章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

06.萌え萌ゆる企業


 

「っだあぁぁぁぁ!!」
「一、二、三、が抜けてるでぇ」
叫んだ雅人にカナメの間の抜けたツッコミが入った。
「なんだ、それ」
「ただの昔からある儀礼や〜」
二人は裏路地を歩いていた。複雑に入り込んだ道は迷路のように人を惑わせる。
隠々とした空気
通る者を二度とは光の元に帰れないかのような錯覚を生み出す。
「もっと、喧嘩がどぱーっとないか!?」
意味不明や、あんさん。
「そないにどぱーっとあったら手足りンわ」
遊都支部局はただでさえ人がおらんのに。
「それに喧嘩はこれからやろーに」
二人は今、悠やサトル達とは別行動している。
カナメは外回り全般をするが、専門は麻薬の取締だ。
前々から狙っていたブローカー達を良い機会だからと捕まえるらしい。
「…前々から狙っていたんなら、すぐ捕まえろよ」
「アホいえ、大元とドンパチするんやったら同僚全員集めても大変なんやって。こうやってチビチビ手足潰してちょっとでも力削いどかな、両方の被害多いやろ」
「映画みたいにはいかねぇ、か」
そういうこっちゃ。
しかし、カナメはフッと表情を和らげた。
「まぁ、できる奴もおるけどな〜」
「は?」
角を曲がり、空き缶が足元を転がっていく。
ビルに挟まれた空は狭く、遠い。
目を細めて、見た。追憶だ。
「えぇから行こ。気・引き締め。そろそろや」
雅人に向けた目は冷厳としていた。飢えた獣のように。

あるいは―仇を求めるように。


蒸せ返るような悪臭が立ち込めている。
雅人はくらくらする頭を振った。
カナメを見るが平気な顔だ。
「すぐ馴れる」
馴れたくなくってもな。
鉄筋コンクリートの建物、
踏み抜けてしまいそうな外の螺旋階段を一歩一歩上る。
雅人はどうしようもなく自らの体重によって響く音をマギナで消した。
―カナメにはそれは必要なかった。
彼は羽のように軽やかに―音を立てずに上る。
カナメの張り詰めた様子に自然と雅人も押し黙り―緊を張る。
三階に着く―カナメは人指し指でドアを指し―雅人は頷いた。

一、二、三―

カナメは錆び付いたドアを体当たりで壊し、部屋に転がり込んだ。
「動くな。ガーディアンだ!!」
銃口はは鈍く光る。
そこは腐敗だった。澱んだ空気で生理的な吐き気がこみ上げる。
ものは意外に少ない。
香を炊く備品と…生と真逆に誘う注射器…
白煙が開けたドアからゆったりと外へ逃げる。
「昼間ッからうらやましいことで」
男が数人―裸体を晒した女達が男達にしなだれかかっていた。
皆、最初は目が虚ろだったがカナメと―銃と―
そして麻薬で麻痺した脳がカナメの言葉で解凍されていき―一気に恐怖で彩られた。
「抵抗したけりゃやりな。ただし」
無茶苦茶痛い目見るけどな。
女達の耳鳴りする悲鳴が上がった。

『開・騒乱は人を惑わせる』
とっさに男がマギナで視界を惑わせ
『開・鎮目』
雅人の陣が打ち払う。
埃の浮いた床に筋が走った。
「ちっマギナッ子がおるんかい!」
カナメは普段使う銃とは別のものに弾を込めた。
その男が口を開くその時に撃つ。それは男に当たる前に弾けた。
しくった!?
雅人は陣を錬成し、
男はそのまま陣を開放せんと力ある言葉を唱える!
『開・風は人を吹き飛ばす』
男では考えにくい、奇妙な甲高い声!
―が、
陣は揺らめいたが、開放しない。
カナメは驚愕をしめすマギナ使いを、鋭い蹴りで潰した。
カナメが放った弾の中にはヘリウムがはいっている。
空気よりも軽い気体が喉に入ると一時的に声が甲高くなる。
逆に空気より重い空気だと声は低くなる。
カナメは声質をかえさせることで陣開放を阻止したのだ。

