問いかけの先は全て無の空に

05. 青空の下の悲喜こもごも


 
まだ6時にもなっていないが、東の空すでに淡く優しい青を見せ始めていた。
それだけで今が初夏だと実感できる。

ジンは逃げて、いや寮に帰ろうとしていた。

まだ、執行部は頑張っているので歩道ではなく、草むら―自然豊かが学校の売りの一つだ―をそっと通り抜けていた。
もう寮の姿が見えるから、まぁ一安心だ。
ジョーカーをほっておいたのは、捕まらないという信頼、というよりは、『殺しても死なないって、だってお前だし』と同じくらいの信頼度…認識だった。

てかこの頃はしゃぎすぎ。お灸を入れないとな。
やはり母校に帰ると嬉しいものなのだろうか。

そもそもジンは学校に行ったことがない。
家族が生きていた頃は治安の問題で通信教育だった。ここに来る前は、兄達にスパルタされていた。
だからというわけでもないが、どこかきはずかしい。
団体生活なんて、するもんじゃない。

そんなひたすら社会性0なことを考えていた。

早く帰ってシャワー浴びてご飯だ。

急げば十分間に合う。

ジンは解放を求めて、生け垣を越えた。

もう少し先には寮の庭―たんなる空き地だ―があり、そこからだと死角になるのだ。
丁度角にあるジンの部屋の窓がみえる。

ジンは五階にある部屋まで飛ぼうとした。
マギナを集める。
力ある言葉を唱えれば、今日のお仕事はおしまいだ。
唱える。
『開――っくぁ!」
目を刺すような激痛が脳天を貫いた。
目、それもマギナを見るという力はほぼいつも解放され続けている。
その過剰使用、簡単に言えばマギナの見過ぎによる負担が一気に現れたのだ。
陣をなしていたマギナが崩れ、霧散し、あたりの空間を掻き乱した。
ジンは体を地面に丸まり目を固く瞑り、痛みが遠のくのを必死に待った。
歯を食い縛り、ともすれば絶叫が溢れ出すのを食い止める。
歯は薄い唇の皮膚を破り、赤珠が膨れ上がりやがてそれは一筋の絃となる。

ジンの体の異変にまわりのマギナが荒れ狂う。
必死に彼方に飛びそうになる意識の断片を掴むが、マギナの氾濫までは手が回らない。

 い け      な               ぃ

才能があるものならば、このマギナの荒れを感知することができる。
油汗が滝のようにながれ、じっとりと皮膚が粘り付く。
ようやく痛みが和らぎ、ジンはゆっくりと体を起こす。
息ができない。喉に無理矢理空気を流し込み、吐き出す。擦れあう音が怪獣の鳴き声のよう。
体を壁に押し付け、草むらを目指す。
いつもなら軽やかに動く体は鉛の様に重く、力が入らない。
遠くの方から、されど確実に近付いてくる掛け声。


…ヤバぃ


角に差し掛かり、ふいに体を預けるものがなくなる。
あっと思う間もなく、ジンの体は地面に崩れ―

「ひやあ!?」

爽やかな青空の様な声。
ジンは―誰か生徒にぶつかったのだと―顔を見上げ―痛みが無くなった。
いや、驚きが勝っのか、全神経が目の前の人に向かっていた。
漆黒の髪は汗のせいかうっすらと湿り気を帯て―“真っ直ぐ”を捕える強い瞳はしっかりとジンの瞳と線を結んでいた。

私、朝練してるんだ。


あぁ、そう言っていたのは昨日の朝だ。


きっと彼等が本当に出会えたのはこの時、この瞬間だろう。

ジンと、そして燐。


この二人は知り合って4ヶ月めに初めて出会え、そしてここからがこの二人の始まり。