章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

07.馬鹿親大騒動


 

エンは目の前に差し出されたものを見た。
うどん、だ。
しかしその汁は濃く、濃く……麺が見えないほどだ。
そしてその面麺の量。
山盛りだ。
その麺の白さと汁の濃さのコントラストがなんともいえない
視覚でその味を強烈にアピールしていた。
まずそうだ。
エンは天を仰いだ。
「……冗談だろ」
これを作ってきた少女達はきょとんとした。
「エン様……うどん嫌いなんですか?」
喉の調子が良くなった静流はおずおずと申し出た。
「こんなもん、食えるかぁぁ!!」
俺様を過剰塩分摂取で脳梗塞にさせる気か!
燐は眉をひそめた。
「何言ってるんですか、普通のうどんですよ」
「これだから関東の人間は嫌いなんだ!!
関東で流行った食い物は大抵変な味だしな!」
食い倒れの都市をなめんなよ!
「てか、この汁はどうやってここまで濃くしやがった!!」
「冷凍食品、ほぼ原液で」
「だからこんなに麺が多いのか!」
二、三人分くらいの麺がある。
エンは席を立ち、台所に消えた。
静流は手を打った。
「そう言えば関西のうどんの汁はとても薄いんでしたわ」
「静流……先に思い出してよ」
げんなりと答えた。
エンは新しい器とお湯を持ってきた。
器に麺と汁を別にわける。
湯で汁を―底の見える―黄金色くらいにまで薄め、
「……いただきます」
かくて食事が始まった。



エンが微妙にのびたうどんをすすっているまさにそのとき、魁は盾にいた。
詳しく言えば局長室だ。
いつでも先輩達に会えるようにおとなしめの服に着直している。
近藤は魁にお茶をついだ。
黄金守護隊にいたときに鍛えた腕前だ。
魁は湯気の立つお茶を息で冷やしながら飲む。猫舌なのだ。
「おいし。やっぱり近藤さんのお茶が一番おいしいや」
「ありがとう。で、学園の方はどうだ?」
学園に入学するために近藤のツテを使わせてもらった魁は素直に答えた。
「ストレスで死にそう」
「……いきなりそれか」
いい胃薬あるぞ。
後で貰う。
近藤は頷いた。
「実力と本性だせないからちょっと息苦しい。でもマギナの詳しい体系とかきちんと勉強するのはちょっと楽しい」
「意外だな。お兄さんは教えなかったのか?」
魁は軽く苦笑した。
「兄さんはね……『気合いで慣れろ』の人だった。それに俺、まだ十才だったし」
こ難しいこと言われても分かんなかったと思う。
近藤は納得の色をみせた。
「今は結構、理屈でわかるから兄さんの言ってたこと思い出して頑張ってる。あぁエンのとこに兄さんが俺宛に作った論文とか実用書とか色々あるから、暇なときに読むつもり」
英雄の実用書……最強だな。
しかも彼が弟に向けたものなら尚更に。
近藤は一人そう思った。
「……で、これからどうするつもりなんだ」
魁は口をつぐんだ。
「ガルム暴走はこっちでも話題になった。活動を始めるのは早すぎないか?」
それはそうだ。ガルム事件を調べれば一番にあの映像が流れるのだから。
あの映像は一ヶ月後には消されたがその影響は図り知れない。
偽物というのが世間の判断だ。
まぁ、当たり前だが。
「……あれは不意打ちだったんだって」
魁は事の次第を説明した。
近藤は渋い顔で聞いていたが、次第に柔らかくなっていく。
「友達を助けるためならしょうがない、か」
「心配かけてすみません」
近藤のことだ。胃薬に頼っただろう。
「レギナのデータも予想以上にとれたから、Jが頑張ってネメシスを改良してたんだけど。頑張りすぎて、エンに強制的に休まされてる」
ジョーカーのサポートがないので、今日は朝からわざわざ【農場】の内部や周囲を見てきた。
だいたいの脱走ルートの目星はついたので後は決戦を待つだけだ。

「そうか、決戦ではJ殿のサポートなしか」
「……いなくても大丈夫だよ」
それは自信過剰ではなく、ジョーカーの負担を少しでも減らしたいのだ。
「そうだな。魁は新米でもリサーチャーだからな」
初仕事だな。
いまさらな初仕事だが、それもそうだ。
魁の目から鱗がこぼれ落ちた。
「そっか、リサーチャー分野の仕事するの初めてだ」
いつも情報は貰うばかりだった。
「頑張ろ」
気合い新たに一人魁は頷いた。
「あ、新しい仲間が増える、かも」
「誰だ?」
「俺の先輩達」
「あの二人……?」
見当違いの発言に魁は言い直した。
「違う。リサーチャーの先輩達。ネメシスの作業手伝ってほしいらしい」
こればかりは素人は手が出せない。
盾のリサーチャーを貸したいのは山々なのだが、彼等は近藤を極力近付けさせない。
『近藤、てめぇに何かがあったら遊都の平和が遠くなる』
エンはそう言って、拒否する。
自分の足下を固めとけ、と。
自分にそこまでの力や影響力があるとは思えない。
しかし自分が遊都からいなくなれば、マギナ使いでないあの二人組はガーディアンを辞めさせられるかもしれない。
それは、困る。
「……そうか」
「二人が来るから、そのときに今後のことを決める」
イソラいないけどね。
「あの御人は相変わらずだな」
それに魁は激しく同意した。
茶飲みからゆったりと湯気が上がる。