章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

05.賞味期限切れの恐怖の大王


 

「じゃあ、僕はこれで帰るね」
時はすっかり日が暮れたあたりだ。
……あぁ。今日も『自宅』に行けなかったよ……
予定が狂いまくっている。
少し不安そうにしている燐と静流に魁は言った。
「エンは朝食だけは自分で作るよ。後は……簡単なのを作ってあげてね」
二人は―意外にも静流も―料理を作ったことがなかった。
よくよく考えなくてもお嬢様なのだ。
自宅の台所は料理人の聖地だそうだ。
魁はというと昔からエンやら兄やらジョーカーやらの料理したことない組―かつ料理させてはいけない組を餌付けしてきた。
料理は母から教わったものだ。
「じゃ、何かあったら今度こそ電話してね」
釘をさすことは忘れない。
「うん。今度こそするよ」
「魁君もお気を付けて」
夜道は危ないですから。

心のなかでは返り討ちですよと腹黒く笑いながら面では素直に頷いた。

「どうせだから明日は遊都見物に行こうか?」
何気無く言ったが静流は静かに断った。
「いえ。魁君もお家の改造をなさりたいでしょうから」
「そうよ。そんなに気にしないで」
そっか。
「じゃ、また」
はい。
うん。

二人に手を振り背を向けたときだった。
複数の足音が、家の門が開く音と重なった。






患者さん、かな?
燐はまず、そう思った。
なんでもエンは24時間絶賛診察受付中―ただし睡眠妨害には永眠処置―がモットーらしい。
足音が近付いてきて、
見知った顔が灯りに浮かんで見えた。
「あ、カナメさんにサトルさん」
そう、制服こそ着ていないがたしかにガーディアンの二人だった。
「あぁ、ちゃんとエン様を説得できたんだ。…偉いゾ、魁!」
ぐしゃぐしゃと魁の髪を掻き混ぜた。
「った!何するんだよ。やめ……………………うわぁ」
抗議の声が沈黙し、最後に聞こえたそれは思わずこぼれた声。

なに?

魁の視線を辿っていく。

カナメさんの後ろ、サトルさんの後ろ、灯りに照らされていない暗い陰に男の人がふた……り。

驚いたのは目を見開いているあちらも同じこと。

「…せ、い…と会長?!」
そして炎髪の青年。
二人合わせて、
「英雄の再来っ!?」
「魁君に、燐君!?」
悠が目を丸くし、
「魁だ!」
あの事件以来魁にやたらと絡む雅人が嬉しそうに声をあげた。
「なんでお前らがここに…………っつ!!!」
雅人の視線が一点に固まった。
いや、体全てが石のように固まった。
悠は相棒のその様子に気付かずに近寄ってきた。
「久しぶりだね。…あれ、もう一人の子は?」
確か、静流君。
見知った様子にサトルは首を傾げた。
「なんや、知り合いなん?」
「そうです。」
燐は尊敬する先輩との予想外の出会いにはしゃいだ。
「静流もいますよ。ね」
「う、うん」


悠の、魁の、サトルの、カナメの、燐の、視線が自然に静流に集まる。


静流は薄灯りの元でもはっきり分かるくらい青ざめていた。
青、というより白く淡く輝く肌。
血の気のない両手を胸で固く、堅く、硬く握り締めている。
その視線は一点に固まっていた。
「静流?」
その尋常でない様子に、皆首を傾げ、


