05. 青空の下の悲喜こもごも
視線をバッチリ合わせ、硬直した二人。
先に動いたのは―燐だった。
倒れこんできた少年。
その姿は彼女が憧れると言ったまさにその人。
「あなた、まさか」
足音がした。
どこにそんな力が残っていたのか―ジンは燐を引き上げ―草むらに引き倒した。したたかに背中を打ち、突然のことに燐はただ目を丸くするだけだ。
目はまだ痛む。
こんな状態でマギナを使うのは自殺行為。
しかし、マギナを安定化することはできる。
燐を組み敷き、しかし彼女ではなくさっきまでいたところを見る。
兄が教えてくれた隠蔽工作を信じるしかない。
ギッと視線を強める。落ち着けと。
そして、余分なざわめきは余所へ…
マギナが次第に安定化してゆく。
燐はようやく事態を飲み込んだ。ジンの下から抜け出そうとするが、動かせない。
――フェンリル!
少し離れたところに愛剣がある。
指を動かすが届かない。
ジンもフェンリルのことはわかっていたが、ここで剣に構えば一瞬力が弱まる。それはしたくない。
足音がすぐそこでした。
ぐっと動くものがあった。
燐の喉だ。
叫ばれる!
頭にあったのはそれだけ。
腕も足も少女を捕えている。ジンはとっさの行動に出た。
――声が空気を震わせた。
それは空気を切り裂くものではなく、くぐもったもので。
ジンは燐を黙らせていた。
かの唇をおのが唇で。
足音がした。
それはすぐにどこかに移っていった。
た・助かった。
ようやくジンは顔をあげた。
いまのうちに…
逃げよう、だいぶ調子を取り戻した体を立たせようとして、気付く。
燐。
恐る恐る燐を見ると―固まっていた。
叩けば石のような音がするに違いない。
あぁすれば黙る、とジョーカーが貸してくれた本―漫画に描いてあった。そしてそれは正しかった。
「なんか。漫画って偉大だ」
本当に静かになってくれた。安心して、笑みまでこぼれる。
しみじみとそう思ったが、相手が同意するわけもない。
当たり前だ。
焦って早口でたてまくした。
「犬に舐められたとでも思ッといて」
頭にデコピンをしたのは、とにかく気を散らせたかったから。
兄もよくやっていた。
ジンは燐をそのままにしてその場から逃げる。
とりあえず、様子を見てから部屋に戻ろう。
しばらくして、後ろに聞こえた爆音。
それはきっと少女の怒り。
やばいな。
ジンはため息をついた。
今頃になって顔が熱い。
たぶん、運動したからとかいう健全な理由じゃない。
……魁として会うときにどんな顔しろっていうんだ。
考えれば考えるほど紅くなる気がした。
自分のポーカーフェイス…ツラの厚さを信じるしかなかった。
そして、本当に、心から、天におわします方に感謝するくらい、ジョーカーがここにいなくて良かった。
本当に、いなくて良かった。