章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

11.眠る過去の揺り籠の夢


 
    これは、一体どういう事だろう。
 双子達はこの状況に困惑していた。
 リトル・エースがいなくなるというまさかの事態の後、現れた人物、達。
「……おまえら、学園で何食わせてもらってきた?」
 ちびすぎるだろ。
 無礼な、金髪サングラスの男。白衣がここまで似合わない男も珍しいだろう。
「リリィは、早めに終わってほしいと考えております。……仕事をいれましたゆえ」
 天照の受付嬢、リリィ。
「ニッポンちゃちゃちゃー」
「お仕事お召し頃ー」
 自分たちの性別を逆にしたような、双子のDOLL。
≪えー、役者はそろった感じ〜?≫
 中心にいる、城之内條太郎。
「チビもいなくなったことだ、本題に入るぞ」
 まずは自己紹介から始めようか。
≪ほいほい。“道化師”こと城之内・條太郎やー≫
「てめぇのなんざいらねぇよ」
≪鬼か!!≫
 その台詞ににやりと、金髪青年は笑い、
「その通りだろ?」
 パチンと指を鳴らすと、瞬く間に金髪が黒髪に変わる。
 サングラスを外すと、そこから現れたのは、紅い双眼。香り立つ色香。
「―――っ!?」
 鳥肌が、立つ。
「私の名前は、“癒天使”九鬼・円ってな」
 これは、一体どういう事だ。
 英雄の紋章を継ぐリトル・エース、そして六柱の――、
 リリィは軽く膝を曲げ、お辞儀をする。
「私の名はリリィ――存在は、螺槇雷蔵が娘、螺槇百合のレプリカDOLLでございます」
 稀代の殺戮者の――
 視線は固まったまま、DOLLを見ると、
 双子のDOLLは手をつなぎ、にっこりと笑った。
「まろは右京」
「左京」
≪そっしてわたしが天才美少女技師の桜居・空ことイソラちゃーん!≫
 双子から、少女の声が――
 そして、技師―そして右京、左京のキーワードに、双子はぞっとした。
 かつて、美技師と呼ばれたものの傍らには右近と左近というDOLLがいた。
≪……お察しの通り、“美技師”橘・桜の“死に損ない”よ≫
 その声に潜む憎悪にすら、気がつかないほど、双子達は混乱していた。
「これは、これは……いったいどういう事――!?」
「あなたたち、一体何を始める気なの――!?」
 その言葉を、マドカは鼻で笑い飛ばした。
「始める?いいや、違う。違うぜ、チビレディーども」
 ぎらぎらと紅い瞳を光らせて、マドカははきすてた。
「俺たちは終わらせるためにここにいて、お前達を巻き込もうとしてる」
 覚悟しろよ。そして楽しめ。お前達は歴史の転換期をたたきつぶすんだ。
「過去をやり直せないからこそ、俺たちは終わらせる」
 英雄と、六柱と、螺槇が作り出した、歪みの行く先を――!

 

