章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

04.嵐の前の一騒動


 


「二人は同じ部屋でもいい?」
そういわれて二階に上がらせてもらった。
階段を上がったすぐ手前、一番右側の部屋に案内された。
魁がドアを開けると、南側の開け放たれた窓から光が降り注ぎ、ベランダを介して夕暮れを告げる涼しげな風がカーテンをゆらしていた。
ベランダに通じる引き戸の隣には机が、その手前には白い清潔なシートに包まれたベットが配置されていた。
その机には古い型のパソコンが置かれている。
「元々僕が使ってた部屋だけど…」
照れ臭いのか早口で、クローゼットの中に余分の布団があることを付け加えた。
「あと、鍵がかかっているけど、他の部屋には入らないでね」
色々あるから。
燐達は頷いた。
「魁、本当に、ありがとう」
深々と頭を下げた。
慌てて魁は両手を横に振る。
こんなこと、他に頼られていた方が神経に障る。
自分の手元に置いておきたいと思うのは自分のエゴだと魁は思っている。
……それに護衛しないといけないのに、エンに任せちゃうし。
「ううん。いいよ。何か困ったときはお互い様だからね」
…今、困ってることない?
「今から僕、ちょっと家に帰るから」

燐は躊躇っていたが、ずっと言わなくてはならないことを告げた

「あの、洋服屋、紹介してくれない?」
着替がないの。

昔ながらの商店街、それは変わらず古臭くしかしそこには人々の息遣いがこもる暖かな生活の場だ。
「大抵の買い物ならここにくれば助かるよ」
先頭を歩く魁はちょっと笑った。
「でも、ここに来るならなんで着替がないの?」

うっ

静流に魁には家出のことを言うなと言われている。
魁のことだから家に帰ることを諭すだろうから、と。

「燐さんは慌てン坊さんですから」
半目で静流を振り返るが静流の鉄壁の笑顔は崩れない。
「後でみてなさいよ、静流」
「はい」

一軒の店にたった。
色鮮やかな布―服が最大限魅力的に並べられている。
服のレパートリーは多いが、その品数は少ない。
もちろん、技都では見掛けないブランドだ。
「かっこいい」
「燐さん、燐さんの服を選ばせてくださいな」
既に静流の目は光り輝いていた。
魁は気軽に店に入り、店内を見回した。
誰もいない。
「ミミ。いる?」
店の奥で物が落ち崩れていく音が―かきわけてくる音が―
「魁や!」
明るい茶色の髪はベリーショート。
薄くつけられた化粧の助けもあるが頬は桃色に染まっている。
猫を思わせる目は驚きの驚きの感情をそのままにしている。
年は―カナメ達と同じか、それよりも下といったところか。
細身の体にぴったりの服を着ている。店内にある服だった。
「魁〜」
有無を言わせずに力一杯抱き締めた。
背が低い魁はミミの体で押さえ付けられ息が苦しい。
「ギブギブ!死ぬ、苦しい!ミミ!」
「ええやん!減るもんちゃうし!」
「いや僕の生存時間がまさに減ってる!」
「相対化せぇへんと判らんよ〜」
しかし残念そうに魁を離した。
「おかえり」
魁は息を整えてあいまいに笑った。
「た、ただいま」
「どないしたん?店くるやなんて珍しぃな」
「えっと友達が服を買いたいからって…」
魁は二人を紹介した。
「新堂・燐と相川・静流っ!?」
声が最後裏返った。
ミミががしっと魁の両手をとる。
あらんかぎりの大声で叫んだ。
「魁ー!ほんまにやってもたん!?付いていってあげるさかい一緒に近藤はんとこ行こ!」
「…何しに?」
握る力がぐっと手にかかる。
「自首しにったぁ!何するンよ?」
瞬時に握った手を振り払われて、叩かれた頭を摩った。
「いや、こっちの台詞だよ!なんの話さ?!」
ミミは魁と燐達を見比べた。
「えー。最新魁君情報によると、」

魁が学園で知り合った女の子をハーレム気分でを拉致監禁。
メイドではなく、獣耳路線で。

「でもすでに子供を孕ませてっーー!ウチちゃうよ!言ったんウチちゃうよ!」
真っ赤になった魁の唸るハリセンを押さえながらミミは弁明した。
「誰だよ!そんなの流したのはってカナメ!?サトル!?」
「えーとカナメは、…せや、拉致監禁の方で。サトルは路線。二人で子供を孕ませっ」
「最後まで言うな!」
なんだよ、それ!?
「っていうか、ミミ、それ信じたの!?」
「…………そんな訳あらへん!」
「即答してよ!!」
がくっとじべたに倒れ込んだ。
「あいつら……はっ!まさかエリュシオンの皆にに流してるんじゃ…」
その呟きにミミはにっと笑った。
つきだした拳の親指は天を指している。
「ウチらの結束は固いで!」
魁は灰になった。


「お客さんえろう待たせてしもーてすみません」
お好きに見ていってください。
「お安うさせてもらいますよって」
燐はその言葉に甘えることにした。
次々に静流が服を持ってくる。
「燐さん。次はこれを来てみてくださいな」
「静流、もう四着ぐらいでいいよー」
生き生きと動く少女に燐も疲れてきた。
しかし燐を着飾ることに異様な使命感を燃やす静流はミミと仲良く燃えていた。
「燐さんは身長もありますし、すっきりした方なので体のラインを見せた方がよろしいですわ」
「燐々は髪のボリュームがあるからなー。ツインでくくるのもええけど、もっと色んな形楽しみな。アップするだけでも着る種類の幅が増えるで」
女組がきゃいきゃいと楽しんでいるなか、魁は………

「……これって絶対さっき落ちただけじゃないし…」
ミミが倒した箱の山を片付けに奥に引っ込んだ。
最初こそ付き合っていたが、とてもではないがいちいち感想を強制されるのはつらい。
だいたい『可愛い』のその一言ですむのだ。実際可愛いのだ。どう可愛いとか説明できる物ではないし、それ以外の感想をどういえばいいかなんか判らん。
燐には悪いが、さっさと逃げた。
…女に生まれなくてよかった。
あんな風に服を真剣に考えるのはできそうにない。



ミミはウキウキと燐の服を包みに包んだ。
「いやぁ、魁が別の女の子連れてくるなんて久々や」
しかもみんな美人やし
「魁も隅におけへんな」

はい?!


燐は固まった。

しかし、ミミは気づかない。
静流は目を光らせた。
「魁君がほかの女の子と?」
「そーよー年に数回。髪のきれいなおねーチャンでなぁ」
魁も満更じゃないみたいやった。
デートって言ってたけど?


はい???!!!!


燐は受け取った紙袋を落とした。