雅人は錬成した陣をその男ではなく、別の者に開放した。

「カナメ!」
こっちはすんだぜ!
その呼び声に既に【縛】された男が顔をあげた。
「カナメ…【裏切りの】!!」
カナメはニヤニヤと笑った。
その不名誉な名に、
「yes.俺の誇りさ」
彼は誇る。
【裏切りの】…?
カナメはマギナ使いを捕縛し、捕まってもなおトリップして
おぼつかない女達に落ちていた服をかけた。
「へ、へへ。知ってるぜ。ブローカーだったくせに、組織を抜けようとして…」
カナメは涼しい顔だ。ただし、銃を握る手に力が篭る。
カナメは涼しい顔だ。
ただし、その瞳は涼しすぎた。

男がゲヒた嘲笑する。
「報復におん…ぐぁぁ!」
言葉は苦痛に染められた。
カナメは男の喉にその爪先を食い込ませていた。
カナメは涼しい顔だ。
しかし彼は…澱んだ…希望や喜びの腐臭をただよわせた暗い瞳を晒していた。
ぞっとした。こんな目を雅人は見たことがなかった。
そして、カナメは苦笑した。
「おい、そのことを後で取り締まってくれる奴に言うなよ、絶対に」
じゃないと、てめぇ死ぬぜ?
爪先をぎぐぎっとねじる。
「あいつはサドだからな」
分かったら返事しろ。
「……!!」
苦痛に声がでない。
精一杯首を縦に振る。
が、カナメは言った。




「返事は?」




雅人はそのカナメらしくないカナメの肩を握った。
微かに震えていた手は直前で止まっていた。
「おい、らしくねぇぜ」
肩を掴み、男から引き離す。
「らしくない、なら何が俺らしいのかわかんのかよ」
雅人はむっと眉をひそめた。
大胆不敵に答えた。
それは彼にとって当然のことだ。恐怖など彼はすぐに立ち直る。
「俺の分かるカナメらしいカナメはこんな奴を鼻で笑って、馬鹿にして、笑ってヤユする奴だ。」
雅人は分からない。何も分からない。
だが、直感が外れたことはない。
彼の直感は告げていた。
カナメを止めろ、と。
彼には相棒のような信念はない。何もない。
だがもう彼にとってカナメは―友だった。彼の内側の人間だった。
「……せやな。わりぃ」
男の首筋を叩き、昏倒させた。
「これでどや?」
いつもの笑みで答えた。
だから雅人もいつもの笑みで答えた。
「ついでに頭を殴るんだろ?」
カナメはゲラゲラ笑って頭を叩いた。
「すまんな。まったく、らしくないことしてもたわ」
「……【裏切りの】」
その言葉に苦笑する。
あんなやつらの裏切りやったらいくらでもしたるわい」
むしろ、しなあかん。
雅人は、久々に躊躇うことをした。
しかし、いつものように気にしなかった。
「なんだよ。麻薬でもやってたのか?」
それは疑問ではなく否定を望んだものだ。
カナメは…笑った。
否定の否定を返す。
「あぁ。やっとったし、うっとったよー」
アホやな、俺は。
くしゃっと笑い、笑い。
それは話を打ち切る合図でもあった。
雅人は心に何かが溜まっていった。


