章・過去が眠る楽都市で踊り狂え

07.馬鹿親大騒動


 
長身の――生意気な――でも気になる――謎の多い――クラスメート。
「けんざき、くん?」
「なんだ?」
  出てきたのはあまりにも間抜けたものだった。
「なんでここにいらっしゃるんですか?」
「俺の台詞だ、相川」
  大丈夫かの一言もなく、静流の肩を持ち―支える。
 その暖かい感触に、静流は緊張の糸が切れ、そのまま膝から崩れ落ちた。
  しかし静流を抱いたのは冷たい水ではなく、暖かな二本の腕。
  朦朧とする中、耳元で怒鳴り声が聞こえたけれど―すぐに遠のいていく。
  また彼は怒っている―でもそれもいいものですわ― 静流は意識を失った。



  魁は雨の中をモービルで走っていた。 静流につけられていた発信器を辿っていたがいきなり途絶えた。
  壊れたのだろう。 なぜ、とか考えたくない。
  途切れた場所に行ったが静流はいなかった。 こうなるとビデオカメラもないこの裏道ではジョーカーもお手上げ状態だ。
 今はその道の者達の携帯を傍聴―盗聴―している。
  雨の勢いは弱まらない。



 暖かい何かに包まれてた。
 それは羊水の中をただただ無心に―愛情を疑わない胎児に戻っていた。
 ぴりりと足の裏が痺れた。
  それは胎児にはない感覚で―目をうっすらとあけた。
 見えたのは水面だった。
 その奥にはタオルからのびる自らの四肢。
 聞こえたのは落ちる流水が水面に合流する音。
 暖かい―お風呂。
 お風呂は好きだ。
  長風呂で昨日はエン様に叱られた。
  ―エン、様。
  何か思い出さないといけないことがあったような。
 暗闇の中にいた、はず。 しかし自分はお風呂に入っている。
  今まで―あれは夢? ならいい。
  静流は安堵の息を吐き出し、 肩に湯が浸かるまで身を落とした。 裏道では今度からはじっと待っておこう。
  安心が胸を満たした。
 ん?
  横を見ると自分よりもしっかりとした―― 首をかしげた。 腕?
  腕、二の腕、肩、鎖骨、喉―顔。
 仏頂面
 心臓が、止まり、跳ね上がった!
  実に嫌そうに、何かがばれてしまったような顔をしているのは
「ここここ寿ちゃん!?」
「言うに及んでその呼び名か」
 沈めるぞ。
  白地に青のロゴマークをつけたTシャツは水に濡れ、少し透けていた。
 それを見て、自分の状態に気が付いた。 タオルからのびる自らの四肢。
 血圧が一気に上がる。
  静流は―タオル一枚で湯船に入っている静流は
  寿人に―湯船の外でお湯の量と温度を調節していた寿人に
 湯をかけ、腕で背中で体を隠し―
「いやぁぁぁぁ!!エロフラグは拒否ですーー!!!」
「誰が立てるか!!」
  タオル一枚ではなく、下の下着はさすがに脱がせれなかったのだが ―そんなことを言っても静流には聞こえないだろう。
 「体が暖まったらでてこい!いいな!」
  頭から水を被り、滴らせた寿人は怒鳴りつけ、すぐに風呂場から出ていった。
  静流は戸が閉まる音を聞いてから、きっと睨み付けた。
  泣きたい、いや、これは泣いてもいいだろう!!
 今頃、涙目になった。
  ――見られた、です?
 静流は羞恥心が重石となって湯の中にぶくぶくと沈んだ。


 十分暖まった静流は―さすがに長風呂はしなかった ―脱衣所できちんと折り畳まれた服を着た。
 寿人の物だろうTシャツは150cmの静流には大きかった。 ズブ濡れになった下着は気持が悪かったので脱いだ。
  さすがにそれの換えはなかった。
  ………あったらあったで問題ですわ…… 静流は頭を振った。
 状況がいまいち分からないが とりあえずは渡されたズボン―大分ウエストが空いた―をはいた。 押さえていないとズリ落ちそうだ。
 ここで深刻な状況に気が付いた。 ……下着はどうすればいいんでしょう?
  置いておくのは、勇気がいる。 残念ながら先ほどまでで勇気は完売御礼中だった。 取り寄せはまだ先になりそうだ。
 苦肉の策で 水をきってからタオルの中に挟んで胸に抱えた。
 絶対死守です。 脱衣所から出る戸の前に立ち、 深呼吸 ズボンが落ちないように押さえながら、静流は恐る恐る寿人の元にいった。 ・・・足がひりひりした。