04."a"
夢を見る。
それは過去の幻想
それは過去の恋慕
それは過去の追憶
どれもが心の痂を引きはがし
どれもが新たな血を求める
だから俺は血を捧げ続けよう
こんなもので貴方達に逢えるなら
こんなもので貴方達を引きとどめられるなら
この身を賭けて
この心を傷つけよう
夜
だいたい四時くらいだろうか、月が淡く照らす世界はあまりに静寂で、生きとし生きるものがいないかのようだった。しかし、そのようなところを好むものもいるのも確かだった。一人の人間が摩天楼のように不気味にそびえたつ学校にそっと入っていった。不思議なことに、警報は鳴らなかった。そして、奇妙なことに肩には何か、人形の様なものをつけていた。
誰もいないこの夜に、しかし確かに様々な思惑は廻らされていた。
「ここか」
闇の中では普段とはまったく違う相貌をみせる教室―厳密に言えばCPU室。セキュリティーは最小限しか切っていないが、ジンが動くのに支障はない。肩に乗っている人形の頭を叩き、覚醒を促した。
「着いたぞ、J.J」
「ういーす」
ジョーカー自身をデフォルメ化した人形は腕をあげた。某受付嬢が服を作ってくれたらしい。……もう、なにもいうまい。お金さえ出なかったら。
「ほな、あのいっちゃん奥のやつにつないでや」
いつもはジョーカーがジンの補佐だが今回はフロンティアでの攻略なのでジン自身は暇である。ジンはパソコンを起動させ、人形の丁度首の後ろからケーブルを引き出してパソコンに繋いだ。後は全てこの憎たらしい『相棒』に任せておけばいい。
暇な仕事だ。
しかも一銭の得にもならない。いや、大切なことだとはわかっているが……
夏休み、淳子の代金やもろもろの費用を稼ぎ出すためにどんだけ働かなくてはいけないかを考えると……正直泣きたくなる。
しかも天照の仕事はキツイ。きっと夏休み全てを捧げないとダメだろう。
表だって動けないとジョーカーはあまり働かないうえに、金だけを要求してくる。
まさにくそったれ、だ。
ジンはじんとくる頭痛に耐えた。元凶をちらりと見ると、既にジョーカーはフロンティアにいっていた。画面からは訳の分からない英字が目がくらみそうなくらい踊っている。初心者の自分には手の出しようがない。
自分にも情報処理の才能が欲しい。
ジンはこのところすっかり悪癖になってしまった溜め息をついた。
ジョーカーはフロンティアにいた。
まさに思い通りに運ぶことができる世界だ。もちろんどの世界でも強者が全てだが。
そして、ジョーカーは強者だ。
たちまちルトベキアの城壁をすり抜ける。そもそも、ここの防御システムを最初に構築したのは過去の自分―城野内 譲太郎―だ。
皮肉なものだ。もちろん今と昔ではかわっているがその根本は変わることはすくない。
「わいの作品、やさかい」
ある意味、ジョーカーも英雄だった。
それを誇りに思ったこともあった。
しかし、それは過去形で語られるだけの代物だった。
「さっさと終らせよか」
ジンに怒らてまうわ。
ルトベキアの奥の奥、そこにレギナの情報がある。もちろん、セキュリティがよそ者を排除する。『警備人』がうようよ動いている。これらに捕まれば全ての警報が鳴り響き、一層目的を果たすのが困難になる。
ジョーカーはどこからともなくシルクハットを取り出して掌から光が溢れる。
「システム再構築」
光の粒子が『警備人』を包んでいく。いや、そもそものこの世界の根元を包みゆく。ジョーカーはいんぎんぶれいにわざとらしく大袈裟にお辞儀をした。
口の端を歪めて。
己の領域に迎え入れるように、迎え撃つように。
不敵に仰々しく。
「イッツショウタイム」
さぁ、喜劇のはじまりはじまり。
光が強く極彩色に輝きを放つ。
そして、次の瞬間―ルトベキアの世界は、青空になっていた。
ジョーカーは戦闘機に乗っていた。
先ほどまでただの球体でしかなかった『警備人』は小型の戦闘機に変わっていた。それはそれは悪趣味なほど、いわゆるシューティングゲームのように。システムを自分の思い通りに変える、それがジョーカーの得意とすること。そしてなにより
「ワイは、弾幕シューティングのエースやで」
『警備人』の間をすり抜け、弾―ウイルス―を打つ。
それは狙いがずれることなく、『警備人』を吐き出す大型機を撃墜する。
そしてデコイ―囮をばらまく。
巧みに敵の網をくぐりぬける。まさに撃墜王のように軽やかに鋭く―そして圧倒的な力を振るった。
視界の中心に土管が見えてくる。次の下層部への入り口だ。雲が後ろに流れ、風と共に泳ぐ。益々敵機の数が増え、弾幕のように襲いかかってくる。
ここからが本番ヤで。
ジョーカーの魔法の手―むしろよく詐欺士と言われたが―を掲げた。
そして世界は暗転。
そこは古びたゲームセンターだった。
ワンコインで動く古い古いゲームをジョーカーはガタついたレバーで操作していた。―弾幕シューティングゲームだ。
二次元の平面画面をにらみながら最小限の動きで弾をさけ、それを吐き散らす雑魚敵機を蹴散らす。
こんなとき、そうこんなとき。
ジョーカーは自分が神になったかのようにおもえる。もちろん馬鹿げた考えだ。皮肉なことにジョーカーは神の存在を信じてはいなかった。そうして自分がどんなに愚かなのか、思い知る。
どんなにここがリアルに満ちていても、虚実なのだ。
なにが神だ。
ここではどんなに強くても現実では大切な存在すら守れないではないか。
馬鹿
すでに攻撃のパターンを読み切り、単調ささえ感じる。身内だからとはいえここまで簡単とは。
「ワイがおったら、全部作りなおすわ」
ぽつりと、寂寥感と落胆を感じた。
その時、
ジョーカーはもう一人の存在を感じた。
炭酸が弾けたように押し寄せる悪寒。
一人用だったゲームはいつのまにか対戦型に変わっていた。
つまり、二人用に。
頭から血が下がる。
そんな馬鹿な。
いつの間に、変えられた?
まったく気が付かなかった。
ジョーカーは画面を見つつも、前にいるはずの相手をさがした。
存在は感じる。
なのに見れない。
ファントム。
ジョーカーは遊ぶのは好きだが、遊ばれるのは嫌いという男だった。
「あんた、ダレや」
「 」
声は聞こえなかったが吐息ははっきりと聞こえた。
「あんた、ダレや」
今度こそ沈黙が答えだった。ジョーカーは無理矢理に世界を変えようとした。
今度は、宇宙だ。
ジョーカーの後ろから世界が侵食していく。
しかし、丁度ゲーム台の真ん中で止まる。
せめぎ合うそれは進退を極めている。
「んなくそったれ」
プログラムを組み立てていく。相手の防御壁ではなく、ルトベキアの外装から変えようとした。
「 ン」
小鳥の囁きが、あたりすべて、
半分が古びたゲームセンター、もう半分が宇宙という世界を――