章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

07.馬鹿親大騒動


 

リリィは豆腐を立方形に切った。
その立方形には少しの狂いもない。
昼に食の欲求が満たされなかったと文句を言ったので、
エンの好物である麻婆豆腐である。
魁の友人がいらっしゃるのだ。
本当なら満開全席を披露したいところだが材料がない。
残念だ。
素早く炒め、味付けし、味覚で確認。
……うまく出来たと自画自賛致します。
頷き、リリィは皿の準備をした。


リリィはDollだ。
Dollは普通、人間と同じ物は食べれない。
しかしリリィは人間に限り無く近いことを目的の一部として、作られたDollである。
消化補助剤を飲み、よく噛んでゆっくりと食べれば人間と同じ料理を摂取できるようになった。
リリィは錠剤を飲み込み、食卓へと皿を運んだ。


……お、おいしい。
燐は麻婆豆腐をもう一掬い食べた。
おいしい……。
でも、なにかやるせないのは作った人がリリィさんだからだろうか?
「おいしいですわ」
ね、燐さん。
静流の笑顔に同調する。
「うん。おいしいです」
「ありがとうございます」
リリィは優しく微笑む。
リリィは燐の予想を遥かに越えた美人さんだった。
料理も上手。気立ても優しい。
しかも、あの天照の受付嬢。
……自分とは大違いだ。
確かに家柄はいい。
だがそれは自分で勝ち取った物ではなく、生まれついてきたもの。
有利な点といえば……若さくらいか。
いや、何かがおかしい。
燐は頭を振って、食事を再開した。
ベルが鳴り、続いて悠と雅人が食卓に顔を覗かせた。
「こんばんは」
「え。先輩達、何でここに?」
「俺が呼んだ。紅いのも関係があるからな」
静流のお迎えが来たことだ。
悠はここまでいやがる雅人を引っ張ってきたのだ。
「大人げない。自分の婚約者だろ?」
「「違っ」います!」
静流の声が雅人のをうわまった。悠は苦笑して―固まった。
何?
燐が悠の視線を辿ると、その先にはリリィが二人前の皿を用意していた。
リリィも視線に気付き―
皿を両手に頭を下げた。
「五時間三十二分二十七秒ぶりでございます。相良・悠様」
「リ、リリィさん?」
なんでここに?
エンが興味深そうにサングラスを光らせた。
「なんだ、知り合いか」
「天照と盾様で共同作業がありました関係で」
英雄探しについては言及しなかった。
しかしリリィは真顔で更に付け加えた。
「私の夏服決戦投票に参加なさいました」
「い、言わないでくださいよ!」
エンが静流が生暖かい微笑みで頷いた。
「ほぉ、何に投票したんだ、この野郎」
「まぁ、相良先輩も殿方ですから」
これであの例の決戦内容を知る者を知った悠であった。
そしてその貼られたレッテルも。
「ふ、不可抗力です!」
生暖かい微笑みは消えなかった。
「あぁ。下僕もそろそろ……」
「ただいま」
来た。
魁が最後に来た。
「ごめん。遅れた?」
「いや、丁度いい」
魁は心配そうに友人達を見た。
「大丈夫だった?」
「うん。エンが守ってくれた」
「良かったっってリリィ!」
リリィが背後から気配もなく魁に近付き―抱きついた。ぎゅう。
「ちょ、ちょっと!」
「只今【リリィ】の聴覚は絶不調であります」
リリィは放さない。むしろ力がこもる。
魁の顔は羞恥心で真っ赤だ。
「う、嘘だー!」
べたべたべたべた
―ぷつん
突如、笑顔の燐は魁の手を握り締め、引っ張る。ぐいぐいぐい
「ほら、魁。でれでれしてないで早く!」
「してないよ!」
引っ張る力にあわせてリリィは歩いた。とたとたとた
まさにべったり。
燐はリリィを笑顔のまま睨んだ。
「リリィさんも魁から離れて!」
「拒否致します」
涼しい顔で断言。
「い、痛いっ痛い二人とも!」
反対方向に引っ張られる魁は悲鳴をあげた。
「お離しください燐様」
「リリィさんこそ」
話し合いができないじゃないですか。
んふふふふ
なにか不吉なものが立ち込めた。
魁は笑顔のまま固まる。
「では魁様。こちらへ」
抱きついたまま、燐とは違う方向に引く。
「魁!」
燐は燐で引く。
引きちぎられる!!!本気で思った。
【リリィ、放しなさい】
魁の命令形にリリィの体がびくんとはねる。
「……リリィは渋々お離し致します。
リリィは残念スタンプを今日の日記に押すことをきめました」
十個貯まるともれなくヤンキーモードが展開されます。
ぺこんと頭を下げた。
気を取り直して雅人がまさに食べようとしていた皿を取り、差し出す。
「おい!」
「では魁様、リリィ作麻婆豆腐を……」
「あ、ごめん。食べてきた」
「………………残念スタンプが今日は二個であります」
リリィは肩を落とし席についた。
小さな子をいじめているような気分になる。
魁は慌てて付け加えた。
「僕の分があるなら、明日の朝食にするよ」
リリィは大きく頷いた。
そこはかとなく幸せそうだ。
燐は不満そうだが、渋々魁の隣に座った。
魁の反対側には当然のごとくリリィが控えている。
「あー。お前らホントにピンク城の住人だな」
誰ともなくエンは言い、全員が席についたかを見回した。
「今日、相川娘のお迎えが来たことは話したな」
ういっーす。
「これからどうするかを確認したい」
「俺は関係ないだろ」
無責任な雅人の物言いにエンは酷薄なな笑いを洩らした。
「ガキが。お前の行動しだいで相川・娘の叱られ度合いが変わるんだよ」
知らねぇ分からねぇで何でもすませれると思ったら大間違いだ。
「エンさんの言うとうりだ、雅人。ただでさえ両親は二人に逃げられてカンカンのはずだよ」
雅人は悠までも敵にまわったのを見て押し黙った。
「でも、どうやって?私が言うのもなんですけど静流のおじさんは……かなり扱いにくい人ですよ?」
「だろうな」
おずおずと魁が手をあげた。
「もう場所がバレたんなら電話したらいいんじゃないでしょうか」
「リリィも同じく。対話は平和的な解決を作り出すかと」
静流に視線が集まる。
「………分かりましたわ」
静流は携帯を取り出し電源を入れた。
途端に携帯が軽やかな曲を奏でだす。
一気に緊張感が増す。
静流はじっとそれを見つめ―電話に出た。
「はい。静流です。お父様」
聞こえてくる怒りの声。
静流は堪えるように目を閉じた。


