章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

08.恋は下心、愛は真心と言いまして




「動いた」
 ターゲットの二人が会計をすませに立った。
「へぇ。魁君が払うんだ」
「悠、任せた」
 振り返ると明後日の方向を向いた雅人がいた。
「いうと思ったよ。会計すませておくから、彼女達を頼むな」
 へーへー。
 燐が口を挟もうとしたが、静流が後ろに引っ張った。
「ありがとうございます。先輩」
「ちょっと、静流……」
「燐さん?魁君を見失ってもよろしいんですの?」
 確かにここで言い争っていたら、後をつけれるものもできなくなくなる。
「後で、返しますから」
「別にいいよ」
 でも、とまだ続けようとしていた燐の腕をとって、静流はにこやかに一時の別れを告げた。


「なぁ、男をつけ回して何が楽しいんだ?」
「わたくしはお世話になった方にご恩返しをしているだけですわ」
「ガキじゃあるまいし……」
「ぶつくさ言うなら、帰っていただいて結構ですわ」
「静流」
 燐に睨まれて、静流はつんと横を向いた。
「だいたいなぁ。あのチビガキがどういう暮らしをしているのかしらねぇけどよぉ。別に監視なんか必要ネェだろ。ここが地元だろ?」
「そういうのは淳子さんにいってくださいな」
 でこぼこコンビはかろうじて人並みのなかで見え隠れしている。今はビデオカメラを構えてはいないが、見失うと一苦労だ。雅人がいるとはいえ、そこまで町に精通しているわけではない。
「どっかのだれかさんが掠われた夜だって、余裕で大丈夫だったじゃねぇか。お前らが思ってるよりあのチビガキ、まともだぜ?」
「魁は……」
「学園じゃ、もたついたガキんちょだがよ。学校と家じゃ全然違うなんて良くある話だろ」
「少々――杖をお使いになるまで静かにしてくださりません?」
「はぁ?マギナ使ったら、悠に殺されるだろ」
「…………意味が違うのですけれど、それでもいいですわ」
 マギナの【杖】ではなく、老人のつく"杖"の意味だったのだが、雅人はマギナを使うほど馬鹿じゃないと文句を言った。
「ヒトのデートつけ回すなんて、趣味悪いぜ?」
 ぐさ。
 燐の胸に特大の包丁が突き刺さった。
「年に一回……あー、二回くらいしか会えねぇんだし」
 ひねりが入って、血がだらだら溢れないのが不思議なくらいだ。血管に空気が入ったら結構致命的だ。
「デートと決まったわけではありませんわ。それなら、魁君はおっしゃいますもの」
「……あのチビガキがお前らにそんなこと言えるとは思えん……」
 ぜってぇ、秘密にしとくな。
「なんでですか」
 雅人は二人を見下ろした。
「今、つけ回してるお前らが簡単にソウゾーできるだろ」
 ぐぅも言えなかった。
 魁達はというと、色々店を見ているものの中には入ろうとはしていない。
 楽しそうに話をしていて、こちらに気づいていない。
 寂しい。
 そのとき、急にヒトの壁があつくなり、一瞬姿が消えた。
「あ………あれ??」
 燐は歩けなくなった。どこを探しても髪の長い女性と、ポニーテールをした少年の姿は見あたらない。
 先程から喧嘩口の二人もはっと辺りを見回した。
「やべぇ。悠に殴られる」
 二人の姿は消えていた。

 とっさに、走り出す少女二人を雅人は捕まえた。
「もう、いいんじゃねぇ?ほっとけよ」
「駄目!」
「駄目ですわ!」
 これだから、女ってのは。
「嫌でしたら、ご自分だけお帰りになられたらいかがです?」
「遊都でまた誘拐されてぇのかよ。二度あることは三度あるらしいぜ?」
 静流の形相が恐ろしいことになった。
「静流。杖、杖が光ってるわよ!」
