章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

04.嵐の前の一騒動


 
っあ。
頭、いたい。
ズンとくる鈍痛に燐は眉をひそめた。


息苦しい…。
うっすらと目を開けると、
そこは…どこかの倉庫のようだった。
見た目のボロさのわりに床の埃が少ないところを見ると、頻繁に使われているらしい。
男が…四、五人…いや六人。
今見える範囲全てに視線を走らせ、柱で見えないが影で数える。
昼間だというのに夕方のように薄暗い。
夕方まで気絶したままだったのだろうか?
…いや、まだ昼だ。
燐の体内時計はあれから数十分しかたっていないことを告げていた。
手を見るが、【杖】はとられている。恐らく、そのほかの所持品もとられているだろう。
猿轡で口がいたい。
それにしても大変なことになった。
じんわりと汗が皮膚を湿らす。
どう見ても、誘拐だ。
手足だけでなく、口も塞がれている。
これでは無理に行う【杖】なしのマギナ発動すらできない。
万事急須とはこのことだ。
…魁。
静流は―隣で目を瞑っている。
少し肩をぶつけた。
起きて。
『ん。っ!?』
静流は目を醒まし、混乱した。
が、先ほどのことを思い出したのか、すぐに目には理性の光がともった。
ふごふごと話すが何を言っているかわからない。
燐はそのことを首を横にふることで知らせた。
静流はうなだれる。

ここ、遊都での知り合いは魁しかいない。
でも彼は私たちが遊都にいることなんか知らないだろう。

男達は燐達が目を醒ましていることに気付く。
その目は人間を見るものではない。

怖い。
怖い。

でも、私がしっかりしないと!

燐は自由になる目で男達を睨み付けた。

視線で人を殺せるなら、その強さを持って。

男達のうち一人が燐の気の強さに感心―調子のいい口笛を吹いた。
…むかつく。
「気の強い、お嬢さんや」
「自分の立場が分かっていないみたいだな」
『むぐう!』
じたばた―動こうとするが縄が体に食い込むだけで全く身動きがとれない。
蓑虫以下ですか・・・・
引きちぎれないかな。
腕に力をいれるが縄が手首に食い込むだけだった。
静流もごそごそと動いている。
「どこに売る?」
「マギナ使いだったら、北川の研究所に送ったら?」
「バーカ。北川のとこはガーディアンにさっぴかれただろ」
ガーディアン。
燐にはガーディアンだけが望みだ。
「捕まえたのはガーディアンでも、ちくったのは別のやつだって噂だぜ?」
「どうせ、天照だろ」
吐き捨てるように言った。
「私兵使って、邪魔なやつらを潰してるって噂だ」
睨まれたら、おしまいだ。
「まぁ、そのことは後で話し合おう。とりあえず今はこれをどこに売るかだ」
その言葉でまた一斉に視線が集中した。
「マギナ使いだろ?取り扱いが難しいな。」
そう思うなら帰してよ!
マギナ使いは声をだすだけで攻撃できる。
「あぁ、それは大丈夫。」
そのねっとりと肌に蛇が絡み付くような気持ち悪さ。
男が鞄からなにか紐―首輪、のようなものを取り出した。
「犬の無駄吠え防止首輪。声帯が震えると」
にっと笑う。
それは逆光で、よく見えなかったが、燐の心を凍り付かせた。
「電流が流れる」
もちろん、改良済み。
―――っ!!
恐怖?
いや、これは、





怒り





静流が側に寄ってきた。
『いい加減に…』
頭で、気力で。
額の前に陣がジリジリとできる。【杖】がなくとも、陣を錬成することはできる。
怒り、激情。
それを全て陣に込める。

男達はぎょっと目をむいた。
「お、い。マギナを使おうとしてないか!?」
しかし、腕に【杖】を付けた男は鼻で笑った。
「バーカ。声がでねぇのに、」
発動するわけない。

そう続くはずだった。

突如、

工場、二階の窓が割れた。
ガラスが男達の上に降り注ぐ。
逆光でよく見えない。
窓のガラスが夏風とともに舞い込む。

バラバラとガラスが降り注ぎ、燐は身を伏せた。
燐はとっさにガラス片を膝で抑えた。
苦しい体勢だが、体を折り曲げ、鋭く光る先端に腕を擦り付ける。
腕に鋭い痛みが走るが気にしてなどいられない。
『―っ』
切れた!
意外に血が出ている。
こんなもの、静流に治してもらえばいい。
自由になった手で口を塞いでいるものを剥ぎとった。
埃が舞う空気だが、すっとした。
「静流。大丈夫!?」
見れば、静流も縄をガラス片で切っているところだった。
燐はそれを手伝い、猿轡をはずした。
「あ、ありがとうございます。」
いったい、何が……?
激しく同感。
燐はなにかが降ってきたところを見、見、固まった。

あいつらって!?

