章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

01.ただいま、素晴らしき故郷




 魁は重たいリュックを背負い直した。
全ての教材に加え+αという名の宿題も入っている。列車から降り立った魁は駅員に頭を下げ、挨拶して改札の外に出る。出た先には玩具箱を引っくり返したような町並みが広がっていた。その中でも特に目立つ―一番高くそびえ立つ高層ビルに魁は早速向かっていった。そこが彼の最初の目的地だ。

人の波が波打つ中を、魁はまるで障害物がないかのようにすいすいと泳いでゆく。ここは彼の地元。そして、わざわざ猫かぶりをしなくても良い、自由の場所だ。しかし、その顔に故郷に帰ってきた喜びの表情はなかった。
 彼の頭にあるのは、先日ジョーカーが宣言したことだった。

――米倉姉妹を仲間に入れる。

 魁はかなり猛反発した。
冗談ではない。どうして関係ない先輩達を巻き込まなきゃいけないのか!
 今まで自分たちだけでやってきけたのだ。最高の力をもつジョーカーの代わりなんて誰にもできない。いたって足で纏いにしかならないのではないか。しかも、ジョーカーの昔の仲間ならまだしも、この前会ったばかりの、しかもまだ学生の、縁もゆかりもない、あのチビッコツインズシスターズだ。

 だが同時に、ジョーカーの説得にも一利あるのはわかっていた。ジョーカーの状態ことを思えば、必要だとわかる。だが、ジョーカーの状態を、後継者が是が非でも必要だという状態だと考えるのが、嫌なのだ。
それではまるで兄のように――

―もうすぐ、死ぬみたいに、言うなよ!

 そうちゃんと言った。だが、ジョーカーはその可能性を見越して言っているのだ。彼はいつもみたいににやにや笑っているだけだ。後継者がいるっていうならもうちょっと大人しくなればいいのに。ちょっとごねたい。
 それをお互いわかっている。
 それがジョーカーにもわかっている。だから、笑っている。なんでもないことだと。笑っている。そんな笑い方をされたら黙るしかない。
――ジン、ワイは今死ぬ気はない。せやけど、いろんなこと考えて進まな、成功できへん。

 魁は結局奥歯を噛み締めて、同意した。双子は夏休みの途中に家に来るらしい。暗号が解ければの話になるが、ジョーカーはやけに自信満満そうだった。

 解けなかったらいい。でも解けても欲しい。嫌な気分だ。

 町は少し埃っぽくなっている。例の紫外線フィルターがないからだ。だが、風は澄んで空は綺麗な青色だ。深呼吸をすると、気持ちが良い。
 気持ちの良いところだが、危険の方が多い。狭い路地で引ったくりなどの被害が多く、天照でも取り返す依頼が一番多い。魁自身その依頼をこなしたことがあった。

 大通りはまだましだ。そして、遊都、もしくは享楽都市と呼ばれるだけに様々な娯楽がひしめいている。それこそ天照系列の子供向けから、歓楽街のような大人向きまで。博打、賭博。享楽と共に犯罪もここには存在していた。
  こんなところに燐や静流が来たら、連れ拐われて売られるな。
そこで、ぴたっと立ち止まった。
 いやーな、本当にいやーなある可能性に気がついた。
……暑さからではない汗が出てきた。
堅い笑顔のまま魁は伝鈴を発動させた。
「ジョーカー、ジョーカー!」
『なんや、いったい』
 魁の顔は青い。
 空も青い。
 ようやく一番高くそびえ立つ高層ビル、天照本社に着いた魁はその入り口の真ん前で、一人叫んだ。
「先輩達、売られずに家にこれるかな!?」





