章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

07.馬鹿親大騒動


 


天照以外にでも依頼したのか、屈強な―に見える―男達が家の回りを囲んでいた。
監視カメラで確認しておいた中畑達の姿は見えない。
……前座でありますか。
少々、面白くないであります。
リリィはスカートをめくり、白磁の足に付けられたホルスターから
四十四口径―大型拳銃を二丁ほっそりとした手に握り―陣を編む魁の前に慈愛なる女神のように立つ。
月光が彼女を包み、自動人形は笑みを持って宣言した。
「お客様。無礼を持って来られるならば、私は鉛でもっておもてなしを致しましょう」
天照のリリィ!
小さな歓声―あくまで喜びを含んだ声―が夜の帳に響いた。
リリィは営業用の笑顔を零した。
―yes
魁の陣が出来上がった。
魁は腰に巻き付けたホルダーからプラスチックの―カメラのフィルムの入れ物から光る粉を虚空に高く放り投げた。
『開・集え光を拒絶する者』
一斉にその粉が奮え震え浮く。
蟲の羽音が不吉を運ぶ。
羽音は次第に大きくなる。
それに合わせるかのようにリリィはにぃと子供が秘密をあかすように笑った。
その表情は―
「でも、今は只のリリィ!」
受付嬢でも、けだるげな表情でもなく―それは、幼い少女のもので―
その細腕から凄まじい轟音が立て続けに起こったのと、
魁が放った小さな硝子片が指向性をもって放たれたのは同時だった。



ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり!!!
魁の放った硝子片がアスファルトを削りとる。
銃弾の嵐が魁を襲う―マギナ使いにはまず死を。セオリーだ。
魁は避けない。
魁に穴を開くその前にリリィが曲芸まじりで全てを銃身で叩き落とす。
Dollならではの動き。
バラバラと庭の土に穴が空いた。
「悪い子」
めっ、だよ。
「だね」
リリィはまだ五才だ。
そういう意味では彼女が自身で育てた自我―性格と言えるだろう。
魁は次なる陣を編み始めた。
それはジンにすれば欠伸がでるほど遅い。
しかしここには先輩達がいる。燐も静流も。
知恵さえ働かせば十分戦える異能の力。
それがマギナだ。
湿り気を帯びた風はストレスもを運び去ってくれるだろうか?
魁は大切なものを背に、
魁は言う。
「遊都風に言おうか」
戦いの鼓動を
弾が切れたリリィは敵に空になった大型拳銃を投げ付け―
そのまま両袖から銃を引き出す。
幼いリリィは魁の言葉にめいいっぱい頷く。
主と共に【ある】。その嬉しさが顔じゅうから溢れていた。
だから主と共に叫んだ。
「「た・の・死・ん・で・!」」



裏手に回るとすでに勝手口にまで入ってきていた。
表のは誘導か。
エンはどこにいったか分からない。
こちらには来ていない。
表にいった魁が気掛かりだがその後にはDollであるリリィが付いていった。
見た限り、魁が主なのだろうか?
どちらにせよ魁を護ることをDollであるリリィは完遂するだろう。
しかし―心配なのには変わらない。
こっちが行くまでもちこたえてくれよ!
表から凄まじい轟音が聞こえてくる。
銃撃戦だ。
病院―家に侵入してきた者を退けてから、すぐに行く!!
重量のある雅人よりも悠の方が初速度が早い。
素早く敵の脇を走り抜ける。
はた目ではなにが起こったか分からないだろう。
しかし、悠が振り向かずに去った後、男達は床に崩れ落ちた。
「おい、俺の分も残しとけ!」
「だったら奪うんだね」
『開・暗き鳥籠』
防御結界が発動―これで家が崩れることはない。
思う存分戦える。
雅人は剣を振るうには狭い廊下を抜け、外へでる。
殺してはいけない。
ガーディアンが任務以外で―許可なしで―そんなことをしたら即牢獄にぶち込まれる。
加減が難しいのだが、それが出来るからこそ味方には敵から、敵からは己の力から護る者たる称号を得るのだ。
「ったく。親父の手のものもいるな」
あの馬鹿オヤジ
「へぇ、行ってこいよ」
「やだね」
目に金色の光が宿っている。
雅人は数をものともせずに中央に飛込んだ。
唯一白い大剣を握り、雅人は剣の柄を握る。
柄には握りやすいように握る指の形状に凹みがあった。
その指の第一節に位置するところにはそれぞれにスイッチがある。
あるがそこが凹むまでにはいかない。
小指の位置にあるものは力強く押した。
躊躇い無く。
白い剣の腹に黄光が走る。
柄では静血脈の位置で本人確認、直後剣が鳴いた。


剣、そう言われているのは形状が似ているからだ。
だがその刃は普段は切れない。
その性質としてはむしろ剣と言うよりはチェーンソーだ。
微粒子の刃が剣刄の周囲を回転し、切る。
それぞれの指、一節の所にはスイッチがあり、押せばその特性を発揮する。
しかし雅人が握り押した引金は、【剣】ではなく【杖】としての力の発現。
雅人は柄からマギナを送り込み、自動的に剣は陣を錬成する。


剣は鳴き―いや詠う。
それは死神の戦歌
それは戦乙女の神歌
そして陣から雷光が巻きおこる!
「俺と戦え!」
痺れるぜ!!