悠の、魁の、サトルの、カナメの、燐の、視線が自然に静流の視線を辿る。


その先にいるのは、
赤い紅い青年。
青年の方も固まったまま微動だにしない。
何故か―あの雅人が及び腰で視線すらどこか引けている。


悠の、魁の、サトルの、カナメの、燐の、視線が雅人の視線の先を辿り、元の静流にたどり着く。


悠の、魁の、サトルの、カナメの、燐の、首が横に倒され、


「「「「「どうした?」の?」んや?」んよ?」のよ?」



その五重奏の問掛けがきっかけに、みるみるうちに静流の目に涙が溜り―

わなわなと唇が震え―


「いっっっやあぁぁぁあああ!!」


闇をも切り裂く甲高い叫びが御近所様の窓と鼓膜を盛大に震わせた。

脱兎のごとく静流は家の中に逃げ込む。
「ちょっと、静流!?」
その後を同じように燐が追い掛けて家の中に消えた。
魁は超音波もかくやの悲鳴に固まったまま、燐の声で我に返り、追い掛けた。
カナメサトルコンビは呆然としたまま、雅人を振り返り、一言。
「「………なにしたん?」」
眉をひそめ、
盾に連行OK?
雅人は歯ぎしりして答えた。
「なんもしてねぇ!!!」
声は獰猛な獣が喉を震わせたものだった。
「本当だ!俺は何もしていない!!」
「嘘つけ、このド変態っ!」
静流君に何をした!!
悠による今年一番の、強烈な拳が雅人に降り下ろされた。



奇声―いや、悲鳴か。
まぁ、あれだけ叫べれば本体は無事だろうな…
エンは近付いてくる逃げ込む足音を敢えて聞こうとしないことで、巻き込まれまいとした。
しかしそれは、ただの受け身であって、やってくるものを止めるわけではない。
診察室―エンの自室の扉が開くとほぼ同時に閉められ―内側の鍵が閉じられた。
「…………」
エンは静かに―貞観していた。
煙草を無性にほしいが、今日の摂取量はとった。
―つまり箱の中に煙草がない。

涙を―静流が涙を流しているのを見て眉をひそめた。
あー。
「…ここは駆け込み寺か?」
「匿ってください!あの赤い悪魔から、匿ってください!!」
「エクソシストを呼べ」
金髪の麗人はうんざりした。
しかし自らのルールで、泣いている女性体には逆らわないと決めていた。
ドアは激しく叩かれている。
外からは目の前の少女の名前が叫ばれている。
「静流、出てきて!」
「静流、エン様を巻き込んじゃ駄目だ!」
「しーちゃん、エン様から離れぇ!」
「しーちゃん、エン様に食われるで!」
…………あのクソガキ共が。
「静流君、雅人に何かされたのかい!?」
「っ昔、先輩、静流をナンパして怖がらせたでしょ!」
ツインテールの少女が雅人に詰め寄っているようだ。

エンは苛立ってきた。
平穏を望んでいるのに、なんだこの騒ぎは。
静流を見るが、簡易ベットに座り込み、グッと手を握り締めている。
目は、涙で潤んでいたが、そこには確かな覚悟があった。

………。

この少女を説得するのは骨がおれそうだ。
エンはドアを見た。
「先輩、あの時静流になにしたんですか!!」
「俺は何もしてネェ!」
「雅人………怒るよ?」
「うるせぇ!おい、ガキ!さっさとでてこい!」
「エン、怒らないで!」
「エン様、どうか!」
「エン様、しーちゃんはくっちゃだめですよ!」
「いやー!静流大丈夫!?」



………殺す。
もちろん後で。
だがしかし。
「おい、あけねぇと、」

ぶっこわすぞ!!

拳をドアにたたきつける音が響き、
微かにミシッっと不吉な音が奔る。
罅が入った。


雅人の脅しは、先にエンの理性をぶっこわした。



あぁあああぁ!!
ドアの真ん前での雅人の破壊宣言に、三人―エンを知る三人の顔の、頭の血が足元まど急降下した。
エンの所有物―城に対してなんて―

破壊音が響き、
内側から蹴り壊され、
木の扉―木の破片が飛び、
雅人は木の扉に押し倒され、
そのうえ金の堕天使がその木の扉を上から踏みつけていた。

―なんてことを、と続くことはなかった。

堕天使?
いやいや



三人は諸手を挙げて叫んだ。
「「「破壊神降臨、キターー!!」」」
「ぶっころす」