 天照の本社に入ったその真正面に、受付がある。
 そこにはとても美しい女性が訪問者を笑顔で待ち受けている。
「では、こちら、number32、ランクAAの方でしたらこの件を解決するのに最も適した方と判断致します」
 受付嬢である彼女は実際に依頼を受け、瞬時に天照本社に登録されているエージェントの中からその紹介することができる。そして担当の部署に案内する。そこで細かな諸注意や契約を結ぶのだ。その優しい美貌と話術でせっぱつまった依頼人を落ち着かせる。
 早速、依頼がエージェントに通され、契約を結ぶことが決まり、奥から出て来る人もいた。依頼人は来たときよりも幾分軽い足取りで指定された部署に向かった。喜ばしいことだ、と受付嬢は判断した。
「次の方、どうぞ」
「ただいま、リリィ」
 受付嬢の目の前に、幼い、場違いな少年が微笑んでいた。
 受付嬢、リリィの顔に先ほどとは比較にならないほど輝いた笑みがこぼれる。どこからともなくシャッターの音がするがいつものことだ。
 魁はお土産である髪留めの入った紙袋をカウンターに置いた。リリィは普段なら受け取らないエージェントからのプレゼントをそっと受け取った。受け取って胸にそっと抱く。
「ありがとうございます」
 彼女にとって魁は何よりも優先される『特別な人』。その微笑みは喜びを噛みしめたもの。その様子を見ていた魁も嬉しくなる。学園都市で探し歩いたかいがあった。
「早速だけど、いい条件の依頼ある?」
「はい。お待ちしておりました。且つおかえりなさいませ、魁様」
 深々と受付嬢は頭を下げる。そのとき、奥から一人の女性が現れた。顔を上げ、魁を凝視し―
「あ。魁やーーーーーーん!!!」
問答無用でタックルをかました。
「ぎゃー!い、い、和泉さん!?」
「和泉さんっていわんといて!和泉お姉ちゃんやって何年ウチいってんのかなーあははははは」
「ひひゃい、ひひゃいっつーに!和泉さん!」
 両頬を引っ張る魔の手から逃れてショートカットの女性を睨み付けた。両手を離した女性―榊原 和泉はにこにこと笑っていた。愛嬌のある女性だ。大人びているがこう言うときは年相応に見えた。
「お帰り 魁。なに?おみやげがあるよ?わーいウチ嬉しいわ!ありがとう〜いえいえどういたしまして!和泉お姉ちゃん大好きだよ!ウチも魁大好き!愛する弟よー!!」
「一人会話すんなよ・・・まぁおみやげはちゃんと買ってきてるけど」
大きなリュックから取り出して渡した。
「あったりまえやーん。なかったらしばきたおすところやで。でもありがとなー」
「へーへーって今からすぐに仕事に入るんだけど、どんなのだ?」
 和泉は天照の会長令嬢だ。自身も秘書として活躍しているが、本店のことならなんでも知っている。
 和泉はぴたっと動きを止めた。顔は渋面。ストレートに感情が出ている。
「あぁ、むっなくそわるい事件があってな。それ魁にして貰おうとおもっててんけど・・・・」
「けど?」
 歯切れの悪い和泉を促した。
「あんまり子供に見せたない類やね」
 頬をふくらませる和泉に魁は苦笑を返した。人間の闇の部分は見慣れることはないがそれでもそれなりの数の場を踏んでいた。
 それは和泉も知っている。知っているが―知っているからこそ嫌がってくれるのだ。昔からそうだった。昔なじみ――いや、幼なじみに心から感謝する。表にはぜっっっったいにださない。そんなことをしたら・・・・・・・考えるだけで脱力してしまう。
「金になるならなんでも良いって・・・・またJ.Jが散財してさぁ・・・・・」
「あぁ、そういや技術開発部に注文があったなぁ、色々」
「はい。最近も追加注文がありました」
 リリィが肯き、合計金額を魁に告げた。魁に怒りを通り越して笑いと涙がこみ上げてきた。
「・・・・・・・・う、受け付けるなよ!俺んちの財政知ってるだろ!?ブラックリストに載せてくれよ!!」
 リリィは雇い主を見た。こればかりは魁の言葉だけではなんとも言い難い。和泉はへらへらと笑った。右手の形は金印。
「お得意さんやもん。一応金もギリギリでも払ってくれるし」
「それのせいで俺の食事代すらあ・や・う・い・ん・だ・よ!!」
「ウチ、魁はちっちゃいままでいて欲しいな」
やなこったーーーー!!!!