章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

08.恋は下心、愛は真心と言いまして


 

「じゃぁ、あんた達どうするんだい?」
 ぇ、と振り返る悠と雅人に、蘭は苦笑でもって返答した。その手には、マギナの出力検査装置がはめられている。これで体内にあるマギナの波長などを記録するのである。
「ウチらは、これから修理してもらった武器の調節に入るけど、ぶっちゃけあんたらつまらないぜぃ?」
「どうするっていったって・・・・」
 雅人と顔を見合わせるが、することが思いつかない。英雄を捜すという目的も手がかりがない状態に戻ってしまった。雅人はそもそもお見合いから逃げることを目的としていたため、別段遊都ですべきこともない。
「観光でもしてきなよ。ほら、悠、よくあんたの隣にいた・・・・」
「桐子ですか?」
 あぁ、そうそう。蘭は眉間をほぐし、学生時代を振り返った。馬鹿なことばかりしていた気がする。
「それとあの右京左京の女の子バージョンな双子がいたろ。おみやげでも買って帰ってやれば?」
「雅人、そうするか?」
「まー、お前には桐子のご機嫌取りが必要だろ」
「う・・・・そうだな」
 相談無しで神戸ではなく遊都に研修先を変えた。おそらく、怒っているだろう。
 お勧めは、遊都名物ハリセンだぜぃ!とのアドバイスを貰ったが、
「渡した瞬間に振り下ろされそうだ……」
「だろうな」
 出かける準備をして、外に出た。
「暑い・・・」
 一瞬、目の前が揺らめいた。
 遊都には紫外線シールドがないからだとは分かっているが、慣れない。紫外線から肌を護るために神戸や技都ではない特殊な素材の服を着るから余計に蒸す。隣で雅人が上着を脱ごうとするのを拳で止めた。DNAが破損するぞ。
「さてと、観光がてらおみやげを買うか」
「さっさと店ん中はいっちまおうぜ」
 まったくもって同感……とあたりを見回した。
 人は意外に多く、活気に満ちている。治安が悪い悪いと言われつつも、この遊都では遊都なりの生き方がある。
 通天閣に行ってみるか…と独りごちたとき、一つ先の通りで見知った二つの黒髪が揺れた。
「あれ……?」
「どうした?」
 もう一度よくよく見ると、その隣には眼鏡の少女がいる。何かから隠れているのか、物陰に隠れて進んでいる。
「あれって、燐君と静流君じゃないか?」





