った。
「直列」
「並列だと出力いるもんなぁ!」
 そうじゃないし!
 魁は頭を抱えた。
 ジョーカーは立ち上がって埃の付いたスカートをはらった。
「せっかく、かわええのにしたのになぁ。淳子」
 高かったし。
 その呟きを聴いて魁の体がはねた。
 おそるおそる尋ねた。
「……いくらした?」
 返ってきたのは満足そうな顔。
「わい、百万以上数えれへんねん」
「地獄への切符をプレゼントしてやる!」
 ただし、一枚だけな!金欠中!
「ひどーい。淳子を苛めないでぇv」
「その酷い標準語も止めろ!」
 鳥肌が立つ!
 ジョーカーは舌打ちをした。
「おもんないガキやな。もうちょっとこう」
 にこっと笑って、
 淳子さんv素敵だよv
「ぐらい言えや」
 視線の先の魁は腕時計を見ていた。
「あぁ、もう帰るよ、僕」
 授業始まっちゃう。
「う、わ!魁君モードにならんでも!」
「淳子さんのおかげで目立ちまくりだよ、僕」
 ふふふふふ。これをネタに苛められること間違いなしだよ、この野郎。
「可愛いガキを滝壺に落とすんやろ?」
「それ、いろいろ間違ってるから」
 魁は盛大なため息をついた。


 Dollという物がある。
 その名の通り人形なのだが、ただの人形ではない。
 ある意味で人間であり
 ある意味で人形であり
 その本質はPuppet play。

 marionette《マリオネット》

 操り人形なのだ。

 有機ロボットの開発は石油枯渇の世界には必須だった。

 電気を使わない。石油も使わない。
 できればガスも使わない。

 すなわち有機物をエネルギーにして活動する物
 有機ロボット
 はじめは無骨な形だった。
 しかし人々は思い始めた。

 コレを人型にすれば
 まさに人にできるのではないか。

 その一つ一つの部品を忠実に人に似せ、
 その一つ一つの働きを忠実に人に似せ、
 そして、人に忠実であれと、

 できあがったのは人その物だった。

 ただし、脳はない。
 その隙間を埋めたのは電子頭脳、電脳。

 ただし、魂はない。
 その隙間を埋めたのは完璧主義のプログラム。

 人に似、されど人に似ないその存在。
 DOLL
 人に忠実であれと謳われた美しき人形。

 しかし、
 所詮は人形でしかなかった。

 DOLLはマギナの開発と前後して急速に廃れた。
 人々は人形遊びを止め、新しき力で己の世界に帰って行った。
 いや、違う。そのような綺麗なことではない。
 人々は気づいたのだ。
 DOLLは己にとって換わる存在であると。
 このままどんどんDOLL開発が進み、低コストで作られるようになったならば、人は人形に雇用を奪われることを。
 人形によって世界を動かされる事体に代わりかねないことを。

 Dollは廃れていく一方で熱狂的なファンがいた。

 人に逆らわず
 人に尽くし
 人より美しい。
 従属、隷属。
 歪んだ心はそれを求めた。
 それによって一部マニアの中で未だにもてあそばれている。

「つーか男のクセに女形買うなよ」
「なにいってんねん。よもやこん中にワイがはいてるやなんて、思わへんやろ〜?」
 意表をついてALL、OKや!
「電波が通じないところ分かってるか?」
「大丈夫。ちゃんと避けてるさかい」
 ジョーカーはフロンティアからこの『淳子』をハッキングして思い通りに操っていた。電波が通らないところに行けばジョーカーは淳子を動かせない。
「その時は自働プログラムが働いて、とりあえずジンの命令に従うようなってるから。」
 そん時は頼みますわぁ。
 魁はうなずいた。拒否したら自身の破滅だ。
 魁が教室に足を向けたとき、ジョーカーは違う方向に体をむけた。
「ジョーカー?」
 背を向けたまま手を振った。
「淳子さんやろ?ちょぉと母校がどうなっとるかみてくるわぁ」
「……捕まるなよ」
「そんなヘマせえへん予定?」
 疑問符を付けるなよ。
「予定は未定であって決定やないねん」
そのままジョーカーは行ってしまった。
「気を、つけろよ」
 本当に気ままな男だ。


 淳子、いやジョーカーはかつて歩き慣れた廊下を歩いた。
 器具や配置は変わっているが本質的なところは当然だが変わってはいない。それが嬉しくもあり、苦々しくもあった。

 なつかしいなー。あの頃はホンマ、楽しかった。

 喧嘩がたえないゴールデンコンビだった、千里と速水。
 天使と呼ばれるほどの癒し手だったが悪魔なマドカ。
 世紀のトラブルメーカー、発明家の桜。
 恐ろしく計算高くも天然だった、史(ふびと)。
 ……そして、自分の隣にはあいつがいた。

 あの頃はこいつらがいたらなんでもできると確信していた。

 ジョーカーはある、ドアの前で立ち止まった。

「でも、あんたはその頃から、ずっと苦しんでてんな」

 吐き出された息には空虚な余韻を弾いた。
 機械の瞳、レンズの先、向こうにある過去。

 そのドアにはこう記されていた。
『生徒会室』
 ジョーカーが過ごしたことのある部屋。
 ジョーカーはしばらく立ち止まったままでいた。
 いまと違ってあの頃はホンマに手探りで進む道ばかりだった。
 まだまだ良くわからなかったマギナ。
 一体何ができて、どこまで使えるか。
 毎日が模索するだけだった。実験に捧げられたこの体。
 実際の体には手術痕が多く残っている。
 治安が悪い、ヘドロのつまったゴミ箱の世界から這上がろうと必死で。
 夢も希望もない面したガキどもを無理矢理引き立たせて。
 世界を綺麗にしようとか考えれへんで、ただ、『人間』らしく生きようと歯をくいしばって。

 ただ、がむしゃらで。
 ただ、天才に必死でついていって。

 ……いつの間にか、大人達が自分達の下にいた。
 崇め、もてはやされて。

 ……いい気になっとんたかいな。ならんように、おもってたけど。

 決してジョーカーは扉に触れようとはしなった。
 きっと、機械の瞳を光らせた。

 絞りだした声。機械の腕の代わりに過去への詰問が扉を叩く。

「まんまりや」
 こんなモン、ぶっつぶしたいわ。

 自分達の、彼の、血肉を蹂躙して出来上がった、この学校を…潰してやりたかった。


 ふっと、いからした肩の力が抜けた。可愛らしい頭を横に軽く振る。
 次の瞬間から先ほどまでの剣呑さが消え失せ、いつもの軽薄さが戻る。

 あかんあかん。ここはワイの暮らしたところやけど。
 壊してしまいたい所やけど。
 ジンの今、生きているところやから、壊したらあかんな。

 あのとき、軽い気持ちで受け止めた約束は、
 今では決して違えることのない誓いに変わっていて。

 軽薄に笑うその姿は、
 機械の顔では表せないもので。


 ……神。あんたのわがままに最後まで付き合うゆうてもたから。
 ワイはまだ、頑張れる。

 銃口を向けるように人差し指を扉に向ける。

 バン−−


 沈黙の空気を振るわせる音。
 しかし、本物の銃の様には弾は出てこなかった。
 それが良いことなのかどうか分からなかったけれど。


 それが今の彼にできることだった。