章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

07.馬鹿親大騒動


 


制御で滝のような汗を流しているエンは見た。彼にとって人を殺す方が人を殺さないでおく方より簡単だ。
そんな神業的な制御をつゆらず 神風の様に特攻を仕掛けてくる車を。
心の中で舌打ち。
たとえ車の中にいようとも
人間ははじきとばされる。
陣の範囲外まで。
車の中で―中心に突き進む密室の中でそんなことになれば

死ぬ。

くそったれ。
もう一度繰り返した。

自分の身丈以上の【杖】を上からその車に向ける。
間に合えよ!!
この最大級の陣の威力を車のところだけ緩めようとする。
マギナは暴れ、狂い、術者であるエンを傷つけた。
指から血が噴出し、
切れ、
裂傷が腕まで伸びた。
血と光が交じり合い激痛がエンの脳を貫く。

しかしエンは実行した。
敵を殺さぬために。
自分のためではなく
自分のためではなく


ハンドルを切った車の側面がは家の壁を擦った。
その振動で、
エンは崩れ落ち、
陣は消えた。





音が、無くなった。
凄まじい、凄まじい轟音がやっと終った。
何が起こったのか分からない。
燐は静流の手を握った。
初めての銃撃戦、マギナ戦。
怖くないと言うこともできない。
『大丈夫。みんな強いから』
そう強い。
落ちこぼれと言われている魁は憶することなく戦いに行った。
リリィは当然のごとく、ついていった。
リリィは共にあることを許され、燐は守られた。
静流のためだ。わかっている。
それが私の役割だとも。
だが、置いていかれた。
魁の隣で立っていたいと
願ってしまった。



それは―ぎゅっと握られた。
驚いて顔をあげると、静流の微笑み。
それはこわばったものだ。
だが―――
あぁ。
なんて
なんて。
私は弱いのだろう。
いくら成績が一番でも、違う。
【強さ】とはそんなものでは測り取れない。
強くあろうと
自分のなすべきことをとあの時、ガルム襲撃の時に思ったのに。
そのなすべきことと自分のやりたいことが違うという
そんな自分勝手なことで
こんなにゆれてしまうなんて!



『っ!あの馬鹿!』
淳子の慌てた声。
エッと気が付いたとき―
窓に皹が走った。
防弾加工されているのか破片散らばらない。クモの巣がはしった。
逃げないと。
もつれる足で燐は静流の手を握ったまま走り出す。
【杖】には赤い光が灯る。


―が、何かが投げ込まれた。
何かが噴射される音がした。
部屋のドアに手をかけて、握る。
開けて、閉めるときに陣を開放しようとしたはずなのに。また―


あれ、
床がせまってくる。
思わず膝を突いた。
がたんと音を立てて
ドアは外に開く。
行かなきゃ
走ろうとするのに動かない。
ガクンと手がさらに下に引かれる。
静流は手を握ったまま身を伏せていた。
巻き込まれて燐も倒れる。


なんだろう。
ぐらぐらと世界は揺れ
ぐにぐにと世界は曲がる

淳子の声が遠くで聞こえ―
燐は意識を失った。



『ぐぉら!ジン!リンリンのおる部屋窓に向かえ!』
伝鈴からジョーカーが叫んだ。

『静流が奪われた!』
魁は眉をひそめた。早すぎる。
魁は車に向かってた。
駆ける。
荒山をのぼるような車が庭に乗り上げていた。
静流が押し込まれるのが見えた。

『開・救え、争乱の姫神』

タイヤめがけて放たれたものは、しかし、阻まれる。消えたのだ。
エンが中途半端に消した陣の影響でマギナが不安定になっているのだ。
それに―マギナが少なくなりすぎている!
「だめなの!」
リリィが撃つがそれよりも早くエンジンが吹く!
大地をえぐる音が響き、土を巻きあげ走り去っていく。
魁は反対の方向に走った。舌打ちしたい。そんな暇ない。
「リリィ、上でエンが倒れてるはずだから迎えにいって!」
『っぁああ!表通りやなくて裏に行ったで!』
魁は物置、車庫からスノーモービルに似た形状の乗り物をひっぱり出してきた。
白く輝く車体の脇には黄色の文字
【爽快次郎X】
創り手は今はいない少女。
毎度ながらネーミングセンス0だ。
魁は乗り、グリップを握る。
光が付きシステムオールグリーン。
「動いてよ!」
爽快次郎Xは空へと走った。