「英雄……」
悠は空の道の上にいた。
太陽光を集め、発電する吸収板が白く輝いている。
悠は昨日、エンに言われたことを思い出していた。
「何をもって英雄の再び来ると為す、か」
どうすれば、英雄になれるのだろう。
英雄はたった15才でマギナを発見し、その一、二年後には英雄の名をもらっていた。
はぁ。
今の自分と比べてなんて輝かしいことだろう。
溜め息と同時に頭を軽くはたかれた。
「何してるんだ。次行くよ」
少しずれたイントネーションで語られる標準語。
サトルだ。
「すみません」
仕事中にぼうっとしてしまった。
「謝るなら、最初からするなよ〜♪」
鼻唄まじりにそういわれ、頭が上がらない。
二人は今、【農場】が襲われる、という情報によって、第一農場棟周辺を調べている。
攻められやすいところ、守りやすいところを調べ…天照と協力して護衛する、とのことだ。
「天照に頼るんですか?」
「嫌そうだな」
「そりゃあ…」
「んー」
サトルは頭をかいた。
「こっちの人数が少ないってこともあるねんけどな」
そして悠の頭を地図で叩く。
「都市を守りたい。そう思う同士が手を取り合ったら駄目か?」
「……」
「だいたいな、天照の方が遊都を守ってきた時間が長い」
「そうですけど」
「それに、遊都のみんなは盾にあまり良い印象もってないんだよ」
むしろ、悪い。
「え………?」
ガーディアンが?
「ここの近藤局長の前…初代の局長が悪い奴だったからな」
初耳だ。
「悪い奴」
「そー。史上最悪のマッドサイエンティスト、螺槙・雷蔵に協力…援助していた、らしいな」
「螺槙・雷蔵!?」

螺槙・雷蔵(ねじまき・らいぞう)
Doll造りの家系に生まれた異端者。
―Dollには三原則がある。
【  ロボットは人間に危害を加えてはならない。
    また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
   ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
    ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
   ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、
    自己をまもらなければならない。】


しかし螺槙はそれらを排除した殺人人形を次々に作り出し、暗黒時代を築いた。
しかし黄金守護隊―特に同じ技術者たる橘・桜によって、捕えられた。
ところが、逃げ出された。
そして、あたかも橘・桜に対抗するように、違法なマギナ使用補助機を作り出したのだ。
例えば、マギナ使いの声帯を奪い、マギナを使うDoll。
それはマギナ使いを震撼させた事件だった。
刃は橘桜にも向かったが、英雄によって阻まれた。
そうして螺槙は闇の中に消え、姿を見せなくなった。
「あの、螺槙が、遊都に…」
「いた、ってことになっている。前局長が螺槙を匿っていることに天照が気付いてエージェントに追い払わせた、らしい」
サトルは地図に現実と食い違っているところを赤で訂正する。
「あぁ、そういえば」
悠をじっと見た。見透かそうとするように。
「確か悠は英雄、探しているよな」
「はい」
サトルはにやりと顔を歪めた。
「遊都螺槙事件で、螺槙最後の作品が暴れたんだ。都市の端でほとんど被害なかったけど」
サトルは悠の瞳の奥の奥を視る。
「…それが?」
「近隣の情報でエージェント一人で倒したらしいって流れてな。一時期、そのエージェントは英雄ではないか、って噂が流れた」
「………まさか!!」
英雄が天照のエージェント!?
「馬鹿馬鹿しい噂だ。でもあの螺槙を倒せるのは英雄しかいないっと、ね」
都市伝説みたいなものだよ。
「まぁ、つまりそう言われるくらい強い奴が天照にいるってことだ」
その言葉が耳を通りすぎていく。
その事件は四、五年前というのは英雄がいなくなった時期と一致している。
そして昨夜、雅人が言っていた、英雄探しの妨害できうるもの・・・
もしかしたら、英雄の足跡を辿る糸口かも知れない…!
悠は顔をあげた。
…行きたい。天照に行きたい!
焦燥が胸を焦がし、しかし任務中、そして局長の言葉が胸を冷やす。
さらに押しとどめるようにサトルの言葉。
「悠、僕達はお仕事中だ」
妥協を許さない瞳が悠を刺す。
サトルは持っていた地図を悠に押し付けた。
「はい」
そしてサトルは片目を茶目ッ気たっぷりに瞑る。
「その地図を天照に持っていってくれないか?」
「……は?」
呆然と悠はサトルを見返す。
「言っただろ?天照と協力するって。その地図をガーディアンからと言って受付に渡してきてくれ」
上手く飲み込めない。
「多分、待たされると思うけど、そのときは自由行動、OK?」
……参った。
悠は苦笑した。
上手くからかわれた。