問いかけの先は全て無の空に

02.過去の幻影に魅せられる 


 

いやいやいやいや。

 激しく可燃性の汗を流れる。

 これってどうよ。

 目の前には、剣崎 寿人。
 横には審判 速水先生。

――なんで、ワースト1の僕が、寿人君と練習試合するんですかー!!

 今日の星占いは絶対最下位!!
 あはははは!

 やけっぱちになっている魁の後ろで、やたらハイテンションな淳子が燐達と応援をしてくれている。

「魁君、ファイトです!大丈夫です”」
 静流さん。無理です。

「魁!ガンバ!やっちまいなさい!」
 燐、ヤラレるのは僕だって。

「魁様ぁ!頑張ってぇ!勝てたら、いいこいいこしてあげますぅ!」
 うせろ、変態。

 心のツッコミが終るやいなや、開始の笛がなった。魁にはその音が死刑執行の鐘に聞こえた。


 ――斬

 速攻で距離を詰めてきた寿人が剣を振り下ろす。
 魁は体を捻って辛うじてよけた。

 短気なやつ――っ!

 練習用の切れない剣とはいえ、あたるとかなりいたい。
 ……経験者は語れるのです。えぇ。

 寿人の後ろに回り込もうとするが、横に払われた剣に遮られる。

 剣の攻めぎあい。
 金属音が響く。

 力任せに、上から押さえ付ける様に振るわれるそれは、確実に、魁の腕に負担をかける。

 ウィザードタイプのくせに、上手い。これなら前衛でもやっていけそうだ。
 元々、寿人の陣錬成は"手堅く正確に"を的確に表現している。教科書に載せることができそうなほどその陣は美しい。派手な燐のものとは違うが、その効果の信頼性という点においては燐よりも高い評価を得ている。
 力に負け、踏みしめている足が後ろにさがる。
 剣を押し、寿人の顔が近付いた。
「とっとと負けろ、この馬鹿」
 皆には聞こえない小声で毒付く。
 ……違和感。それはなぜか既視感をもった、違和感。どこかで、なにか、こんなことがあったような。
 魁の目に映っている寿人の瞳には微かに焦りがあった。
 何かを恐れるような、そんな光。剣が離れ、突いてくるのを必死に受け、剣の角度を変え、力を流す。身長の差も、その力も歴然としている。まともにその力を受け止めれば、下手するとそのまま後ろに倒れてしまう。
 いつもの寿人の――体力を削らすようなネチネチとした攻撃ではなく、さっさと終らせたい、そんな激しい攻めに、魁は流すのが精一杯だった。
 剣先が肩をかする。魁はようやく攻めの体勢をとった。
 魁は剣を固く握り締め、足を踏み込み、間合いを詰めた。寿人の口角は上を向く。――見破られている。だが、もう、遅い。止めることは出来ない。
 下段から、振り上げる。
 腹あたりで、止められる。
 即座に離れ、脇腹を払われるのを回避。
 研ぎ澄まされていく神経、戦闘回路が光り出す。

『なぁにしてんねん! さっさとやってまえ!』

 ――は?
 そう、いきなり叫んできたジョーカーの指令によって、足枷が軽くなる。
 ぐんっと、まえのりになった。その顔は歪んでいる。
 ギャーーー!
 余計なことを!
 目立ったらダメって言われてるんですけど、なにかーーーー!?

 いきなり軽くなった魁は、無意識的に寿人の攻撃をやすやすと避ける。
 ギャラリーが息を飲んだ。

……うわぁい、台無しですがなにか。
 持てる力を出し惜しみするな、という第二の師の言葉が脳裏をよぎる。
 ……今日は授業参観です。
 保護者の前だから、張り切ってかっこつけても許されます。

 よし。

 自己暗示で開き直った魁は剣の構えを少し変えた。それに気が付いた寿人の顔がきゅっと厳しくなった。どこか、悔しそうな顔だ。その唇が小さく動いた。

 こ・の・ば・か

 まるで、魁が強くなったのを知っているかのように、さらに鋭い剣撃。息子の活躍に、寿人の父親は微笑っていた。飼い犬の出来を見定めるような冷たさがそこにあった。燐達は意外な魁の攻防に、はらはらと手を握っている。

 っち。
 そう聞こえたと認識した瞬間、剣が伸びた。長身からくる腕の長さ―間合いの広さ―に魁はよけきれないと判断。髪の毛に突き刺さり、身を沈めたことによって剣がゴムを勢いで切る。

 戒めから解き放たれた髪の毛が、舞う。
 魁も負けずに剣を振るう。脇を狙うが、阻まれる。
 重量オーバーの剣を振るう腕が限界に近付く。
 鉛の様に重くなっていく腕を無理矢理動かし、軌跡を止める。

 ッジン―

 痺れる感覚。
 これはやばい。
 そう思った瞬間には右手から剣が跳ねあげられていた。
 っ―
 剣を掴もうと腕を伸ばす。



自分の髪が揺れ、マギナの光と飽和した光景。


伸ばした手に絡む、小さな指先


背筋が凍った。







脳裏に、最愛の少女が涙した。


っぁ――


固まった魁をあざ笑うように、剣は音をたてて地に落ちた。

「勝者、剣崎!ポイント10!」

速水先生の声が遠くに聞こえた。
寿人は安心したような、怒っているような複雑な表情で剣を収めた。魁は真っ青になったまま、ぎこちなく礼をする。互いに声を掛けないまま、背を向け、足を踏み出した。

 燐達が駆け寄ってくる。とても昂奮しているようだった。
「負けちゃったけど、なかなかよかったじゃない」
「大健闘でしたわ!」
「あ、ありがとう」
 魁は弱々しく、笑い返した。先程の衝撃の余韻はまだ止んでいない。淳子はぐいっと魁の腕を引っ張った。
「魁様、大丈夫ですか」
 瞳には真っ青になった顔が写っていた。
燐も気付き、
「魁、真っ青じゃない!」
 保健室に行こう!
 連れて行こうと魁の手に
 触れる。

 ぱしっ

 乾いた音が、やけに大きく鳴った。