章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

03.悲しいけどこれって現実なのよね


「…っというわけで、ようこそ遊都支部局に。私は朔月 サトルです。仕事は雑用です」
 にっこりとサービス精神満載の顔で悠達を迎えた。
「っといっても、この頃は近藤局長の秘書みたいなものですね」
 そして隣に立つ灰色髪の青年も自己紹介した。
「捜査担当、朔月 カナメや」
 そして無遠慮に学生二人をじろじろ見た。学生と言っても四年生なら自分と同い年だ。
「ボンボンがようこんなへんぴな所に来たな…」
 理解不能、といった顔だ。悠は微苦笑した。本当に人気がないんだな。
「カナメ、そういう事は言わない」
心の中で呟くんだ。
 モノ言いたげな顔で沈黙したカナメをよそに、サトルは二人に研修制度について説明をした。歓迎の言葉から諸注意へと続き、そして最後に、
「君達が久々の研修生です。遊都は特殊なので色々分からないことがあると思います。そういうときは、私たちに聞いてください」
君達の担当ですから。
 担当。その言葉にカナメは、
「担当!? 俺らが!?嘘やろ!?」
「局長から任命されました。はい残〜念〜」
 担当。その言葉に悠は、
「担、当ですか?」
 去年、地元―神戸で研修したときは年上―ルトベキアOBだった。つまり、年上だ。しかし、この目の前の人物達はどう見ても同世代にしか見えない。一年上くらいではないだろうか。
「失礼ですが、朔月さん達の…」
お年は?
 サトルは意外な質問にもきちんと答えた。
「今年で20…かな?」
カナメも頷いた。
「多分それくらいちゃう?まぁ一二年の誤差はあるかもしれへんけど」
「そうだね」
 その内容に奇妙な沈黙が流れた。悠の顔ははためで分かるほど厳しいものになっていた。おくらばせながら雅人も気が付いたのか眉をひそめた。
 昔の年齢が入り乱れていたころならまだしも、今はすでに年齢整序が確立している。去年の新入してきたものなら、今年で21才のはずなのだ。
 黙り込んでいる二人にカナメはあぁと呟いた。
「すぐばれることやからいっとくけど、俺らはマギナ使いやないからな」
 反応のない固まったままの二人に丁寧に言い直した。
「地元の一般市民上がりってことや・・・わかっとる?」
 その一言に悠達は愕然とした。

 ガーディアンは総じてマギナ使いであるはずなのだ。そうでなければ、特待生の意味も意義もない。いくら遊都が型破りだとしても、ここまではやりすぎだ!
「ちょっと待て。お前ら何様だ?」
 ずいっと雅人が進み出た。今にも胸ぐらを掴みそうな勢いだ。怒気の籠もった声は地響きにた呻りを伴っていた。
カナメとサトルもその隠そうともしない敵意に一瞬で目を鋭くさせた。当然だ喧嘩慣れしている。瞬く間に空気は怒気と静かな緊張を孕んだものとなった。
 無言の二人に雅人は納得の行かないことを表した。
「俺達が学園で四年間も努力してるっつぅのに、お前らがなんでガーディアンになれるんだよ」
 いつもなら止めにかかる悠も睨んでいた。これは納得がいかなかった。こんなこと、学園を創った英雄の冒涜でもある。
「不公平じゃねぇか。あぁ?」
 長身の強みでカナメ達を遥か上から見下した。ルトベキアに入る子供は誰しも一度はガーディアンを志す。しかし完全な実力主義において散ってしまうほうが多い。
―それなのに。この二人は。
 しかもマギナ使いですらないというのだ!
 ちゃんとした理由が聞きたい。そう思うのは当然だろう。
「……不公平、ねぇ」
サトルが冷めた目で嘲笑する。そのぞっとする瞳はただ者ではないと言うことを如実に表していた。深く閉鎖的な瞳は目の前の雅人ではなく違う何かを見ていた。
「じゃあ、君達が金持ち学校でなに不自由なく暮らしているのに、僕達がドブ這いずり回って、残飯を腹に掻き込んで、明日死ぬかもしれないくそったれた生活送ってきたのは不公平じゃないのですか?」
ふざけんじゃありませんよ。親の脛かじってるボンボン様。
 カナメは頭に手を当てた。サトルを怒らせた。処置なし。
 いや、いつもよりキレが早い。おかしい。この頃は温和しくしていたのに。サトルを見ると目があった。しかもウインク。口元には微笑み。
 長年の経験でそれが何を意味するものかわかった。そうしたらもうこの二人は最強だ。
「誰が、脛かじってるだ!?」
「今時二十歳になって親に頼ってるなんてガキんちょ証明書自己発行だろ?」
「親に経済的には頼っているが、言っていいことと悪いことがある」
 一人、カナメは心で呟いた。こっちの優男も参戦決定ってね。
なら道は一つだ。カナメは肩を回した。大事な家の大事なガキ達に投げキッスを心の中でとばす。
 おもろいネタやるから、給料日前は覚悟してな。
「サトル」
あぁ。
 今にも噛みつきそうな視線を返す。昔からサトルの方がキレやすかったなぁ。そんな苦い思い出を反芻し、カナメは頷いた。どうせ自分も思っていたことだ。
 舐められる前にたたきつぶせ。
 軽く手足を曲げ―臨戦体勢、拳は淡く握る。
「やっちまえ!」
ホーリーシック!

喧嘩のゴングが鳴り響いた。