屋上、下ではすでに戦闘が始まっていた。
中畑達は隣から飛び移り、そっと降り立った。
沈黙、しかし視線で指示を確認しあう部下。
拳銃をかまえ、腰を低く保ったまま家への侵入口に向かう。
鍵はかかっていた。
どうせ、下の喧騒でバレない。
中畑は拳銃で取っ手に狙いを定め、迷いなく打つ。
打つ―壊れない。
射ち、
撃った。

鍵ごと壊れ、ドアを蹴り開ける。
入ろうと、くぐった瞬間―軽く弾き飛ばされた。
何もない。
しかし、何かがある。
結界か!
【彼】を考慮にいれマギナ使いを呼んでおいたのが幸いした。
手で招き、固まる。
振り向いた、その先に。
屋上の中央にいた。

【彼】―――?
それは黒衣を着てはいなかった。
月光で照らし出されたシルエットは男にしては柔らかく、女にしては起伏に乏しい。
しかしそこには性を越えた色気があった。
いや、色気という低俗なものではない。
芳潤な―甘露な果物がまさに腐りはじめる、その一瞬を垣間見た。
男でもあり女でもある―いやその正反対か。

純美にして凄艶
楚楚として壮麗

傾国の称号にふさわしい。
その姿。
黒髪が月光で銀に光った。
金ではなく。
しかし銀であることがいっそう幽玄優美
この夜の幻想と映った。
儚く
儚く

【彼】―そう分かっている。
撃たねば―そう分かっている。
しかし、動くことはできない。
美は何よりも強大な威圧となりうることを初めて知る。

白魚のような手が異常に長い―彼の背丈おも越える―【杖】を掲げた。
あぁ、逃げなくては―が、視線すら支配されている。
恐らくは部下達も魅了されているだろう。
そう鈍く―思った。


そして聞く。
終りを告げる、なにかを。
甘美な声を。



『とっととでていきやがれ』
くそ野郎共




天使にしては、口が悪い―
それがその夜、最後の思考だった。




『とっととでていきやがれ』
くそ野郎共



声が降ってきた。
姿は見えない。
これは―上か。
この声はエンか。
屋上の防衛を果たしているらしい。
悠は見当づけ、マギナで無粋な輩達を縛った。
雅人は感電させ、気絶させていっていた。
後の者は雅人に任せていいだろう・・・
悠は表に走っていく。
まだ銃が咆える音がしていた。

そして、大気が揺れた。
風ではなく波ともいえる大きなうねりが―

その雄雄しい変化は―
マギナを紡ぐ手を思わず止め、上を見上げた。
巨大な陣が天に描かれ、ゆっくりと回転していた。
「なんだぁ!?」
後ろから聞こえる雅人の大声が悠の思考を表した。
その見たこともない陣に、悠はウィザードの血が騒いだ。
「これは、一体・・・」
それは家を覆うように、その大きさを広げていき成長が止まった。
陣から零れ落ちる蛍火のような淡光が夜の戦を浮き立たせた。

『開・不屈なる籠城』


次の瞬間―三つのことが起きた。

一つ、病院を中心として光の柱が立った。
一つ、その光は波となり家の外にいる全ての者を弾き出そうと―
悠は見た。木々は揺れず花は散らず、静かに夜を満喫しているのを。
―人間、だけ!?
押し跳ね―飛ばされそうになる身を【剣】を大地に突き刺し耐える。
【剣】は土の大地に線を太く引く。
手がしびれ、内臓が耐え切れないとぎしぎしと音を立てた。
「っつあ!」
あ。
手が柄から外れそうになり、無理矢理マギナを発動させ、耐える。
しかし次の瞬間には結界は崩れた。
その一瞬で【剣】を掴む。
次々に咎人達は領域の外へ弾き出される。地面に叩きつけられている。

そして最後に一つ、悠は見た。
悠然と立ち、見守る二人の影を。

小柄な少年と長身の女性。
女性は無骨な銃を袖にしまっっているところだった。
少年は淡く笑い、そんな女性をほめていた。

この騒乱―神の裁きの光が煌々と人を拒否する中を―

ある者は這い蹲り、
悠は【剣】にしがみ付き

悶え、苦しむ咎人たちの中を、
人に最も近い自動人形と
少年は―魁は超越し

神のように

立っていた。



そして聞く、
エンジンを噴かす音を。

前方から、一目でわかる改造車が走ってきていた。
この家に向けて。