03. 始まりの始まりが始まる
「わぁvv魁様の、お・へ・やvvvv」
脳味噌が腐りそうな甘ったるい声を空気に振動させるのは淳子だ。部屋の入ったところで立ち止まっている淳子を魁は自然な動きで蹴り飛ばした。
「さっさと入れ。蹴り飛ばすぞ」
「先に言ってくぅだぁさぁいぃ」
魁は心底嫌そうな顔をした。
「お前、キモい」
ガーーーーン!!!!
よろめいた淳子は拳でてへっと自分の頭を軽く小突いた。
「淳子、もうダメっちゃ☆」
魁は何かキツイ言葉を紡ごうとしたが、考えなおした。
「あー、うん。このダメ人間め」
「ダメだしされたー!」
魁は閉じたドアにさらに鍵とチェーンをかけた。こうすると部屋は完全に防音完備の密室になる。
魁は髪をかきあげた。
「もう普通に話していいぜって何してやがるこのド変態がー!!」
視線の先には淳子のあられもない姿。
上半身裸である。
乳白色の肌はシルクのようにきめ細かい。
淳子、いやジョーカーは意地悪く笑った。
「ケケケケ。どないしたん?ジン。顔赤いで」
ジョーカーは荷物から使い捨てのお手拭きを取り出した。おもむろに体を拭き始める。
「どんなに人間そっくりでも有機ロボットやからなぁ。水には極力つかんほうがええんやわ」
しかし精密機械である。ちょっとの埃も誤作動や故障の原因となる。
「せやから、こうやって水ぶきして汚れ落とすんや」
そして、今だ顔を赤く染め硬直している魁を見て、
「いやーん。魁様ぁん。そんなに見られるとぉ、淳子、どきどきィ?」
魁は無言で淳子の腕を掴みあげ、部屋にある風呂場に叩き入れた。扉をしめる前に壮絶な笑みをもらす。こめかみに青筋が浮かび波打つ。
「最初から、風呂場でしろ、このぼけ」
そして扉が壊れるくらい強烈に閉じた。
一瞬の間が空いたのち、沸き起こる爆笑。
こ、ころす。
兄さん。
奴を殺して良いですか。
脳内にいる兄は答えた。
東京湾のヘドロにつっこむくらいならOK。
魁は頭を振った。
それでは交通費がかかりすぎる。
と、思ってから、やっぱまだパニクってるなと顔を冷たい水で洗った。
ジョーカーがついに風呂場から出てきた。
手には何かをつかんでいる。なにか、鍵のような物だ。
「なんだ、それ?」
その問いにニヤリと笑った。
「んー?これか?これはな」
英雄の遺産や。
その言葉に魁の目が見開かれた。
「あいつはなぁ、後でここの部屋使う奴らになんかいろいろ残したんや」
伝鈴とかな。
ジョーカーが持っているのはそのうちの一つだという。今までこの部屋を使ってきたのにまったく気が付かなかった。なんかくやしい。
「それはなんなんだ?」
ジョーカーは魁に手にある物を渡した。棒状で先に印のようなものが記されている。魁は息を飲んだ。その印は、英雄の印―純白の双翼のエンブレム―だった。
「これは、秘密の部屋の鍵や」
「秘密の部屋?」
「つーか、秘密の鍛練所ちゅうとこかな」
後でいかしたるわ。
ジョーカーは気楽にそう言って、スカートをゆらした。
ドサ、ドサドサドサ―
服や武器、人形が山なりに落ちた。
「……どうやって入れたんだ!?許容量越えてるんだが、確実に!」
「フフフ。淳子さんのメイド服は不思議が一杯なのだよ、ワトソン君」
「いやいやいやいや。こんな難事件は解けませんから!なんかものすごくツッコミいれないとダメだろこの状況は!」
ジョーカーはにっこりと笑って両手の拳を頬に添えた。頬を染めて、目を伏せる。
「リリィから調達してもろてん」
にこやかに笑う受付嬢が手を振っているのが脳内に展開された。
り、リリィーー!
それ以上は言葉にならなかった。
両膝をつき、崩れた魁の肩に手を乗せてジョーカーは首を横に振った。
「世の中、不思議が一杯なんやで」
「……なんかそれ違う」
諦めた表情で淳子の手を払い、立ち上がった。ものすごくつかれた。今日は本当に疲れた。もう寝たい。だが、
「んな事より、どうやってパスワードを探るつもりなんだ」
「やー。結構下調べと準備は昼にしといたから、ジンはワイのサポート兼護衛に徹っしといてぇや」
へいへい。
スカートから溢れ落ちた物を拾いながら返事を返し、手を止めた。
「…わざわざこの服持ってきたのか」
呆れた。
「なにいっとんねん。侵入バレた時にそのかっこやったら正体バレんでえうやんか」
それに
ジョーカーは悪巧み―正にその通りなのだが―をする表情で。
「これで愉快な夜が決まるちゅうもんや」
今回はホントの意味で、学園デビューやろ?
その言い回しに魁も思わずジョーカーと同じ表情を浮かべる。
魁の手にあるのは、黒いウインドブレーカー、黒のジーンズにタートルネック。そして腰につけるエプロンのようなホルダーに黒の鉢巻――目当て。その中心には純白の双翼とは少し違った双翼のエンブレムが記されている。
そして、純白の双翼が輝く、少し古びた黒の手袋。
リトル・エースの装備だった。