章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

06.萌え萌ゆる企業


 

【春になると花が咲き
夏になると腐って虫が湧く
・・・頭にな。】
そう言ったのは医者であるエンだ。
リリィはこのことを聞いたときに聞き返した。

頭に花が咲くことはない。
根を張るには頭蓋骨が邪魔で、
血液を吸うには…むしろ血液の方が植物より高張液であるのではないか。
エンは溜め息をついた。
お前のギャグはシュールすぎる。
それにこれは、つまり春にはアホが出てきて、夏には変態が出てくるという意味だと。
それを聞いたときリリィはまだまだ未熟だった。
そして天照に入って奇妙な人達を見るうちにその不可解さで思い出すことはなかった。



つまり、夏になると変態が出てくる、と。



「いらっしゃいませ。どのような御依頼でしょうか」
目の前に立っている人物を見上げた。
純白の白いロングコート。
袖の縁や胸合わせに青い紋章が敷き詰められている。
盾以外でこんな服を着ている人間は早々いない。
しかし盾ではない証拠―盾の白いロングコートと違うところは、フードがあり、顔の半分が隠されている。
手袋、靴、全てが白い。
肌を見せているのは顔半分だ。
外―灼熱の太陽の元で見ればさぞ眩しいだろう。
それに加え、背中には長い筒―
まるでライフルでも入っているのかと邪推したくなるような質量が肩に食い込む紐で現れていた。
リリィは思う。

久々に怪しいと判断できる人にあったと。
握手を強要する客や体のサイズを聞く客、写真をとりそのまま帰る客とはまた違った感覚だ。
「…を紹介してくれませんか?」
リリィは経験をもってしてもその奇妙な声がいくつの年齢か、いや性別すら判断できない。
変声機を使っている。
「すみません、もう一度…」
焦っているのか、リリィが言い終るまでに依頼主は言葉を繰り返した。
「00ナンバーのエージェントを紹介してくれませんか?」
瞬間、リリィの客応対モードが違うものに切り変わった。
リリィは完璧な―真意を正に覆い隠す笑みを浮かべた。
「申し訳ありません。00ナンバーのエージェントは存在いたしません。わが社のエージェント番号は100から始まっております」
100番の方でしょうか?
少年は一瞬黙った。
「……紹介できないということですか」
「いらっしゃらない方を紹介することはできません」
少年は黙り、下を向いた。
言うべきかどうか思案しているようだ。
どちらにしろリリィには話すと言う選択はない。
00ナンバーであるジンのことは数ある天照の機密のうちの一つだ。
ただ時々その謎のエージェントに気付く者がいて調べにくる者がいる。
……しかし、こんなに若い者はめったにない。
「……分かりました」
見当違いだったようです。
少年は礼儀正しく頭を下げた。
「いえ」
少年は挨拶も早々踵をかえした。
「……あぁ」
背中を見せたまま少年は口を開いた。

「リトル・エースによろしくとお伝え下さい。」
―――!
リリィの体が強張るのを感じ、少年は拳をきゅっと握りなおした。
何かを得た少年は振り返らず背筋をピン―ッと張って堂々と天照を去った。


リリィは混乱していた。
相変わらず完璧に心情とは切り放して笑顔は保っていたが、少年の落とした小石はリリィの思考を掻き乱した。
リトル・エースは魁が最近…ルトベキアに入学すると決まったときに決めた通り名で遊都では使っていない。
ばれているかもしれない。

00ナンバーを問うておきながら、
エージェント名である【ジン】ではなく、そちらの方の名が出てきた……
魁様にお電話をおかけしなければ。
リリィは電話に手を伸ばした。
受話器に触れるか触れないかというところで声がかかった。
思わずマニュアルから反して舌打ちをしそうになった。



「ガーディアン遊都支部局の者です」
悠はまず仕事を果たす。
「【農場】の護衛につきまして、最新の地図を担当の者にお渡しいただけますか」
受付嬢のリリィはにっこりとうなずいた。
「はい。こちらの書類にご記入いただけますか?」
テレビや看板で見る顔が目の前にあることに軽い感動を感じながら、悠は手渡された書類の欄を埋めていった。

リリィは青と白のコントラストが眩しい制服を着ていて、金に近い茶色の髪はいつものように頭の後ろでお団子でまとめられている。
まだ若いこの女性はその見た目に反して天照の情報を全て握っているとも噂されている。

ふっと視線を横にずらすと、受付には写真がある。
四十五歳前後に会長である榊原・劾と十代後半のその息子榊原・和久、娘の和泉の前にリリィが立ち、その後ろでエージェント達が我先に前へ出ようと乱闘している一瞬をとらえたものだ。
その写真に軽い違和感を覚えながら、悠は書類を書き上げた。

「できました」
「ありがとうございます」
少々お待ち下さい。
リリィはその書類をファックスで送る。
その間に悠は深呼吸した。
覚悟を決めろ。
「あの。個人的に聞きたいことがあるのですが…」
「なんでしょうか?」
一拍を置く。
自然と力んだ。
「四、五年前の螺槙博士の事件についてお聞きしたい」
「……なんでしょうか」
美人が凄むと迫力がある。
リリィの瞳が警戒心に揺れた。
そのことに手応えを感じ、悠は続けた。
「そのとき担当していたエージェントを紹介してくれませんか?」
「そのとき担当していたエージェントはもう天照を辞めております」
間髪つきつけられた拒否の言葉に、悠は…軽く笑った。
「それはそれは、随分早くわかるんですね」
リリィも淡く笑う。
「英雄探しの方は大抵その事件を調べにいらっしゃいますから」
なるほど。
「では、短刀直入に。」
さぁ、腹の探りあいだ。
「では、何故。天照は英雄探しを妨害するのですか」
「…私どもはそのようなことには関与しておりません」
「天照は英雄を匿っているのではありませんか」
リリィは笑みを濃くした。
「全てがいいえ、です。いいえ、妨害しておりません。いいえ、匿っておりません」
いいえ、あなたのおっしゃる事実はございません。
「分かりました。では依頼します。英雄、神崎・神の行方を探して下さい」
天照が英雄探しの妨害をしていないというのなら。

リリィは力んだ笑みを和らげた。
「申し訳ありません。その御依頼は受け付けれません」
リリィは頭を下げた。
「そういう御依頼はお断りさせていただいております」
「何故ですか!?」
もどかしさに悠は声を荒げた。
「…お金ならいくらでも払います」
「そういう問題ではありません。会長の命令です」
「貴女の言い値でかまいません」
いやになるほど汚い言葉だ。
悠はリリィの買収をほのめかした。
しかし、それでも会いたい。
リリィは眉をひそめた。
「…いいえ。私にそのようなことは無意味です」
リリィは黒手袋に手をかけた。


「私の心を買えるのはお金ではありません」

しかしふっと悲しさ、寂しさが彼女の目に過ぎった。

「いいえ、そもそも私の心など、ありません」


ゆっくりと黒手袋を外す。



悠は呆然と

それを見た。




さきほどの写真の違和感。
榊原・劾は今50才前後であるのに、それよりも―五才ほど若かった。

しかしリリィは―目の前の女性には何も変化はない。


その美貌には何の陰りもない。



「もし、あるのならば、私の心は主と天照の誠意によってのみ動かせれます」



黒手袋が外された手、手首の内側には製造所属を表すバーコード。

そして手と腕を連結していると示す黒い線が――


悠は衝撃をもってその事実をうけとめた。






天照のリリィ、

彼女は―Dollだ。