05. 青空の下の悲喜こもごも
ジョーカーは変わらず自分のエリアに座りこんでいた。
周りはいつもの自然の風景ではなく、アスファルトが地平線まで続き、ひびわれから荒涼とした大地が見え隠れしていた。
ジョーカーは頭にの事現場に使用される黄色いヘルメットを被り直した。
彼の真正面には建設途中の建物―鉄筋のいくつかがまだ 剥き出しのまま―があり、途中であるといいのにそれは雲を貫いていた。
もし、ここに詩人がいるとするならば、こうよぶだろう。
現代のバベルの塔、と。
ジョーカーはそれを見上げ…まだまだ先の完成に眉をひそめた。
「間に合わへん」
『その時』までに完成させなくてはいけないのに。
一人でここまでするのに、四年かかっている。
もう、『その時』は間近…と言っていいだろう。
最悪でもあと四年の猶予があるが、ジンがそれまで温和しくしている訳がない。
それは自分だって言える。
ここまで一人で創ったという驚異的な事実も彼を浮き立たせる物ではない。あくまで、『その時』までに完成にもってこないとただの水の泡となるのだ。
五年前の情報処理班―昔はリサーチャーをこう呼んだ―の同僚に頼む、というのはリスクが高い。
なぜなら、ジョーカー、そして亡くなってしまった相棒は逃亡者なのだ。昔の繋がりは少なからず監視されているだろう。
……監視されていると彼等が気付いているかは別として。
もう一度、塔を見上げた。
不気味に佇むその姿は、心をかき乱す。
塔は待っている。
早く、早く!
早く完成させろ!!!
やっぱ一人はもう限界やな。
その目は暗い。
あと、どれだけ、自分の体が持つか。
もしかしたら、今すぐにでも消える。
−ロシアンルーレットの様に、
「天任せだ」
そう言ったのはエンで
その言葉が指したのはジン。
しかしそれは寧ろジョーカーの方が当てはまる。
冗談で言ったつもりやったけど、マジで後継者が必要やわ。
後継者。
はた、とジョーカーは目から鱗が矧がれ落ちる思いだった。
すぐさま学園で入手したデータを手元に展開する。
米倉 明、米倉 玲。
わずか6才の時プログラマーとしてその才能を開花した。
その情報量やプログラミングの緻密さ、正確さはフロンティアの創始者たる城野内氏の独創性とはまた違った意味で凄まじいものがある。
聞いたことはあった、この二人。しかし実物がああいう人間だとは思ってもみなかった。
肩書きとギャップ激しすぎやろ。
しかし、使える。
ジョーカーは思考を巡らせた。
この計画をばらす危険性。
計画を言うにはやはりこちらの目的も言わなくてはいけない。
彼女たちが協力するかどうか。
彼女たちが信頼に足るか。
考えれば考えるほど、リスクが高い。
彼女たちの能力の高さ。
ある一点をのぞいて、が無いと見える彼女たちとの接点。
そしてあれから−行方をくらませて−5年近く経っている。
自分たちを追っている連中は彼女たちをマークしていないはず。
仲間になってくれれば、ジン−魁、ではなく−を任すこともできるし、その空いた時間がこれの制作にまわせれる。
そして、今、時間がせっぱ詰まっている状況。
+と−。
大概のことはこの簡単な足し算で解決できる。
しかし、これはそんな事で決めてはいけないほど、いろんなこと−命だって係っている。
命、それは死んだ者にだって言える。
その願い。
命、それはこれから生まれる者にだって言える。
これは未来を変える大変な決断。
エンなら、『好きにしろ』
ジンなら、『止めてくれ』
イソラなら、『女の子!?万歳!!』
リリィなら、『危険であると、判断いたします。』
そして、相棒なら……
『信じて、信じてみて。やってみなくちゃわからない』
ジョーカーは頭を振って、虹色の髪を振り乱した。
目は悪戯を計画している子供のように輝いていて……
腹を決めた。
博打は好きな方だ。
そう、全ては弔いの為に。
メールを送信。
場所と日にち、時間。
簡素な内容で良い。
おそらくはあちらも少しはこちらの正体の見当を付けているだろう。その候補の中にいる自信はあった。
せやな、どうせやったら力試しもしとくか。
内容を暗号化する。それはジョーカーが編み出した形式で世間には−その筋の、にだが−知られていない。これは自信作で仲間内−ガーディアン時代のではなく今の−だけに解き方を教えていた。
この難解にして一見でたらめな、しかし歴とした秩序を持っている暗号。これを解けば…送り主が道化師、本物だという推定はより固まるだろう。
これを作り出せるのはそれだけの実力者だから。
ジョーカーは鼻歌交じりで造り上げる。
おそらく食いついてくるだろう。リサーチャーは探求者、それがどんなにリスクが高いものであっても――いや、高ければ高いほど手をのばしあがいてしまう愚者だ。
餌は不本意に奪ってしまったルトベキアのデータだ。
高く高く創り上げた…『ネメシス』
「まっとれ、ベッピンさん。すぐに綺麗な姿、やるからな。」
ジョーカーは笑みを濃くして送信した。
第三章・問いかけの先は全て虚無の空に
終