章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

06.萌え萌ゆる企業


 

一夜が明けて、
天照の受付からなんともいえず、幸せオーラが出ていた。
その発生の中心にいるのはリリィ。今日、リリィはすこぶる上機嫌だった。
理由は簡単だ。
二日連続で魁が家に泊まりに来たからだ。今日、仕事に出るのは実はいやだった。
だから…本当はいけないが、一瞬、魁の荷物を隠してしまおうかと考えたが…
魁が困るので中止になった。
今日も、魁の寝顔を見た。
明日も、明後日も、明明後日も・・
未来永業見たい。
しかし、駄目なのだ。
「リリィ、我慢です」
リリィが両手をグッと握る。
可愛らしく気合いをいれた瞬間にあちらこちらからシャッターが落ちる音が幾重にも響いた。
リリィの瞳が周りを見回すが、誰一人としてカメラを持ってはいない。
リリィは頷いた。
no problem.
いつものことだ。


魁はとある高層ビルの廊下を歩いていた。
ずらりと並べられたドアを覗き込めば、発光ダイオードと水だけで作られた
―育てられた野菜が所狭しに並んでいる。
土壌が汚染され、ほとんどの肥沃な大地が失われた。
そこでビルまるごとを『農場』とする計画が昔うちたてられたのだ。
ある波長を持つ発光ダイオードは植物の生育を促す。
伸長方向、肥大方向、まんべんなくそれぞれが生育する光を当てて
土が無くとも、無機塩類を含んだ水で育てる。
そして肉は培養などで補っている。
人々はそれで辛うじて生き延びてきた。
そして、今も。

大地は徐々に浄化されてきているが絶対量がまだまだ市民を養えるだけの量ではなく、ましてや農作という技術が廃れてしまっている。

『農場』は生活を握る。
それこそ、列車よりも。

魁は―ジンは天井を見上げた。
そんな公共の大事な所を襲撃すると言ってきた馬鹿共を呪った。

正確には、今日か分からない。
ただ、近日中に襲撃する、と。
『農場』の責任者は天照にも依頼した。
ここでガーディアンだけに頼まない、といったところで、信頼度の差が現れたか……。
ガーディアンを協力することはままある。
もっともジンがガーディアンの前に現れることはない。
ジンの兄から譲り受けたnumber00はエージェントの名簿にのっていない。
そして魁の年齢や犯罪まがいのことも多々あるので秘密の存在、ということに榊原会長がしたのだ。

曰く、
「わっしの私兵なんだなぁぁぁぐはっ!!」
後の悲鳴は息子の榊原・和久(かずひさ)が妹の和泉(いずみ)と共謀して遊都名物・ハリセンチョップをかました。
いい人たちなんだが、なんか濃い。
魁は身内を棚に上げていた。

ジンは…見取り図と実際が同じかどうか、確認を繰り返した。
ジンの役割は襲撃の予防ではなく
その襲撃グループをとっ捕まえることだ。

今日の晩ご飯何にしよう?



はぁ。
燐は溜め息をついた。
魁のことが気になってしょうがない。
さっき、何気無く、本当に何気無く、エンにリリィさんのことを聞いたら…
あの奇妙な医者は意地の悪そうな笑いを浮かべて…

―リリィ?あぁ、そうだな。無茶苦茶美人な娘だ。
  性格も良い。それに……魁になついているしな。

さりげなくいじめられている気分だ。
しかも、診察室から追い出されたし。

静流は診察室にいる。
ここ、遊都は技都とちがい空気洗浄をしていない。
それとストレスで静流の喉が少し痛んだようだ。
朝から咳を繰り返す静流のためにエンは診察室に空気洗浄機をつけてくれた。
当分、そこにいるように命令―言われていた。
そして燐は臨時の受付を任せたのだ。

弱冷のクーラーが心地いい。
そして時折、微かに診察室からエンの鼻唄が聴こえてくる。
それはとても不思議な旋律で何故か心が暖かくなる。

…あんな医者に、こんな綺麗な曲は似合わないな。
燐はすこぶる失礼なことを考えた。
少しウトウトしていると、患者の到来を告げるベルが鳴った。
「……こんにちは……」
上目使いに挨拶したのは12才くらいの少年。妹だろう少女は兄の背中にくっついていた。
燐は笑顔で答えた。
「こんにちは」
「…お姉ちゃん、誰?」
常連なのか、不審そうに燐を見上げている。
逃げやすいようにかドアから中に入ってこない。
慌てて自己紹介した。
「お姉ちゃんは、新堂燐。ちょっとお医者さんのお手伝いしているの」
怪しい者じゃありません。
じーと燐を見ていたが、少年は頷いた。
「分かった。エン様が悪い奴に負けるわけないもんな」
「そうそう。じゃあ、おいで」
エンに連絡しようとした手が固まる。
少女が兄に問掛ける声が後ろから聴こえた。
「エン様、大丈夫?」
「大丈夫。エン様は最強やもん」
…こ、こんな小さな子にまで様付けが……!!
少し泣きたくなっってから、連絡をした。
バキバキの廊下を見ても平然と、エン様のお怒り、と認識したことで燐はさらに泣きたくなった。
一体、どうなってんのよ・・・
魁のお兄さんの友達、魁を助けた人から生まれたイメージがボロボロ崩れていっている。