章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

04.嵐の前の一騒動


 

「もうちょっとしたら水澤君だっけね、彼が来るから待っててください」
サトルはそっと茶を差し出した。
「あの、すみませんでした」
さっき逃げちゃって。
カナメ達のガーディアンの制服はいつもの見慣れた技都のものとデザインが大きく異なる。
色は変わらない。しかし詳しく言えば、技都では上着がロングコートであるが、この二人のはジャケットである。
「あぁ、ロングコートって動きにくいから、特別に作ってもらったんだよ」
防御力は劣るけどね。
マギナ使いは少々体にダメージがあっても詠唱ができればしのげる。
しかしマギナ使いでない彼等にとって、対マギナ使いの場合、いかに詠唱する前に倒すかの素早さの問題となってくる。
「むしろ俺の魅力をさらりと流されたのがイタかったっすよ」
「髪の毛灰色のジジイはお呼びじゃないっすよ」
ってお前も同い年やン!
燐はくすくすと二人の漫才を見ていた。
静流は、差し出された茶をすすりながらまったりとしている。
サトルは二人が落ち着いてきたのを見て質問した。
「どうして、君達は遊都に二人だけで来たのかな」
危険ってわかってたよね。

う。
燐は固まった。
二人だけの理由、連絡できなかった理由、どちらも原因は一つだ。

―お見合いが嫌やで家出した。

これにつきる。
ちらりと静流を見るが、相変わらずにこにことしていて真意は読めない。
…黙っておくのが得策よね?
家出といったら家に連絡されるかもしれない。
「魁君を驚かせようとして、心配をさせてしまったようです」
あくまでしらを切るつもりらしい。
柔らかく揺るがない微笑みは彼女の意思の強さを表していた。
だったら自分もそれにあわせるだけだ。
「すみませんでした」
サトルは納得していないようだったが、聞いても無駄と踏んだのだろう。
注意だけした。
「うん。分かってくれたらいい。でも今度からは知り合いが来るまで駅からでないようにね」
駅は人だけではない生活物資を輸送する大切な拠点だ。
大量物資輸送手段は列車と船の二つだ。
旧世紀では空からの飛行機があったが、飛行機はもう姿を消した。
遊都の空港の名残は地盤沈下が進み、姿のほとんどが海に沈んでいる。
何はともあれ、生活必需品をも乗せ、一日に数本しか運行しない列車には手を出さない、と裏世界の暗黙の了解がある。
そしてその領域は駅構内まで、だ。

「っにしても魁遅いな」
もっとすっとんでくるかと思った。
カナメは便乗して少女達に捧げられたお菓子をついばんでいる。…一番。
「え、カナメさんは魁を知っているんですか?」
「んー・・・知り合い。局長とも仲いいしな」
あの、人見知り激しい魁が…。
やはり地元だからかな。
ふっとそう思った。

ここは魁が育った都市で、私が全然知らない魁がいるところなんだな…

「魁は、」
質問しようとした言葉は激しい音で掻き消された。
「二人は大丈夫!?」
黒のタンクトップに薄めの―やはり黒のシャツをはおっている。下は擦れたジーンズだ。
いつものボサボサ髪は学校から離れたせいか自由にはねている。
走ってきたのか肌に汗が光っていた。
「燐、静流!大丈夫?」
…私服だぁ。
見当違いとはわかっているが、思わずにはいられない。
ルトベキア学園は休日や自由時間でも制服を着用しなければならないのだ。
わっ私、変な格好じゃないよね!?
元々静流と遊ぶために着た服だ。一応、選んで着た。

「燐?」
静流と話を終えたのか、何も言ってこない燐を不思議そうに見ていた。
「え、あー。久しぶり!」
ギクシャクした動きで片手を挙げた。
ダメダメダメダメ!
おかしいよ、自分!
しかし魁はにこっと笑ってくれた。
「うん、久しぶり」
…KO宣言したくなった。
もちろんされたのは私だ。

しかしすぐに魁は怒った顔をした。
目は見えないが、口がヘの字になっている。
「燐、静流。ちょっと座って」
声も低い。
やっぱり、怒っている。
「魁、あのね。急にきちゃったのはごめんね。…でもこれには理由が!」
「そうなんです。私のせいで!」
そんな弁明に耳を貸さず、魁は繰り返した。
「座って」
…はい。
おとなしく小さくなって座る。
魁はその前に立ったまま、つげた。
「…はぁ。あのね。どんな理由か知らないし、言わなくてもいいよ。遊都は技都よりも治安が悪いってことぐらい知ってるんなら、ちゃんと連絡をして。いきなり、燐のお母さんから連絡があってどんなにびっくりしたか!」
カナメ達が遅かったら、やばいところだったんだよ?
あらかたの説明はサトルが先に携帯でしていたのか、そう続けた。
「もう、しないで」
「はい」
「ごめんなさい」
そこからがくっと肩を落とした。
「よく事情はわかんないけど、燐達は泊まるところあるの?」
首を横に振る。
「魁の家に泊めてもらったらなぁ…て、」
「駄目でしょうか?」
魁は即答した。

「駄目」

決定的な一言に、
「えっ嘘!?」
嘘でしょう!?
まさか最後の最後で…頼みの綱が千切れたよ!
静流も珍しく焦っている。
「あ、あのお家の方には迷惑をおかけしますが、できうるかぎりのお手伝いをさせて頂きますから!」
どうか泊めてください!
燐も激しく頷いた。そして両手をパンッとあわせる。
「魁、一生のお願い!」
困った顔の魁は何も言わない。
「魁君、お家の方に会わせていただけないですか?」
魁は頭をかきながらいった。
「えっと。お家の方がいないから、駄目なンだよね」
えっ?
魁は本当に困った顔で続けた。
「僕、独り暮らししてるから」



さすがに女の子を泊まらせるわけにはいかないでしょ?