章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

02.飛んで火に入る夏の虫ズ


 
私たちは今、列車の中。

「…どうしてもお見合いにでたくありません」
 切々とそう語った静流は、泣き出しそうな顔だった。
 つまり、燐が苦手とする表情。
「ですから、天照に依頼して家出を手伝ってもらいました」
 開いた口が塞がらないとはこういうことだ。
「天照に依頼したの!?」
 天下のなんでも屋、天照。様々な店舗を持っているがその始まりは、賞金稼ぎだった。
 なんでも屋、でも。
「家出補助までするんだ」
あきれた。
「はい。お電話したら、未成年が親に内緒にする場合は口止料が必要だといわれたのですが…」
 目尻を下げて
「受付嬢さんに名前を言いましたら…」
「何?足元見られた?」
いえ、
「何故か四割引きしてくださいましたわ」
「…はぁ?なんで?」
 相川家といえば有数の名家だ。借りでも作りたかったのだろうか?
「さぁ、そこまでは」
 とりあえず、と静流は説明を進めた。
「早速、フロンティアから振り込みまして、計画を立てましたの」

 つまり、護衛から目を逃れるための身代わりを来てもらい、かつ他人に見える陣をかけてもらう。後は時刻通りに列車に乗るために燐を巻き込んだこと。

「すみません。私の足では間に合わないと思ったのです」
 それはそうだろう。燐の足でもギリギリだったのだ。
「別にいいけど…」
 手伝えることなら手伝いたかったのは事実だ。

 でも、荒削りな…行き当たりばったりにしか聞こえない。
 あ、頭痛くなってきた。
 これでどうやってあの、頑固なおじさんから逃げ続けるつもりなんだろう。

 静流はうつ向いた頭を急にあげて、両手を握り締めた。
「ですけど、燐さんは次の駅で降りていただいて結構ですわ」
私、一人でも大丈夫です。切符代はお支払いいたしますわ。
 声はややこわばっているものの気力で明るくしていた。
 大丈夫なものか。
 治安は安定してきているものの、それは都市部に限ったことだ。しかも都市部でさえ物騒な所だってある。間違いなく、静流のような純粋温室栽培お嬢様が無事でいられるはずはない。
 まったく、冗談ではない。
 燐は頭痛を堪えるように額に手を当てた。
「…静流、私が、はいそうですか〜、って帰るような子だと思っているの?」
私も付き合うわ、最後まで。
 静流は破顔した。
「そうですか!?ありがとうございます!」
その急なはしゃぎように、燐は思った。
…多分、私が最後まで付き合うって予想されてたろうな…
 なんといっても、護衛にはなる。
「でも、家には電話させてね」
 静流は顔がこわばらせたが、燐は肩をすくませた。
「大丈夫、家族専用特別回線だから」
盗聴とか、記録見られたりしないから。

それにきっと母親なら許してくれるだろう。
『はぁい。なぁに?燐』
 若くして燐を生んだ母の声は二児の母、いや先妻の子供も入れれば五児の母親には聞こえない。
 燐は手短に事の次第を話した。
『あらあら。じゃあ、燐はちゃんと静流ちゃんといるのよ?守ってあげなさい。喧嘩は強いでしょ?』
決して娘に言うセリフではないし…。
「け、喧嘩…ま、まぁそうだけど…とにかく、静流に最後まで付き合うから」
静流の家には内緒にしててね。
『そうねぇ、心苦しいけど』
 絶対嘘だ。事の成り行きを楽しむような浮き立つ声だ。
『でも、どこに行くの?』
「えっ?」
 そういえば、どこに行くつもりなんだろう?
「静流、これからどこに向かうの?」
 すると静流はにっこおっと、笑って首を傾げた。
「まだ連絡は取っていないのですが…遊都・大阪、魁君の所に匿ってもらおうと思ってます」
お友達ですし、親同士の繋がりがありません。
 燐は受話器を持ったまま、思わず叫んだ。
「か、魁!?」
 魁に対して沸き上がる、不可解な気持ち。会いたくて会いたくなくて…
 そんな燐の気持ちを知ってか知らずか静流はここに来て初めて満面の笑みを浮かべた。
 力一杯頷いて、
「はい!夏休みも三人一緒です!」






 そんな馬鹿なー!と頭によぎった。