エンはそれを見送った。
久々にマギナを使っただけで疲労感が襲う。反動がきつい。
元々普通の錬成は苦手だったのをかなり無理したからな。
反動が心臓に来る。
しかしエンの攻撃マギナは危険すぎ、調節―手加減が難しい。
死か―廃人か。
まれに助かる。そんなものだ。
エンの甘さのせいで静流は奪われた。
敵でも失いたくないと願ってしまう。

命を奪うことはできない。

愚かな過去を想いそう決めたのだ。
自分は暗殺者ではなく医者なのだから。医者なのだから。
大丈夫。
自分に言い聞かせる。
屋上に寝転び、雨の降り出す空を見上げたままのエンは息を整えた。
雨が顔にあたり、汗を熱を洗い流してゆく。
朦朧とする。
しかし鼻歌が雨に混じり―髪の毛は金の輝きに戻っていた。
朦朧とする。
目を閉じればそのまま意識を失うだろう。
しかし、エンは己の意志で長い睫をおろした。

請い願う様に
神の断罪を待つ信仰深い信者のように


大丈夫
あいつは二度と大切な者を失って哭かないと言ったのだから。


雨はそんなエンに降り注いだ。



魁は空を疾走していた。
速度に呼応して雨が激しく体を打つ。
雨によってライトの光が翳っていた。
雨粒がモービルの上を転げ、そして宙へ飛び出す。
『右!』
狭いビルの谷間を曲がる。
振り落とされないようにしっかりとグリップを握った。
安定装置はないのだ。この欠陥品は!
場違いな荒々しい車―戦車とむしろ言いたい―が見えてくる。
魁はアクセルをふかした。
迫り迫り迫る。
拳銃が鳴る。
魁の頬の皮膚を破り、紅い糸が後ろに流れた。
体の全体重をかけ―動かして魁はよける。
元々体重が軽いせいで中々動かしにくい。
「返せよ!」
聞こえないだろうが叫ぶ。
魁の目は輝いた。
回りのマギナが魁を支持するように魁を取り巻く!
マギナが自然と魁に集まり
―唱えた。
『開・我とともにゆこう』
何やら思いの外ゆっくり走っている車を目標に―
吹き抜ける風に乗り、モービルは爆発的に速度を速め―
一気に車を抜いた。
抜きすぎた。
魁は逆さになるくらいに体を捻る。
間一髪で首を引っ込める
髪の毛が、擦れた。
そして聞くのも痛い音が響く!
モービルはビルの壁に擦り付け、火花が散った。
大破をギリギリのがれたモービルは静かにホバーリングした。
車は気にすることなく走り抜けようとする!
魁はすぐさま地面に降り立ち、アスファルトの湿った大地に手を置く。
そのまま魁を引き殺すこともいとまない、タイヤは回転を速めた。
迫り来る大重量にも憶しない。

『開・泥沼の魔の手』
アスファルトに波が走った。
突如液状化した道路でタイヤは空回り、
まさに泥沼に突入し―スリップ、その重量で倒れることは奇跡的になかった。
魁が道路から手を離すと元あった硬度に戻る。
アスファルトはタイヤに絡み付いたまま固まり、車を完全に停止させた。
魁は走り、防御壁で銃弾を跳ね返す。
静まり返った裏の世界に最後の銃声が響き、魁は車にたどり着いた。
「っ――静流!」
ドアを無理矢理開け、マギナで中にいる者全員を縛る。
目を走らせる―いない。
そんな馬鹿な。
魁は手近にいた男を絞めあげた。
「静流は!?」
マギナ使いを敵に回し、その恐ろしさを痛感した男は青ざめ、震えながらも答えた。
「し、知らねぇ。気が付いたら姿が消えてて―」
ドアを開けて探したがいなかった、と。
自分達も彼女を探していたと。
魁は手で額を押さえた。
やられた!
恐らくは、マギナで姿を消し、この男達がドアを開けた瞬間に逃げ出したのだろう。
舌打ちし、男達をそのままにして、モービルに走った。

静流、素敵に最高だよ。

だが、
「至上最悪だ!!」
何故なら静流は闇世界の真っ只中にたった一人で出てしまったのだから!
夜も深まり、うごめきはじめたこの時間に。