章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

03.悲しいけどこれって現実なのよね



 遊都駅から延びる大通りの道沿いに大きい割に地味な建物がある。思わず見過ごしてしまうほどだ。表には盾のエンブレムが掲げられ、その古び具合からさほど手入れがされていないことがわかる。
 そんな少し寂れた建物の一室、まだ綺麗に威厳を持たせている部屋にガーディアン遊都支部局の長近藤 巽が頭を抱えていた。
「局長、いつまでそう頭抱えてんですか。いい加減こっちの判子押してくださらへん?」
 敬語と遊都訛りが変に混ざっているまだ若い―20才ぐらいの青年が頭ではなく厚さ10センチはあると見える書類を抱えていた。灰色の髪は首の後ろで軽く縛られ、短く揺れている。いわゆるほうき頭だ。少し痩せ気味だか中肉中背のその体には俊敏さを押し隠している。
「せや、はよ仕事せな。また本部のヤツラにブーチク言われまっせ」
 相方に同意を示したもう一人の青年は細目を更に細めた。彼は先ほどの青年と同じ背格好をしていたが、着色料なしの髪は眉の上で揺れていた。
 この二人は雰囲気がにていた。いうなれば猫、だろう。飼い猫ではなく、人々から疎まれても自分の足で立つ野良猫だ。
「わかっている」
 苦渋を体現化したこわおもての顔。近藤が子供に泣かれたことを気にしているのをここにいるガーディアンの者は皆知っている。
「だがだな……」
「ははぁーん。局長、原因は魁やろ」
ぐっ
 胃の辺りを押さえた。胸ではないことに問題がありそうだ。
 局長を横目で見つつ灰色髪の青年―朔月 カナメは相方の朔月 サトルに書類を渡した。
「もう帰ってきたやろ?」
「あぁ新しい子らが結構きたしな」
こっちにはよ顔ださんかい。薄情モン。
 口ではそう言っているが嬉しそうだ。
「つまり、また局長の頭痛の種が戻ってきたっちゅーこっちゃ」
「頭痛やなくて胃痛やろ」
 本人、しかも紛れもなく上司の目の前で二人はゲラゲラ笑った。
 近藤は顔を紅くした。
「魁が…子供があんな危険な仕事をしたら駄目だろう!」
お前達も説得しろ。
 二人は奇妙なものを見るような目を近藤にむけた。しんじらんな−いとふざけた調子だ。
「局長、魁が天照やめたら、わいら一家離散やで」
「まだかわいいかわいい幼い妹、くそむかつく小生意気な弟がまた売られるほうが駄目やで。駄目駄目」
せやなぁ、まぁ。
 カナメとサトルはにやりと笑った。
「「局長が養ってくれるんやったら別やけど」」
ぐっ
 言いまかされて近藤は肩を落とした。
「どうせ、薄給料だ。魁ほど稼いどらんさ……」
「せや。そんな人にそんな人にウチのおかんをまかせれへんわー」
 カナメは追い討ちをかけた。先ほどの理由とは別に顔に血が上るのを近藤は感じ、焦った。
「べ、別に恵さんとは……!ぐっ」
 本日三回目となる胃痛に近藤は机に倒れた。
 いたたたたた
 小声の悲鳴―うめきが悲壮感をさらにあげる。サトルはカナメの肩を叩いた。
「カナメ、見てみぃ。どんだけ筋肉ムキムキゆうたかて、内側からの痛みには全くの無力や」
 カナメは感慨深そうに頷いた。
「いやぁ、局長も大変やな」
 無責任にも―助けの手をさしのべない無情な部下に近藤は怒鳴った。
「そこでぐちゃぐちゃ言っとらんで、仕事せんか!!」
 そして子生意気な部下は声を揃え、極太な書類の束を近藤の目の前に置いた。
「「せやから、判子押してくれません?」」
……ここに転属されたのを恨めばいいのか、それともこの二人を紹介した魁を恨めばいいのか、はたまた二人をガーディアンに入れた自分を恨めばいいのか……
 近藤は胃を押さえながら、二人が差し出した書類に判子を力いっぱい押した。

 白い紙の上の紅い印は細かくブレていた。



「あぁ、局長。ルトベキアの学生二人が来てます」
 さっきと打って変わって訛りのない標準語をを話すのは、サトルだ。サトルが仕事場で訛りを出すのは近藤の前―それも他に人がいないときだけだ。曰く、近藤が訛りになれていないのを見るのが楽しい…本気で嫌がらせだ。
「ルトベキア……あぁ。珍しいな、夏期研修者か」
 夏の長期休暇の際、ルトベキア生などマギナ学校の特進クラスの上級生はガーディアンでの研修が学科単位となっている。
 特進生だけでも少ないのだが、大抵の場合、遊都には来ない。もっと安全な―神戸や京都、名古屋などに集中する。もしくはもっと地方か。

 遊都は特殊なのだ。その原因は天照にある。天照は元々昔から遊都を守ってきた。それが賞金稼ぎであっても、この場所の治安維持には代わりがない。
 都市の人々にとってみれば、ガーディアンは新参者。信用はされているかもしれないが、信頼の域にまで達していない。だからこそ、遊都の人々はガーディアンではなく天照を利用する。
 日本で有数の大都市にある支部局であるのに、ガーディアンの中でも地位が低いのが現状なのだ。そのせいで、危険が多い割りに弱小のレッテルを貼られ、左遷場所と見られることもある。というか見られている。
 つまり早い話、将来を考える生徒は誰もここに来ないのだった。

「……誰だ。そんな奇特な事ををするのは」
 近藤が首を傾げる気持ちが分かるサトルはけらけら笑った。
「局長がそんなこといったらあかんでしょう」
あ、違うでしょう。
 律儀に標準語に言い直した。
「ルトベキアの生徒ですからね、こっちが恩の字でしょうね」
 ガーディアンの仕事はキツイ。研修生が来る分負担は増えるが『手』も増える。ルトベキア生ならまだ使えるだろう。
 ルトベキア・・・か。
 サトルははたと動きを止めた。
「あぁ、局長。魁のことは…」
 暗に含みのある言葉に近藤はしぶしぶ頷いた。
「わかっている」
なにも言わない。
 サトルはほっと息をついた。
「よかった。実はこういうことがあったら魁にこう言えと言われていたんですよ」
 近藤の眉と眉の間に深い溝ができた。
「言うな、危険」
「割れ物注意みたいだな」
 サトルは喉を鳴らして付け加えた。
「局長、ツッコミ上手くなってきましたね」
昔はセンスゼロやったのに…
 天井を仰いで局長の眉は垂れた。
 これは喜んで良いのか?
 慣れないよりまし、と自分を慰めた。そして気分新たにかの研修生について思いを巡らした。
「あぁ、サトル。それならな……」