 魁は、時計を見た。時刻は十時五分前。
 そろそろだろう。
 とある喫茶店の外の席に、魁は座っていた。これも依頼人の指定だった。今回の服はやけにちゃらちゃらしたものだった。というか、なにこのなんちゃってホスト。確かに、この手の服装は格好いいと言えば格好いいのだが、サイズが合っていても魁の外見に合わない。頑張っちゃった子供なの感が、ものすごく出ている。が、それでもエンのおかげでまだましになっていた。
 女装でなかっただけ、まし。
 そうやって自分を慰めた。
 睡眠時間三時間は魁に特大のあくびを――
「…………」
「…………フフ」 
 横から突然出てきた人差し指が、魁の大きく開いた口の中にあった。そして、手を元に戻し、魁の前の席に座った。
 さらりと、髪が頬にふれた。
「久しぶりだ、ジン――魁の方がいいか?」
「今はそっちの方がいいな。久しぶり。元気そうだな、里佳」
 里佳は静かに微笑んだ。
「君は、相変わらず無駄に不幸を背負った顔をしている」
「うるせー………!」
 里佳は喉の奥で笑った。
「本当に、君は面白い」
「笑うとこじゃないだろ……。あ、和泉さんは今日は来られないって」
 里佳の表情が翳った。
「あぁ、聞いている。和久殿が怪我をしたのだろう?後でお見舞いに行こう」
「ん。………それなら天照集合で良かったんじゃないか?」
 メニューを見ていた里佳は視線をあげた。
「いや、彼が来るかもしれないからね」
「連絡先知ってるのか!?」
 里佳は首を横に振った。
「情報を流しただけさ。遊都繁栄応援団が今日ここに集結と」
「お願いだからその名前やめない?」
「何故だ。公平に決めたんじゃないか」
「君ら三人とオレら二人だったら多数決で必ず負けるんだ!」
「人生とはそういうものだ」
 納得できねー!!と魁は悶えた。里佳は机を指でとんとんと叩いた。その顔は若干不満そうだった。それもそうだろう。応援団員が全員集まれる機会はめったにないのだから。
「…………っていうか、ほんと天照に手を回して俺の仕事にするのやめろよ……」
 友達と会うのに、仕事――金を貰うだなんて、嫌だ。
 だが、毎回同じ台詞を聞いている里佳は、毎回同じ台詞を告げた。
「こうでもしないと君の時間は取れない」
「………いやさ」
「天照に依頼すれば、和泉には伝わる。それに魁を呼べばもれなく椿もついてくる、そうだろ?」
「…………俺は餌か」
「ではわたしは太公望だな。それに、この"会議"の費用は全てジン持ちだ。これで収支があう」
 報酬金は会費よりも遙かに多いというのに、里佳はうまいことを考えたと頷いていた。
「貰える物は貰っておけ、魁。君には護るべき者達がいるのだから」
 いつもこうだ。やっぱり自分には女難の属性があるんだ、そうに違いない。くそう。
「イソラはどうした?」
「日本海の荒波が呼んでいるんだってさ」
 コムド ドラゴン コーヒーと遊都パフェを一つときなこドーナッツ四つ頼むと、ウェイトレスに頼み、メニューを渡した。友人の安否を不安げに告げる。
「あの方面は過去に放射能もれがあったと聞くが……大丈夫だろうか」
「……イソラが行くところだからな。そこそこ安全でそこそこ危険だろ」
 日本海側に原子力発電所を馬鹿ほど作って昔の人間ばっかじゃねぇの?とか某医者が言っていたことを思い出す。敵視されていた国が近くにあるというのに、撃ってくださいとばかりに建てて。冬にでも爆撃されてみろよ、北風で太平洋側まで放射能に汚染されてたぞ、と。
 放射能における許容量なんていうのは政府の責任逃れのための一言だ。"許容量"というのはあくまで医療において必要にかられたときでしか使ってはいけない言葉だ。浴びても許容量の範囲内だから大丈夫、というのは詭弁だ。毒は毒でしかない。放射能は人の手に余る猛毒だ。
「…………もの凄く不安になってきた」
 久しぶりに胃がキリキリしてきた。
 胃を押さえる魁に、里佳は一緒に肯いた。
「まったくだ。……わたしの友は、心配ばかりかけてくれる」
「え、何。俺もかよ」
 当然だ。
「一人、遠いところへ行っているうえに、近くにいても危険な仕事をしている」
 視線をそらすしかない。魁は二酸化炭素入りの砂糖水を呑んでごまかした。ぐびぐびぐび。むせそうだ。
 和泉が変化球とすれば、里佳は直球だ。話題を変えようと、必死に頭の中を探る。
「あ」
 大切なことを思い出した。
「里佳、この前椿に会った」
 一瞬、里佳が止まった。そうしてすかさず一言。
「どうして、捕まえておかなかった」
 何を危険発言しているんですか、お姉さん。
 魁は一通りの事を告げた。その間に来た遊都パフェのクリームを掬いながら聞いていた里佳は途中から眉を顰め始めた。
「っていうことなんだけど」
「それは、本当に椿だったのか?」
「それは間違いないな。大体嘘をついてどうなるんだ?」
「それはそうだが……」
 何かが引っかかるのだろう。里佳にしては行儀が悪く、スプーンを咥えていた。まるで、喉に魚の骨が突き刺さったような里佳に、魁は首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「いや、椿が襲われていた女の子を助けたというのが解せない」
「え、なに、その椿鬼畜説」
「あの男なら、そういう状況だと、自己責任といって助けないはずだ」
 いや、まぁ、それもそうだけどさ。
 面倒から極力逃げていた彼のことだ。たとえ前に絶世の美女がいたとしても助けないだろう。まぁ、気が向いたら盾に通報するぐらいは(あくまで匿名で)すると思うが絶対に手は出さない。
「……静流――助けた女の子は僕の友達だよ?」
 そこだ。と里佳は鋭く突いた。
「確かに、君の友なら彼も助ける――気はするが彼女が君の友だと、どうして彼に分かる」
「――――…………あー。人間が円くなったに一票」
「金を賭けるか?」
 すみません、嘘です。
 薄情な会話が続いているが、いつものことだ。魁も魁で注文した生クリーム&砂糖(合成甘味料)満載の超絶激甘パフェを食べた。どうせ自分の金である。この会議の時だけ少々の贅沢を自分に許している。
「生きていると分かっただけありがたいよ」
「……それもそうだ。いなくなったのも突然だったが、帰ってきたのも突然だな」
 椿らしくていいんじゃない?
 それもそうだと、里佳はきなこドーナッツを一口食べた。