今すぐ帰ってきなさい!
―いやです。
何を言っているんだ!突然いなくなって!新堂さんのお宅にまで迷惑をかけて!
―私は―
黙りなさい!まったく何を考えているんだ。婚約の件は静流も納得しただろう!
―納得はしました。その上の行動です。
 黙りなさい!お前の将来にとって最良のの選択だ!
―……お父様。何故私のルトベキア入学に賛成なさったんですか。
それはお前や新堂さんが―
―北條さんがいらっしゃったからではありませんか?
………いいから、すぐに迎えに行くから支度をしなっ

「こんばんは、お嬢さんの主治医です」
エンが真っ青の静流の手から携帯を奪った。
ジェスチャーで静流を黙らせる。
エンからこぼれる声は―女性のもの
「えぇ。昔の喉の病気がぶり返してきているようで。今は安静が第一なのです。
お父様にも御協力いただけれたらと。少々物騒な方たちのおかげでお嬢様の神経が弱っておりますわ。
・・・えぇそうですわ。奇妙な巡り合わせですわね」
ねっとりと妖艶に微笑む。
「えぇ。そうですか。わかりました、いえ絶対安静。声を無理に出してはいけませんので、では」
恐らくは一方的にエンは話を打ち切り、電源ごと落とす。
ぽかんとした静流に携帯を軽く投げ返す。
「明後日ぐらいには父親がくるそうだ」
男の声に戻っていた。
「お、お前、女だっ」
たのかと続くはずの雅人の言葉は頬をかするメスによって遮られた。
底冷えするような声が地獄の底から響く。くっくっく
「誰が、女だと?」
てめぇの目は腐ってんのか。治療は手遅れだな、ごるぁ。
「エン、落ち着いて」
魁が話を進めた。
「おじさん、明後日に来るの?」
「あぁ。だが絶対嘘だな。声でわかる」
エンはのびをした。
「とりあえずは敵意満載確認終了」
「そう」
「おい。紅いの。とりあえず親に連絡しとけ。……そうだな。相川娘といるとでも言え」
思わず腰を浮かす雅人を手で制止した。
悪巧みを喜ぶ色
「俺様に任せろ」
ここにいる限り、俺は俺の誓いのために全力をつくそう。
「というより俺達か」
そして、リモコンを握った。
テレビに向ける。
それを見て、はっきりと魁が青ざめる。
「エン、それは!」
リリィは頷き、自らの聴覚を切った。
聞こえぬ声は確かに皆にこう告げた。
「耳栓を付けることを推奨致します」
皆がその言葉に疑問を持つ前にエンは押した。




「ぽちっとな」