章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

03.悲しいけどこれって現実なのよね


 いそいそと出ていったサトル達の後、悠達は痺れた足を引きずりながら奥の―局長室に入った。
 誰もいない。神戸支部局では絶えずガーディアンがいたものだが…
他のガーディアンはいないのかと不思議に思っていると、察したのか、
「大体の者はパトロール中だ」
 近藤は書類に卓上の過半数を埋め尽されている自分の席についた。続いて、悠達は薦められその前にあるソファーに腰を下ろした。一息ついてから近藤は話始めた。
「君達は遊都支部局、久々の研修生だ。正直言うと、私は直接研修生を受け入れたことがない。恐らく…いや分かっているだろうが、確実に遊都は特殊な都市だ。それに合わせて遊都支部局も他の都市の支部局とは大きく変わっている」
 君達には早く遊都式に馴れてもらう。
「君達の監督は先ほどの二人にしてもらう。あの二人の言うことをしっかりと聞くように」
遊都のことはあの二人が誰よりもしっている。
 そこで悠が手を軽くあげた。
「質問よろしいですか?」
 近藤は微笑んだまま頷いた。すでに聞きたいことは分かっている、といった表情だ。ならば、と悠は直球を投げた。
「マギナ使いでもないのに、彼等がガーディアンであるのはなぜですか?」
「ガーディアンは何故マギナ使いでなければならないのか?」
即返された言葉は返事ではなく問掛け。
それには雅人が答えた。
「人々を守るため」
「それはマギナ使いでなくともできることだ」
現に昔は警察にマギナ使いなどいなかった。しかし悠が答えた。
「犯罪者に堕ちたマギナ使いを取り締まるため」
近藤は笑みを深めた。
「あの二人はこれまでに何人ものマギナ使いを倒しているんだがな」
―っ!?
 思わず目を剥いた。驚きを隠せない二人に近藤は追い討ちをかけた。
「はぐれだけじゃない。現役ガーディアンを二人がかりだが倒した。まぁそれが採用試験の決め手となったわけだ」
 今度こそ絶句した。今まで、マギナ使いが一般人より弱い、ということを考えたことがなかった。
 マギナ使いは強い。
 だから弱者を守る。
 この法則を疑ったことはない。
 弱者、はイコールマギナが使えない人、だった。
「…君達のことは聞いている」
英雄の再来と呼ばれているそうだね。
 二人は頷いた。過去にとある人物から言われた言葉がそのまま定着してしまったのだ。
「なら、君達には言っておいた方が良いかもしれない」
 近藤はぐっと目を瞑った。開いた瞳には追憶の光。
「所詮、煙草に火を付けることすらままならないくせに究極的に危険な怠け者」
「は?」
「?」
「私にマギナ使いのことをこう昔に言った人がいた」
 マギナは煙草に火を付けるといったような細かい発動の方が火炎放射器のような大きな発動よりもコントロールが難しい。ある一定以下の効果を出す微少な手加減が難しいのだ。
 それはわかる。危険、というのもわかる。
 言ってしまえば、悠も雅人も人をたった『一言』で殺すことができる。
しかし、
「マギナ使いが、怠け者ですか?」
「俺はそうだな」
 反射的に悠の拳が唸った。鈍い音が響く。それを困ったように見たが近藤は話を続けた。
「煙草に火を付けたいなら、ライターを擦ればいい。目的地に着きたかったら歩けばいい」
それをたった一言で終らせようなんて、なんて怠け者なんだろうね、と。
 その言葉に少なからず神経をさかなでられたのか雅人の声はとがっていた。
「でもそれって、ムカつく」
そいつは、マギナを切って捨ててもいいやつなんだ。
 強くなくてはそんな言葉を言えない。マギナは確かにこのエネルギー不足の世界には必要だ。しかしマギナ使いは?

 マギナ使いがいなくても、マギナを利用できる機械があれば…

 そこまで考えて、一瞬ぞっとした。

 それが何を意味するのか。
 近藤の声が悠の思考を遮った。
「…そうだ。彼は強かった」
マギナを否定できるくらいに。
「だから、私は君達にそれくらい、『強く』なってもらいたい」
マギナ使いでありながら、自身を否定できた、英雄殿のように。
「マギナがあろうとなかろうと変わらないものを見つけて欲しいと思っている」
 さっきまで、軽く叩かれる状態だったが、英雄の名によって金槌が力一杯降り下ろされた。
「局長は先輩っつ、英雄を知っているんですか!?」
「私の年代で英雄殿を知らない者を探す方が大変だな」
悠は言い直した。
「局長は英雄と知り合いなんですか?」
「黄金守護隊時に速水殿の部隊の下にいた」
こうみえても。
 自分で言っておきながら軽く落ち込む近藤に悠は詰め寄った。
「局長は、英雄が今どこにいらっしゃるか、知っていますか!?」
その台詞に気付かれない程度に固まった。あの雨の音がまだ耳に残っていた。近藤はそれを振り払って嘘をついた。
「いや、知らない。そこまで親しい中ではなかったからな」
…昔は。
 心の囁きは二人には当然聞こえない。
「…ではどこにいると思いますか?」
問いつめる悠の眼光に近藤は目を細めた。そこにはあまりよろしくない光が映っている。
「英雄殿を探すのは勧めない」
「なぜですか」
 近藤は深く、深く深呼吸した。何故か胃の辺りをさすりながら、
「君たちの学園で起こったガルム暴走事件で英雄の後継者が現れただろう?」
「自称、です」
自称なものか。
 口には出さないが一人毒付いた。
 きっとあの映像は元上司―管轄は違うが―だった狐殿が流した。その意図も…おおよそ検討が付く。底意地の悪いことをするお方だ。
「そう、自称だ。しかしそれでも人々は……変な言い方だが、」
『消えた英雄』を思い出した。
 英雄がいなくなり、五年がたった。最初こそ衝撃を与えたあの失踪の人々の関心はすでに薄れていたところだった。しかし、そこであの事件が起こった。
「そうしたら皆、英雄殿がどこにいるか、気になり出したらしくな。……英雄探しがまた始まった」
 そうしたら、一番怪しいのはここ遊都だ。パスのいらない出入り自由の都市。必ずここには手掛りがあると今もなお続々と人が集まってきている。そしてそれに伴って犯罪も増えている。

 そういう事情を悠に話した。

「でもだからといって、何故探してはならないのですか」
「情報屋に頼むつもりだろう?」
 悠は頷いた。
「今、英雄探し……ブームのせいで悪質な情報屋が増えている。そしてまっとうな情報屋もいるが……」
彼等はこの仕事は引き受けない。
 悠は唸った。納得していないのは明白だ。だがここで認めてはいけないのだ。そして近藤にとある懸念が湧きあがった。
「……」
それよりも、
と近藤は切り出した。
 その瞳はいつもの気の抜けたものではない。
 怒りをはらんだ鋭利な刃物だ。

「もし、英雄を探すためにここのガーディアンに来たのなら、」

帰りなさい。

「ここには片手間で働くような者はいらない」
ガーディアンの仕事を舐めないでいただこうか。