「え」
悠と雅人は聞き返した。
「今日は非番!?」
サトルはにーっこりと笑って、頷いた。
「そゆこと。ってか明日も。昨日頑張ったから、お前らは休暇。遊都観光でもしてきたら?」
「そういうことは事前に教えろよ!」
咆えた雅人にヘッドロックをかましながら悠は聞き返した。
「でも、いいんですか?事後処理とか、手伝いますよ」
なんといっても昨日の今日だ。しなくてはならないことは山ほどあるはずだ。
そのはずなのだが、サトルは苦笑した。
「というよりも………僕から言うのもなんなんだけど……おこらへん?」
「関西弁で良いですよ、サトルさん」
怒りません。
「そっちこそ呼び捨てでええて。えっとなー、オレら無茶苦茶あんたらこき使ってるやン」
「えぇ、まぁ、そうですね」
普通、研修生はガーディアンの補助の補助に使われる。実際の空気を肌で感じ、目で見るのが仕事であって、戦闘に参加することはほとんど無い。
「でな、一応こっちにも研修用マニュアルがあってなー、点数つけて学園に送んねん。けどなー」
「どうしたんですか?」
「こっちにもな、消費点数ってのがあってな。これがゼロになったら、働かされへんねん」
つまり、ガーディアンが研修生を過剰労働をさせないためのものらしい。そして大きな実践にでている二人はすでにこの点数がゼロに近くなっているというのだ。
「日数もかなりもうほとんど無いしな。こっちとしては手伝って欲しいけど、研修生をそこまで深く関わらせてええ事件でもない」
「…………」
つまり、研修生で、本物のガーディアンではないから、働けないということだ。
「……………怒った?」
恐る恐る聞くサトルに、悠は笑った。
「……まさか。残念だとは思いますけど、僕たちが研修生であることには違いませんよ。普通でしたら、ここまで働くこともできなかったですしね」
そう、仕方がないことなのだ。ここで文句をいったところでなにも変わらない。貴重な体験をさせてもらっているのだ。文句を言うわけがない。
「ま、蘭姐さんがなんとか数字をちょろまかしてごまかしごまかしやってたのも無理になってきてな」
「ちょ、ちょろまかしてたんですか………」
「だってー正直人手不足って、あんたらもおもっとるやろ?」
「そう、ですね」
そう、異常なほどここの人間は少ない。10人もいないのではないか。
「それやったら、あんたらをあとで何かあった時ようの予備軍としておいときたいわけ」
ま、ないほうがええことやねんけどな。
「はぁ、そうですか」
では、どうしようかと、思ったときに、ドアのベルが鳴った。誰かが入ってきたのだ。サトルは早速顔をだした。
「はいー?どなたさんで………」
「お久しぶりです、サトル様、相良様、北條様。先程はお見苦しいところをお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
ドアの前に立っていたのは、片腕を包帯で固定させた、麗しの天照受付嬢、リリィだった。
「―――」
昨日の壮絶な場面を思い出して、思わず悠は言葉を失った。
そして、
"――止めろ。Nejimaki product vs. MaGiNa massacre type first title doll――Lily"
"リリィ=ネジマキ"
史上最悪の殺戮人形師の名を冠するDoll――
「あっれー?なんでここにきはったんですか?」
「腕が故障……怪我をしましたので、絡繰≪からくり≫に行くようにと、魁様に申しつけられました。絡繰に問い合わせたところ、丁度こちら様のメンテナンスの日であるというので、こちらの方に来させていただきました」
「メンテナンスってなんだよ」
雅人がサトルに聞いた。
サトルは胸を張った。
「せやから、ここは人手不足やねんて」
「はぁ?」
「…………まさか」
悠はさすがにそれはないだろうと頭の中で打ち消したあと、サトルはあっはっはーと笑ったあと、小さな声で呟いた。
「うちんとこ、エレクトロおらへんねん」
リリィは応接間のソファで座っていた。前に座っているのは悠だった。その隣に雅人はいない。
お、押し付けられた………
サトルは自分は仕事があるからーとか言って逃げた。
雅人は、「俺、こいつ苦手」と本人を目の前に無礼なことを言った瞬間にどこからともなくあらわれた特大ハリセンに沈んだ。恐るべし、天照。