 チラチラと火花を散らしていた。エンの指導の元、簡単な攻撃専用の【陣】を学んだことが反射的に出ている。この夏で大分――あまりよろしくない方向に積極性がはぐくまれている親友に、燐は影で涙した。
 杖が光っているのをみて雅人は愉快下に口角をあげたが、すぐにさがった。
「これだったら、チビガキツインズの方がお守りが楽だな」
 心外だ。精神年齢10歳児以下のあの特殊な双子の先輩達より駄目なのか。
「アイツらだったら、さっさと情報集めて結論出してる」
「それは先輩達がリサーチャーだからじゃないですか」
 私達は違います。
 雅人の手を振りほどき、辺りを見回す。
「うー。行くならこの裏道かな?」
「おい、行くなら俺の側から離れるな」
 まったく、これだからがきんちょは。
「着いてきてくださるなら、そのお口にチャックをかけてください」
 見あたりませんわねぇ。
 ビルとビルの間の狭い路地に入るが、どこを見てもいない。
「どこいったんだろ?」
 辺りを見回していると、急に雅人に腕を引っ張られた。
「――なんだぁ。てめぇら」
 ドスをきかせた声の先には2,3人の男がいた。
「先輩、それだと、どっちが不良か分かりません」
「女を庇ってる方が正義に決まってるだろ」
 気分的に人質なんですけどー。
 強制的に背中に回された二人は、首だけ出して覗いた。
 そこには燐の目にも高そうなカメラを構えた男達がお互いの顔を見合わせていた。
「んだよ」
 雅人の言葉に、ようやく一人の男が一歩前に出た。背中を丸めて、辺りを見回している。
「――見つかったか?」
「はぁ?」
 男の意味不明の言葉に雅人の眉が急角度になる。
「ほ、ほら、君たちも探しているんだろう?ぼ、僕たちもつけてたんだよ。見失ったんなら、一緒に探した方が……」
 静流と燐は顔を見合わせた。
「……魁の、こと?」
「それにしてはちょっと格好がおかしいのですが?」
「てめぇ、俺のお気に入りに何のようだ!?」
 ひぃ、と一歩、二歩と下がるが、他の仲間の激励に、男はゴキブリのように戻ってきた。
「な、わ、我々も、お気に入りだとも!いや、我々の方が大事に思っている!至幸の存在なんだ!お、お前だけのものじゃないんだぞぉ!」
 男達がカメラ片手、団扇片手に雅人に(無謀にも)襲いかかった、が。
「あぁ?んだと、こらぁ!!」
 雅人が拳をあげる。
「先輩!」
「ぼ、暴力はいけないんだぞ!!」
 急停止した男達は一致団結して抗議の声を上げた。
「”ラブ安堵ピース”が我らファンクラブのー…………」
「だったら、ストーキングしてんじゃねー!!」
 先頭の男がまず吹っ飛び、その先にいた男達にぶつかって全員がそのまま倒れ崩れた。
 訳も分からず立っている燐達が目を瞠る中、跳び蹴りをかました魁はついた手から汚れを払った。
 そして、
「よし、ストライクだぞ、魁」
 ビルの屋上へ向かう階段から、里佳がにやにや笑っていた。そしておもむろに燐達に視線を向けた。
「いや、すまんね。我がファンクラブの者がちょっと勘違いしたようでな」
 いやぁ、美人は罪だな。
 倒された男達は顔を上げ、目を輝かせた。
「RI、RICCA様!!」
「はぁい、みなさん。今日はユックリ休みたいから、邪魔しないでくださいねー」
 うおぉぉぉぉ!!と歓声を上げて写真を撮り、撮り、撮りまくる男達に、魁は笑顔で石を構えた。
「逃げた方が、いいですよー。わたしのお友達、しつけがなってませんからー」
 は、はーーーい。
 魁というよりは、雅人の方を見てから男達は走り去っていった。拳を固めたまま、雅人の目は点になっていた。
「……な、なにがあったの?」
「……どうやら、用があったのは女性の方の方だったようですわ」
 上を見上げると、にっこりと黒髪美女が手を振っていた。