             ◇



「ありえねぇ。なんで俺たちがこんな手伝いをしなきゃならないんだ」
「雅人。こんな貴重な体験になんていうことをいうんだ。あのRICCA、歌姫だぞ」
「お前のミーハーぶりに引く。そんなキャラだったか?」
 長い間の沈黙でキャラ、忘れられたんじゃね。
 馬鹿やめろ。お前、ほら、作者が明後日見て意識飛ばしてるから!
 見えない心の会話に、首を振りながら、雅人はパンフレットの入った段ボール箱を抱えなおした。
 売店で少なくなってきたという連絡に、孤児院の主である女性が有無言わさずに近くにいた雅人達に持たせたのである。
「大阪の人間はなんて厚かましいんだ。俺たちは客じゃないのか、客じゃ」
「立っている者は親でも使えっていうだろ」
「お前、それを俺の家で言ってみろよ」
 恐ろしく格式ある北條家を思い出し、悠が明後日の方向を見た。
「そんなところで育ったお前の素行の悪さについて思うことは」
「天才はいつでも迫害される」
 だと思った。
 そのまま二人は人の波を越えて、売店に持って行った。お礼に何故かあめ玉を貰い、その後で何故関西の女性――おばちゃん――というものはいつもあめ玉を持ち歩いているのかという謎を語り合った。……暇だったのである。なにせ遊都に入ってからほぼ毎日顔を見合わせているのだ。話すネタも切れたうえに新しいネタも一緒に見ていることが多い。沈黙が嫌いというわけではないが、会話がないとひたすらに暇だ。
 屋敷の前に特設ステージが組まれ、その横には黄色の花が咲き乱れている。
 帰り道で悠達は人を避けてその花畑に向かった。今日は良い天気だ。
 ルトベキア学園では緑が豊かだが、まだまだ都市部には緑の少ない。田舎の方もかえって土壌汚染がすすんでいる。人がいないところに産業廃棄物が埋め立てられ……そのうちにただ置かれるだけになったからだ。だからこそ、クックが土壌再生に取り組むために未だに全国を回っている。
 こんなへんぴな場所に綺麗な花が咲いていることが珍しいのだ。きっと誰かの手によるものだろう。もしかしたら、マギナ使いであった魁のお兄さんがしたのかもしれない。
 緑によって浄化された空気は、ドームに囲まれた故郷よりもいろいろな薫りがした。
 目の前に黄色の花が咲き乱れていた。
「わぁ、凄いな。ルトベキアだ」
「……ルトベキア?ルトベキアってあのルトベキアか………花だったのか」
「最後の小声にがっかりだよ。お前、副会長だろっ。校章にだってこの花がモチーフだろっ」
「花なんて見分けがつかねぇよ」
 英雄に謝れー
 いねぇヤツに謝れるかー
 雅人の言葉に悠はがくりと肩を落とした。あからさまに落ち込む悠に、雅人は頭をかいた。
「結局、英雄の手がかりなかったな」
「たかが一ヶ月足らずでそんなに簡単に見つかるわけねぇよ。相手はそれこそ――英雄だろ」
 それはそうなんだけどね。
 それでも、今回は結構手ごたえがあったんだけどね。
 天下の天照が立ちはだかっていたら、一個人では相手にならない。
「見つけたところで何するんだよ。やるのか」
「筋肉凝ってないか」
 悠は頭を指差した。
 確実に、こっちに来てから悠の言葉づかいが悪くなっている。
「あ、にーちゃん、にーちゃん、ちょっと手をかしてぇな。一人でええねんけど」
 花畑の向こう側から、少年達が手を振っていた。大人手が足りていないのだろうか。
「俺やだ」
「はいはい、今行くよー!」
 悠が手を振り返した。
「じゃぁ、あとで。ついでにRICCAの歌聞いてくるよ」
「へーへー」
 花畑の向こうに消えるのを見届け、雅人は、んーっとのびをした。
 暑いが、さわやかな風が吹き抜ける、爽快な日だ。
 花畑の間を縫うようにある飛び石を渡りながら、奥へと進む。
 その奥に、小さな石碑があった。その前に、丸くなった背中が三つ並んでいる。
 祈りの形だ。
 三人は立ち上がり、振り返った。カナメとサトル、そして蘭だ。
「お、よう、下僕」
「下僕じゃねぇ!」
 蘭に一言だけ言って、雅人はサトル達に話しかけた。
「来てたのかよ」
「今日は盾はお休みなんだよ。一日、天照に頼んであるんだ」
 いやー、こういうとき融通きく相手がいるから楽だね。
 盾としてあまり褒められたことではないが、雅人にとってはどうでもいいことだ。ここにはここのルールがある。
「これ、墓か?」
 白く小さな墓石には孤児院の印―折り畳まれた翼―だけが刻まれている。名前すら刻印されていないその不思議な墓石を見下ろした。
「ワイらの恩人・・・、魁のにーちゃん」
「ま、会う前に亡くなりはってんけどな」
 彼の遺産で作られたというこの孤児院を恵と一緒に切り盛りしている。
 魁が院長なのだが、学校関係者には地味に空気に!という無茶な希望を切望しているから、言わない方がいいだろう。よく猫かぶりし続けているものだ。
 風に乗って、歌が聞こえ始める。堅苦しい物言いをする彼女とは思えない軽快な歌だ。
「始まったな」
「あぁ」
 ここでも歌が聴けるなら、わざわざ人混みにいかなくてもいいか。 
「そういや、そろそろ帰るん?」  
「あぁ。来週には帰るつもりだ」
「さよかー。さみしなるなー」
「そう、だな」
 もう何ヶ月もいるような気がする。マギナ使いではないものでも、強いものがいるのだと知った。
 蘭はにしし、と笑った。
「ん〜?寂しい?寂しいか?なんなら、ここに就職したらいいぜぃ」
 たぁっぷり、可愛がってやる。
 いやいやいやいやいやいや。
 カナメとサトルは、そんな二人の後ろで爆笑だ。
「じゃぁ、わいら、ちょっと寄るとこあるけど……」
 傍らに置いていた花束を持った彼らの横を、風が吹き抜ける。
「俺もついて行っていいか?」
「おぅ、ええよ」
 どこに行くんだ?
 その問いに、カナメとサトルは顔を見合わせた。
「ん」
 サトルが左手の甲を見せた。薬指に光るものがある。
 それが何を意味するのか、わからないほど馬鹿ではない。
「って、お前、結婚してたのかよ!!」
 サトルは風に溶けてしまいそうな笑顔でうなずいた。
「普段は首から下げてるんやけどな――」
 さぁ、いこか。
「嫁さんのお墓に」
 カナメがサトルの頭をいいこ、いいことなでた。
「んでもってワイの妹。ナツメんとこ、いこーぜ」
 ワイらに仮でも部下ができたって自慢する−!