静流も目を丸くした。


燐達と誘拐犯の丁度真ん中、
燐達をかばうように、守るように。
やつらに立ち塞がるは一台の大型バイク。

それに跨る男が二人。

手には薔薇を
口には笑みを

「出前一丁!」
「むしろ、引き取り?」

白い上着、背中に背負うは盾のエンブレム。
二人のうち一人が振り返り、燐達に手を振った。
「お嬢さん、ちょっと一緒にそこまで行きませんか?」
今度こそ。
ウインクに誘われて顔が綻ぶ。

答えはもちろん―yes
「お前ら…ガーディアン!?」
「気づくの遅っ!そないに遅かったらツッコミになられへんで!」
カナメはそう言い、男達に発砲した。
軽い音が穴の空いた工場に響く。それは前にいた二人の男の足をえぐる。
貫通することはない。
ただのゴム弾だった。
しかしその威力は数発で骨をも砕く。
「ってめぇ、いきなり発砲すんなよ!」
ガーディアンだろ!
カナメは笑いながらその倒れ込んだ男に銃口をむけた。
「はい、撃ちまーす!」


ダン―!


「あははっ鬼畜だな。カナメはマゾじゃなかったのかい!?」
サトルは笑いながら―つまり笑顔で―逃げ、背中を見せる男を追う。
「僕は―」
サドさ。

しなやかに男の背中―心臓の裏に弾丸を叩き込んだ。
崩れる男を踏み付け、踏みにじり、足にゴム弾を二発。

笑み笑み笑み。

力を鼓舞し、
それが許される快感!

殴りかかってきた拳をよけ、腹に一発、肘を入れ、顎を砕く。
カナメは六発撃ち終り、ゴム弾を新たに装填する。
振り下ろされたナイフを銃身で弾く、膝がみぞおちに沈む。
その足で男を蹴り薙いだ。
「ぉお前らは、【裏切りの】か!?」
yes, we are!

カナメは歓声を上げる。

男の内一人が、燐達の方に走る!人質にするつもりだ。
燐は静流を庇い、手に先ほど見付けた鉄菅を構えた。
「まっけない!」
燐は床を滑るように走り、下段から上段に斬る!
腕から流れる紅い雫が弧を描き、床にその軌跡を描いた。
そしてそのまま脳天に振り下ろす!
「燐さん、かっこいいですわぁ!」
こんなときにそんな気の抜けることを言わないぃ!
腕の痛みに増長して涙目。
静流は気絶した男の腰のホルダーの中をさぐる。
「燐さん。この方は【杖】を持っていらっしゃいません」
倒した男は五人―後一人―マギナ使いがいない!
「後の一人はマギナを使います!」
カナメ達に叫ぶ。
この二人は見たところ【杖】を持っていない。

遅い!

声が工場に響く。

独学―実践でマギナを学んだのだろう。
男の陣は見たこともなく―そしてどこか歪な形の陣。
燐は頭をフル回転させた。
円の形、模様の形、形式、色―
組み合わせを考え、効果を探る。
っああ!
該当、確認!
「伏せて!」
男の陣は―爆裂系!

『開・炎獄招らぃ――!?」



―ズン。




陣が解放される直前、
男に衝撃が走り―上体がゆっくりと倒れ―二階の窓の開閉のみを目的とした細い通路から、一階に―落ちる。
「っあー!」
近くにいた、カナメが男を受け止め、
「あ」
サトルの声と同時に床に倒れ込んだ。

サトルは頭を掻いて、携帯を開く。短縮番号3。
1番は仕事。2番は家だ。
そして3番の相手というと、
「素敵な止めをありがとう」
『……いーえ』
マギナ使いの男を止めたのは工場の―上、屋根に立つ魁だ。
「で、嬢ちゃん達、どうすんの?」
話をしつつも、気絶した男達を捕縛する手は休めない。
さり気無く痛めつけているあたりが日ごろのストレスの表れか?
「このまま盾に連行OK?」
ガーディアン、というのは長いので地元ではそのエンブレムから『盾』と呼ばれている。
『あぁ。友達の母親から電話がさっきあったから、後からそっちに行く』
「わかった。またな」
電話を切ろうとすると魁の呟きが聞こえた。
『…参ったなぁ、もう』
地元で猫被るのやだなぁ…。


魁は魁で、胃痛があるらしい。

そう思い、大切に思われている少女達に向かった。