章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

11.眠る過去の揺り籠の夢


 
  
ボタンを押すと、青いランプが連鎖的に灯っていく。
 起動音が加速して、何度か空気の温度が上がる。
 呼吸を始めた機会達の中心、ジョーカーの頭の丁度上に一台の大型ディスプレイが降りてくる。
 起動。
 そして色が現れた。
 そこには一人の男がいた。
 後ろで括られた白髪。
 まなじりがきゅっと上がった狐目。
 絶えず浮かぶ皮肉気な口元。
 胸から上だけのその映像の主は黒のスーツを着こなしていた。
 それはいつか見た写真の主のそのまま年齢を重ねた姿。
 ジンは軽く目を疑った。何故かまともに見える。スーツマジックだ。
 狐は口を開けたままの二人を見て、一言。
≪おっはー!≫
「なにからなにまで台無しだ!」
 神速のツッコミがその場をむなしく切り裂いた。

≪こんなところから、すまんな。なにせ下な状態やさかい、許して≫
 下を指さし、へらへらと笑うのはいつものジョーカーだ。
 下、城之内條太郎の体との落差が大きく、双子は困っているようだ。
 画面と本物を交互に見て、首を傾げている。
 六柱が一人がこんな状態だと、誰が想像できるだろうか。
 下を見て、ジョーカーの顔が曇る。
≪うぅ。むっちゃ痩せとるワイをみんといてーはずかしー男盛りやのにー≫
「床ずれしてないだけ、有り難いと思う」
 それもこれもエンがかいがいしく介護しているからである。
 しかもリンパ液がきちんと循環するように定期的に【歌】まで謳う。
 治療費は払っているそうだが、もうちょっと家計の助けをしてくれてもいいんではないだろうか。
≪まぁええは。お二人さん、よぉ来てくれはった≫
「…………」
 双子は視線を合わせて、軽く頷いた。
「お会いできて光栄です」
「ですが、私たちは馴れ合う為に来たのではありません」
「「それゆえに、さっそく本題に入っていただきたい」」
 ジンも壁にもたれ、頷いた。
「俺も同感だ。さっさと終わらせろよ」
 今日は予定がぎっしりあるんだ。
≪……みんなせっかちやなぁ。もっと心にゆとりをもたなぁあかんで≫
 まぁ、ええけど。
 ジョーカーは、にぃっこりと笑って、人差し指の上に、星がきらめいた。
≪わいらの仲間にならへん?≫
 わぁい、むっちゃなれあいやぁ!
 ジンは、そんな大人をみて、もうちょっとまともな言い方が良かったな、と思いました、と思った。
 双子をみると、あっけにとられている。
 これは、あれだ。子供はみちゃいけません!っていう状況に似ている気がする。……自分より年上だが。
「仲間、ですか?」
≪そーそー、主な仕事内容はリトルエースのお守り≫
「って、俺かよ!?」
 自分の仕事――ネメシスのプログラミング――じゃないのか。
「主ではない仕事内容は?」
 ―――っ!?反応良好?そんなばかな。
≪んー。わいの仕事のバックアップ?≫
 一人の方が集中できんねんけど、そんなこと言ってられる状況でもないし?
「私たちの力をかってくださるのですね」
≪まぁ、そんなとこ≫
 ジンはあまりに身近すぎて理解していないが、城之内條太郎の名はとても大きい。特にリサーチャーともなればその名は絶対である。
 だからこそ、双子がこの提案を一蹴せず、興味を持つことはある意味当然なのだが。
「……それで、私たちになんの利点があると?これは友人を裏切ることになることです」
 ジンが学園で今までと同じように騒動を起こすならば、それはすなわち、生徒会の敵である。
 もちろん、あと一年もしないうちに卒業となり、関係なくなるが。
 そう考えると、今、この時期にすべきことなのか。ジンはいぶかしんだ。
≪……んー、まぁ、わいの元で働いてもらうんやし、最低限の技量は持ってもらわなあかんから、それなりのことは教えるけど?≫
 ジンは頭を抱えた。双子は、稀代のリサーチャーだ。道化師の再来とも呼ばれている人たちである。
「今の我々では役不足ですか?」
 それだけのプライドがある。
≪そう思ってたら、こんなさそわへんよ。能力はかってるよ≫
 画面上の男は笑顔を絶やさず――とても、うさんくさい。
 そして、立てた人差し指を、そのまま唇に当てた。
≪まぁ、あとは――せやなー………ほんまもんの、リサーチャーの力、知りたない?≫
「え?」 
≪いやいや。まさか、【核】やフロンティアの操作がリサーチャーやと思ってたん?こんなん、マギナなくったってできるやろ≫
 まぁ、【核】の発動は無理やろうけど。プログラミングやったらできるで。
 と、リサーチャーの創始者はケラケラと笑った。
≪まぁ、仕事的にはリサーチャー“探求者”であってんねんけどな≫
 RESEACH――調査、研究すること。
≪わいはほんまはRESEACHやなくて――SEARCHER、ほんまもんの“探索者”や≫
「……どういうことです、か」
≪んー自分の能力を全部みせてやるほど、良い子やないってこっちゃな≫
 もったいぶった言い方にジンはあきれる。
 さっさと言えばいいのに。

