問いかけの先は全て無の空に

04."a"



 魁は、いやジンは十数人はいる追手を見下ろした。
 普通の生徒はいいとしても…。
 視線を一群の中心に移す。
 そこには対照的な二人がいた。
 鋭く、ジンを射くように睨め付けている悠。
 面白がるように、構えている雅人。

 英雄の、再来ね。

 その言葉を舌の上で吟味する。
 どれほどの力なのか、気にならないわけがない。
 あの英雄の名に恥じないかどうか、また―

 自分の力がどこまでのレベルか。

 しかし、もう夜が空けた。遊んでいる暇はない。七時までに食堂にいないと千里に殺される。魁にとって栄養補給は身長のためにも必須だ。

「……ったく。こんな朝早くからご苦労だな」
 ジンの声は魁であるときとはまた違った響きをもっている。
「データを破損させたのはてめえか」
「破損させたのは、俺じゃない」
 これは本当だ。
『はーい、わいでーす。えろう悪いことしてしもなわぁ』
 すんませーん。
 物陰からさきほどと同型の自動人形が頭をへこへこしながらでてきた。
『ジン、どないする?』
「今、俺が考えてるのは、あと何個お前を潰せば良いか、だよ」
 それを作った金、誰のだ。
 そしてジンは電灯から飛びずさった。
 その直後、激しい衝撃波がさきほどまでジンがいたところを襲った。
「そう、急かすなって」
 地面に降り立つと同時に囲っていた生徒達が武器を構え、詠唱しようとする。瞬く間に錬成陣がそれぞれの武器に浮かび上がり、ジンは何をすることもなく、ただ大地を踏みしめていた。片眉をあげる。
 武器―刀剣はすでに今か今かとその刃が振るわれるのを待つ。

 ジンはジョーカーと視線があい、ジョーカーは目で頷いた。

『『開・蝕め反乱者』』

 ォオン
 と多重に展開され、ジンを襲う――ことはなかった。

 変化無く風は凪に入っている。

 そして新たな風を作った。
 けたたましい電子音の多重奏によって。

 電子音が鳴り響かせているのはジンでもスピーカーでもジョーカーからでもなかった。
「いったいなんなんだ!?」
 彼等、生徒達の手元、信頼する武器からだった。慌てふためき、振ってもその音はやむことがない。
 その音はまるで自分の居場所を叫ぶように――
 その音はまるで自分の主を求めるように――
 騒然となる陣営のなかをジンは素早く走り去った。
「ジョーカー!」
 掛け声にあわせジョーカーはジンに向けてケーブルを飛ばした。ジンはその端を掴み取り、
「来い!」
 釣り上げる。悠はとっさに剣を振るいケーブルを断ち切ろうとするが、鈍い、刃が滑り削る音、火花が散る。
「雅人!」
 声が響く直前、被さるように力ある言葉が牙を向いた。
 大剣を捨てた雅人。杖が光り、その色は暁にも栄える深紅。

『開・焔華』

 紫空に炎の花が咲いた。
 舐めるように来る炎の舌を辛うじてジンは避ける。後ろに後転し、体勢が崩れた格好となる。悠は大地を蹴り、ジンより少し離れたところに剣突き立てる。その柄に填められた【杖】に手をかざし―
 その身を覆うほどの巨大な陣が展開される。

『開・風統べきは風霊・地統べきは地霊』

連続展開。

体勢が崩れたジンの軽い舌打ちは轟速の風に打ち消され、第二陣に放たれたマギナによって大地が盛り上がり、ジンの足場を飲み込む。
『開・轟雷』
雅人が放ったとどめの雷の雨が暁を煙で覆った。