リリィはずっとだまったままだ。会話をする必要がないと思っていそうでこちらからも話しかけにくい。受付にいるときと大分印象が違う。あれ、自分、今日は休暇じゃなかったっけ。精神がガリガリと削られていくような錯覚に陥る。
「…………あの」
ふっと、視線だけあげたリリィとばっちり目があう。その眼球の奥にレンズが見えるので、やはり彼女はDollなのだと改めて思う。
「なにかご用でありますか」
「――いえ」
冷たい声に思わず否定の言葉がでてしまった。あー、早く解放されたい。それか早く雅人が覚醒してほしい。起きたら真っ先に彼女のところに来るだろう。……返り討ち決定だが。
「……相良様」
「え!?」
リリィがこちらをじぃっと見ていた。その眼力に思わず顔が引きつる。
「あの、その……」
と口ごもったたのは、リリィの方だった。何か思案する彼女に、悠はなんでしょうか、と促した。
「相良様はルトベキア学園の生徒の長であると聞きました」
「はい、一応生徒会長ですが……」
「魁様は、学園で大丈夫でしょうか」
リリィの表情は硬質なものから一転し、大切な存在を案じるものになっていた。美しいリリィの変化に、悠は思わず赤くなった。
「学年が違うので、詳しいことは判りませんが――」
自分と彼の接点と言えば、そう、ガルム事件のときだろうか。
あのときの事を思い出しながら、悠は食い入るように見つめてくるリリィに告げた。
「大丈夫だと、思います。彼は友達を護ろうと身を盾にできる優しさがあります。そして、彼の潜在能力はなかなかのものですよ」
「そうですか……。わたしがおそばにいられたら、良かったのですが、連絡もままならないので、とても、心配なのです」
国家機密を多く含んでいるルトベキア学園は通信統制が厳しい。緊急の連絡でない限り、電話も手紙も許されない。許可されたときもその内容は調べられている。
「それは、皆同じ事ですよ。僕の両親も帰省の度に同じ事を言っています」
「…………そう、ですね」
「…………あの、失礼とは思うのですが、質問してよろしいですか?」
悠の唐突な言葉に、リリィは頷いた。
「貴女は――いえ、水澤君は何故、貴女の主人なのですか?」
今までは、単に誰かが買い、魁に譲り渡したのかと思っていた。確かにリリィを"Doll"と見たら最高級のもので、なかなか手に入らないものだろうと思っていた。
だが、
だが。
だが、彼女はあの、殺戮人形師、螺槇の名を持っている。それは彼女自身が戦闘――殺戮――用人形だということにほかならず、普通の人間が手に入れられるものではない。そして、螺槇が作ったDollの破壊はガーディアンの任務の一つでもある。
人形の瞳は瞬くことを必要とせず、視線は固定されたまま。
「螺槇の作品である、貴女が、何故――」
螺槇の名に、リリィの瞳が揺れた。
その、口が、開き―――
悠の頭上が暗くなった。
「は?」
悠の真後ろに巨大なハリセンが現れていた。その大きさは、雅人を一発でのしたものより二回りは大きい。
ズ・ズ・ズ……
「へ!?」
「おのれ、小僧!よくもリリィさんを傷つけたな!」
「KILL YOU!GO TO THE HEAVEN!」
「ツッコミの露と消えるがいい!」
何故か天井の方から声が聞こえてくるんですが、何か。
「「「我ら、リリィさん親衛隊が天の裁きを加えてくれるわ!!」」」
「ちょっちょっちょーーーー!!」
わたわたと、その場から逃げる、が、どういう仕組みなのか、ハリセンが悠を隅に追いつめた。
じりじりと間合いを詰められる。一応研修生としての自覚が、悠に、マギナを使わせない。
「いや、あの、平和的に解決を」
「「「リリィさんの平和が守れればそれでよし!」」」
こいつら、最悪だ!
ハリセンが一度大きく仰ぐ。一気に押しつぶす気だ。
悠は覚悟を決めた。
「「「しにくされー!!!」」」
影が一気に濃くなり、
「何故かと問われましても、それはとても安易な解答しか持ち合わせておりません」
そして、そのまま止まった。
開いている片手で、ハリセンを支えながら、リリィは頬に微笑を作る。
「リリィ、さん」
リリィは振り返った。とろけるような、決して人形では出せない柔らかな笑顔に、図らずも顔が赤くなる。
「魁様に救われたのです」
そしてその笑顔を顕すことができる皮肉なまでの高性能は、"血"ではなく"愛"を浴びる。
「その手に血濡れた刃を持っていたわたくしを、魁様は抱いてくださいました。ただただそれだけのことであります」