 考えてみてほしい。
 ジョーカーはことあるごとに、ビデオカメラ、携帯電話からの情報として情報屋を演じていた。もちろんフロンティアもあるだろう。
 だが、こんな普通の町に、復興途上の町に、ビデオカメラがそれほど設置されているものだろうか、貧困のものが、携帯電話を持っているものだろうか。
 ましてや、闇うごめく“裏”に、カメラなど、設置し続けられるものだろうか。
 たとえあったとしても、静流の護衛がホテルを出て、家に来ることがわかるものだろうか。
 たとえあったとしても、リリィの聴覚を切っているかどうか、わかるものだろうか。
 情報処理能力だけで、たった3分で全てを知り得るだろうか。 

 答えは否。 

 情報の申し子は宣言する。
 研究所にもばらさず、ばらさぬためにフロンティアや情報収集機器を開発させた男の能力。
 
 かつて、マギナを持った子供達が国家機密として秘密裏に集められたなか、自ら研究所に現れた、したたかな少年がいた。

≪わいの力は“アウターネット”。まともなころは、外界に向けてマギナの糸を張り巡らし、半径5kmの情報を収集できた。まぁ、ある一点だけやったら最高10キロ先までオッケーみたいな?≫
 弱点は大気が乱れる雨だけやな。糸が乱れて気持ち悪い。
≪最大の特徴は、ほかのマギナ術式が自分の内側から外にだすのに対して、アウターネットは逆、外から内側に入っているってことやな。自分らもわかるやろ。マギナの揺れとかな。あんなんの延長や≫
 ――だからこそ、声の出ない今の状況でも、ジョーカーにとって最低限の情報が手に入る。
≪慣れたら、楽しいでー、最初はうざいけどー。ご近所様の秘密がっぽりがっぽりー。家にいてストーカー行為し放題ー!≫
「やめれ、変態」
 昔、兄と遊ぼうとするたびに妨害されたことを思い出した。どおりで、姿形を隠しても見つかったはすである。
 双子が顔を見合わせ、相談し始めたとき、扉がいきなり開いた。
 ノックはない。
「おい、時間だ。さっさと行け」
「うげっ」
 にゅっと伸びた手に襟首を捕まれたジンは勢いよく外に放り出された。
 バタンと閉じる。
 金髪の美青年、エンがにらみつけている。
「エンっ。まだ時間あるだろ!?」
 こんなの、生殺しだー!
「電話がうるせぇんだ。さっさとマイクロチビ軍団のとこに行ってこい」
「こんなときにいけるかよ!」
 エンの眉間に皺が寄る。
「あ?俺に逆らうってのか」
「えー、いや、そういうわけではないんですけれども、やはりこういう大事なときにはその場にいたいといいますか」
 急に腰が低くなるジンに、エンは指を突きつけた。
「どっちの約束が先だ」
「……エリュシオンです」
「先の約束は?」
「後より優先です」
「ってことは?」
「………でもっ!」
 心配なんだ。
 うなだれるジンの頭をエンはこづいた。
「っつーーー」
「16のガキに心配されるほど、馬鹿狐もこの俺様も落ちぶれてねぇよ、このどあほう」
 さっさといかねぇと歌うぞ、こら。
「……じゃぁ、一つ聞くけど」
「んだよ」
「もし、二人が仲間になりたくないといったら、どうする?」
 エンの手に力が入る。見下ろす先の少年は、忘れがちだが、思っている以上に闇を知っている。
「………」
「新学期に先輩達がいないっている状況は困る」
「綺麗事じゃ進まない」
「綺麗事をなすのが最良だ」
  …………さて、と。
 渋面のエンに、ジンは指を突きつけた。
「だから……何が何でも引きずり込んでよ」
 本当は、他人なんて入れたくない。
 だが、ジョーカーのすることだ。意味は見えなくとも、成果は出す。
 真摯なまなざしに、エンは肩を落として、一言。
「……………かったりー」
 うおぉい!
 部屋に戻ろうとする少年の三つ編みをつかむ。赤い瞳は挑発的だ。
「まぁ、みてろ。この俺が口説き落とせなかったやつぁいねぇよ」
 言い終えた瞬間、電話が同意するように、高らかに鳴り響いた。