「……なんであんなにあいつらがいるんだろ?情報が漏れてたのかな?」
「んー、今回は魁は気にしなくても良い。ちょっと近々こっちでライブがあるんでな」
「ふーん」
 魁は燐達を振り返った。
「……で、なんで燐達がここのいるの?」
 っていっても、どうせジョーカー……淳子さんがらみでしょうね、ええそうでしょうね。いや間違いなく。
 後で堕とす。そう何度目になるのか、誓った。
「え、あ。あはははは」
 まさにその通り、(もちろん燐の私情は別として)なので笑ってごまかすしかない。
「おーい、なんか変な奴らがこっちから出てきてたけど、大丈夫だった?」
 悠が表から顔を覗かせた。ようやく追いついたようだ。
「悠。おせぇ」
「お前が喰ってたもんの会計に手間取っただけだ」
 後で払えよ。
「それにしても、尾行、ばれたんだ」
「あぁ、それについてはほぼ最初から知っていた」
 上から降ってくる声に悠が顔を上げると、見るからに固まった。
「え?」
「あ?」
「ん?」
「燐、静流。先輩がいるからってあんまりこういう路地に入らない方がいいよ?」
 魁が年上連中を無視して燐達に小言を言い始めたそのとき、悠の大声が、裏路地から空へと駆け上がった。
「まさか、り、RICCA!?歌姫!?え、うそ!?」
「おぉ。魁、わたしの知名度はルトベキア学園にも響き渡っているのか」
「いや、多分先輩が神戸の人だからだよ」
 里佳と親しげに会話している魁を交互に見比べて、悠は両手拳を握りしめた。
 全身全霊、叫ぶ。
「お願いします!サインください!!」
 できれば”桐子さんへ”を書いてください!!
 ……どうやら、おみやげの一つが決まったようだ。
 雅人は握った拳をどこに向けようかと考えていた。



 あれから寝ていない。
 和泉はふっと襲いかかってくる睡魔を追い払った。
 ショックと興奮状態で眠気を感じなかったが、さすがに限界に近づいていた。
 兄の仕事を父が請け負い、自分はその補佐をした。
 結局、自分は何かの手助けしかできなくて、先導に立ってすることはできない。便乗。こればっかりだ。かといって、天照を背負えるだけの力はない。
 リリィは先程帰ってきて、そのまま和久のところにいった。彼女とここのシステムは繋がっているから、直接受付する以外の仕事はこの本社にいるかぎりどこにいようとできる。
 そして今は自分がメイン受付嬢だ。仕方がない。他の受付嬢もいるが、みんなメインをしたがらない。
「……はぁ」
 あかん。これは魁の専売特許。魁のアイデンティティー崩壊の危機や。
 呟きに、思わぬツッコミが入った。
「まって。僕ってそんなにため息ついてる?」
「和泉、魁は慢性的幸運欠乏症だからなんどため息をついても被害はないが、君の場合は大変だ。そしてそんなことをしたら私が哀しい」
 顔をあげると、渋面の魁と八の字眉の里佳が立っていた。
「あれ。きたん?」
 二人は頷いた。ちゃらちゃらした服を着ているはずの魁は外見相応の(別にチビじゃりっていうわけじゃないが)服で、帽子を被って長い髪を隠しているし、里佳は黒縁眼鏡にぴっちりした七三わけの前髪プラスお下げで、どこぞの真面目委員長のようだ。学校に行ったことないからすべて二次元から仕入れたイメージだが。
「あれ。今回のコンセプトは格好いい男の子が地味系女の子をデートにさそって女の子を美人に羽化させるってやつちゃうかった?」
 それにしては魁の服がそういったものではない。
「あぁ。それは地味な格好をしたのはいいが、わたしの美貌を隠しきれなかったんだ。残念なことに、"ちゃら男、お姉様に痛い目にあわされ真実の愛に目覚める"に急遽変更に」
「里佳、僕、そんなの聞いてない」
「当然だ。言っていない」
「その割に魁がちゃらくないねんけど」