 桐子は息を飲んだ。
 いつ見てもこの二人はすごい。
 一見、横着で粗やな雅人だが、陣の錬成では素早く簡潔に作り出す。だからこそ力ある言葉が単語一つですむのだ。
 そして悠。
 悠はウィザードタイプとして、粘密に練られた陣は正確に発動される。それは滅多にできることのできない連続錬成になっても落ちることはない。
「って!ちょっと。生きてるの、彼」
 自分、ヒーラーの出番だろうか。自白してもらわないといけないのに。
 雅人は首を傾げた。
「あー。なんか手応え無い」
 もっとこうドンパチするのかと思っていた。
 後継者って名乗ってたから期待してたのに。
 鼻をならす者がいた。悠だ。
「どうせ、偽物だ。先輩が後継者を決めたのなら、皆に言っているはずだろ」
 それに。
 悠は心のなかでつぶやいた。
 後継者なら、僕がなる。
 聞こえるはずのない声を聞いたのか、雅人はニヤりと唇を歪めた。
「でも何で武器が鳴ったのかしら」
 桐子は悠に聞いたが
「それはー」
「ハッキングー」
 双子が答えた。
「あのね。錬成補助武器って使用者を登録してるでしょ」
「だから、違う人が使ったらブザーが鳴るようにしてるの」
「え、でも。皆正当な保持者よね」
 今度は悠が答えた。
「補助武器は、本人と認識するためにレギナに間接的に繋がっている」
 内蔵されているメモリーに声紋を登録しているが、一年に一度、保持者が合法な‘魔法使い’かどうかレギナに確認を取って使えるようになる。
「つーまーりー。あのこはー」
「そのレギナに向かうところの中継地から補助武器にー」
「そのひと、悪い人だから使わせちゃだめー」
「って言ったんだよー」
 ハッキングでー。
 桐子は眉をひそめた。
「それって簡単なの?」
「難しいよ。幾重にもあるセキュリティーをくぐらないといけないからね」
 煙が薄れてきた。
「とりあえず、彼を捕まえましょう。」
 のんびりしているのは相手が確実に気絶していると確信しているからだ。
 そのときだった。思わぬところから声がした。
「アッホちゃうか。あまあまやん」
 質落ちたんちゃう?
 輪からすこし外れたところに残された小型の自動人形が、アングリと口を大きく開いていた。
 逃げなかったのか、呆れて動けなかったのか。

「なっ」
「これほしー」
 雅人は明の首ねっこを掴み桐子に押し付けた。
「貴様、なんなんだ。」
「こっちのセリフや阿呆。なにしとんねん。仲良しクラブとちゃうねんど。さっさと変な奴は捕まえる。それが基本やろ。だらけんなや。生徒会」
 なげかわしいわ。
「なんだと?」
 狐はまだまだ喋る。
「はぁーもぉー。よう、そんなんで英雄の再来ゆーとんな」
 かぁーーー。
 がくりと肩を落とした。
「こんなんあいつが聞いたら…冷笑もんやわ」

あいつ

「それは、英雄のことか!?」
 どこにいる!
 打って変わって狐はコンと鳴いた。こういうときだけかわいこブルのか。
 狐はにぃっと人を化かすよたちが悪い笑みをつくった。
「ジン。帰るで」
「あぁ」
 声は後ろから。
 ばっと後ろを振り返ると悠然と立つ者。
「え!?嘘。だってさっき前にいたじゃない」
「「ありりー?」」
 ジンはジョーカーしか見ていなかった。ジョーカーが言うように、対応が甘いと思い――わざと、挑発的な余裕ある表情をとった。ジョーカーは生徒会をせせら笑った。
「ジン、ちょい、後継者の力見したれや」
 その言葉にジンはゴーグルの下の眉をひそめた。
「……切札は最後に置いとくもんだぜ?」
「わいはジョーカーやからええんちゃう?」
 それもそうか。
 マギナが彼の周りに急速に集まり出す。風は凪のままだ。しかしマギナの濃度の変化によって空間が歪む。
 心臓が痛くなるほど打つ。桐子は胸元を押さえた。
 圧倒される。このプレッシャーはなんなのだ。
「っ」
 雅人が動く。
 得意の簡潔錬成。
『開・闇刃』
 ジンにむかって放たれた漆黒の刃。
 ジンは手を伸ばす。

 刃と指が交差する。
 声は小さく、その場のみに存在した。

『   』

 刃は皮膚を破ることなく通りすぎた。
 ジンはまた手を振るう。

『      』

 それは悠の第二の攻撃を打ち消した。
 ジンはすかさず走り出した。
 後ろに。
 悠達がいない方に。

「ちょいまてぇぇぇ!」
 一番驚いたのはジョーカーだった。

「ぉ、追い掛けろ!」
 悠、雅人。そして他の生徒は我にかえり追い掛け始めた。

「ワイを置いてくなー」
「アホかー!お前なんかとこれ以上付き合えるか。逃げられたのにその人形ででで来る方が悪い!契約無効だ!先代にジョーカーは見捨ててもいいって言われたし。もうマジ帰んないと」
 ってことで、自力で逃げろ。
「ひ、ひどいわ!」
 もう返ってくる言葉はなかった。たちまち背中が見えなくなる。
「ワイの護衛がぁぁ!」

 打ちひしがれたジョーカーはそのまま悲しみに膝をおとし―
 逃げ出した。