 魁と里佳は顔を見合わせてから、笑った。
「ちょっと、いろいろあって」
「やはり、最初のコンセプトもよかったなっとおもったわけだ。うん。やはりこういうギャップ系のシチュエーションは萌える」
「断言するな。里佳のシチュエーション萌えがっ」
「もうちょっと魁が大きくなってくれれば、"女教師、生徒との禁断の愛"ができる」
「椿とやれ」
 だが、里佳はうっとりと虚空を見つめたままだ。無視して、魁は正直に言った。
「ちょっと、後つけられてたから、観光しながら服変えてまいたんだよ」
「RICCAのファン?」
「………僕の友達と先輩」
 友達、と断言するということは。あの女の子達のことだろう。喋ったことが昨日のことは――あれから一日も経っていないことが信じられない。
「燐ちゃんと静流ちゃん?なんで?一緒にくればよかったやん」
「そうなのだよ。わたしに紹介してくれといったのに、この男、どうも二人を独占したいら……」
「ちゃんと来てるよ。……来てなかったら僕なんていわねー」
 小声で付け足した。
 視線を入り口に向けると、こちらを伺っている四人組がいた。燐が頭を下げる。
「なにしとん?」
「いやね、この可愛い少年が女神のように美しい私達を独占しようと」
「こんな友達を本当に紹介したくなかったよ」
「で、その本意は」
「里佳と和泉さんにネコ被ってるとこ本気で見られたくないっ」
「けちんぼ」
 一人怒っている魁を軽く意識から消去して、和泉は久々にあった、いつもと変わらぬ友達にほっとした。
「そっちはどない?」
「ぼちぼちピンク系バラ色が開花しそうだ。和泉、この度は大変な目にあったな」
「…………せやね」
 ピンク系?面白そうという前に、
「和久殿の具合はどうだ」
 一気に浮上しかけた気分が墜落した。谷底に落ちていく。
「………気にするな、言われたわ」
「家族が気にしないで誰が気にするんだ」
「ほんまや。兄さんはなんもわかってへん」
 腕を切り落とさなくてはならないと告げられた兄の顔がちらついた。
 今の時点でも、指を二本失っている。その指はどこを探しても、骨すら残っていなかった。マギナの力はたやすく人を傷つける。目の当たりにして―芯までぞっとした。
 それを、魁のような子供が使うのだ。いや、魁は十二のころからソレをヒトに対してある意味合法的に使ってきた。
 今まで魁やJ.J、エン――天照のマギナ使い達を自分と同じだと思ってきた。
 だが。
 たった一言、たった一吠え。それでヒトを殺すことが出来る。
 後ろにいる少女達をみる。あの子達も一瞬で人の命を奪えるのだ。
 その、力は。
 魁の方に殆ど視線を向けれなかった。
 魁が心配そうに見ているのが分かっていた。
 だが、今はまだ無理だった。
 下手すれば、魁を傷つけてしまう。
「和泉さん。和久さんのお見舞いできる?燐達もお見舞いに来てるんだ」
「うん。今は大丈夫や」
 下手すれば・・・・・?いや、確実に、だ。
 今まで護ってきて貰ったその力を、初めて恐ろしいと思った。
 肩を叩かれ、心臓が跳ね上がる。
「和泉。ところで明日のことなんだが……」
「……ぇ、ぁ」
 心配そうな、親友の顔。それで一気に本来の用事を思い出した。
「あ、ああ。それは大丈夫や。準備もばっちり。あとはリハーサルと本番だけや」
「……和泉さん?里佳?なんのお話をしてるの?」
 ………の?
 和泉と里佳は肩を抱き合った。
(おい、なんなんだ。あのショタ属性全開モードは)
(あ、あかん。笑ってまう………昔はあんなんやったんやで?)
(な。なんだと!?まさに歩く犯罪誘発剤だな!)
「おい、聞こえてるぞ!せめて聞こえないように言ってよ、二人とも!!!」
 畜生、だから嫌なんだ!!